梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・8・《第4章 自閉的状態の分析⑵・・・子どもの行動》

《第4章 自閉的状態の分析⑵・・・子どもの行動》
◎要約
・仮説によると〈自閉症の子どもは、二つの動因、一方では特定の対人的物理的状況からひきこもろうとする(その状況へ近づくまいとする)傾向をもち、もう一方では、その同じ状況に対して、対人的接触をするため(もっと近づいて探索的に調べるため)に、接近しようとする傾向をもっており、この二つの動因間で葛藤しているサインを数多く現している。自閉症児と正常児との主な違いは、程度の差である。正常児の回避傾向は出会いの1回ごとに最初にごく短時間だけ現れるが、まもなく探索的接近に対する抑制が徐々に解かれてそちらに移行していく。自閉症児では、回避傾向がずっと優勢を保ち、その状態が永続的に続いていることがたいへん多い。自閉症者は、ほぼ連続的に続くひきこもり(不安)優勢の動因(情動)葛藤状態で生きている〉。
【激しい動因葛藤の直接的なサイン】
《回避行動》
・静かに立ち去る行動に長けている。(他人との距離を保つということが彼らの生活における主要な関心事であり、最優先事であるかのように見える)
・軽いひきこもりのさまざまなサイン(横を向く、うなだれる、「うつろな目」、目をそらす、みんなに背を向けて壁に沿って立つ、歩く)
・刺激に反応しないという反応(不安が行動を起こすことを妨げている。目を閉じる、耳をふさぐ*子どもを「野外で」観察すると、恐ろしいと思っている音以外に数多くの反応を見せる。小鳥のさえずり、風の音、ペットの立てる音、掃除機の音等)
・かんしゃくや恐慌は回避の最も強いサイン(こちらから近づいたり話しかけたりなどして、回避傾向を強く刺激されると、かんしゃく(実は恐慌)を起こす。“絶対絶命の防衛行動”であり「攻撃」ではない。それが「ひきつけ」や「発作」に移行する場合もある。・望まない接触をうまく避ける(「眠っている犬はそっとしておけ」という戦略)
・同一性への固執は慣れない状況の回避(なじみのある場面や物、日課にこだわることや「偏食」は、対人接触をしたがらないこと、慣れない領域や活動に踏み出すことを極力いやがっていることの結果である。*自閉症児が家(完全に安全な場所ではありえない)から「逃亡」するのは、事の途中に過ぎない。前に行ったことのある「お気に入り」の場所に落ち着くためである。
・正常児の回避行動との違いは程度の差(自閉症児の場合の方が、対人的な回避や慣れないものに対するひきこもりや抵抗がずっと強く、頻繁におこるというだけである)
《接近行動》
・自閉症児にも接近行動はある。(接近行動が起こりやすいような条件を整えると、自閉症児もときおり接近を望み、実際にやっている)
・自閉症児の接近行動をひき出すには(子どもの方を見ない、近づかない、話しかけないでいると、子どもはこちらを「見る」ようになる。これは接近行動の始まりであり、志向動作である。しんぼうづよく待っていると、子どもは後側から接近してくる。その時、こちらが子どもの興味をひくようなことをしながら「無視」していると、その接近が「やりとり」にまで発展してくることさえある。うまくやれば、さわってくることもある)
・水面下に人や新しい物に近づきたい気持ちがある(子どもに十分に時間を与え、気に入っている部屋か隅にそっとしておき、誰からも見られていないと思わせておけば、人や慣れない物、場面に対して接近したいという願いをもち、強くそれを求めている、ということがわかる。そうした事実を認識することは、自閉症児の全般的発達遅滞および「すぐれた能力の片鱗」を理解するうえに重要である)
・対人的な絆のなさが学習の機会を奪っている(個人の発達のための「課程」には、①遊びとしての対人的やりとりによる学習および他人のしていることの観察、②探索を通しての学習、③教えられることによる学習の「主要学習回路」がある。現代では、①②の重要性が忘れられている。自閉症児は、母親との間にさえしっくりとした対人的絆をつくることができなかったうえ、他の人々ともつながりがつくれず、遊びの中での他の子どもとのやりとりからも自分自身をしめ出してしまう。
・遊び集団で学ばれるはずの二つの重大な行動 (遊び集団は、母親的能力の発達に重要な役割を演じている。幼い子どもは自宅または親しい家族の家で赤ちゃんが授乳されたり世話されたりするのを見て学ぶ。まもなくこんどは同じように観察を通して遊び集団から学ぶ。十代に近づくころからは自身で幼い子どもの面倒を見ることを通して実地にたくさんのことを学んでいく。もし、対人的な絆が形成できなかった場合には、社会的な行動や母性的な行動、親としての行動一般がそこなわれてしまう。さらにもう一つ、探索活動もそこなわれる。「安全の傘」(母子の絆)の下で、のびのびと好奇心を発揮してたゆまず機敏に調べ回ることが十分にできなくなるからである)
・自閉症児の探索は狭い範囲に限られる。(自閉症児の場合には、他の子どもと遊ぶことから学ぶことも探索から学ぶことも実際には不可能である。しかし、社会化と探索の傾向はもっており、(自分が安全だと感じている時に)遠くからこっそりと観察したり模倣したり、探索したりする。探索の対象は主に自分自身のからだと十分よく慣れた環境の一部となりやすい。このことが「部分的に高い能力」を示すことの理由のひとつである。それらは、必ず対人関係と探索との」いずれか、あるいは両方をまったく(ほとんど)必要としない類のものである。一部の自閉症児は、ことばを言えないのに人の話しことばを理解し、読むこと、書くことさえもできる。対人的な接触や自己活動を通して学習したいという強い衝動をもっていることの証しである。*詳細は後述)
・自閉症児は知的なことを学べる情緒状態にないことが多い。(知的な発達の大きな部分が情緒的な状態の支配下にあり、その支配がいかにに大きいか、ということに十分な注意がはらわなければならない)
《葛藤行動》
・自閉症児の動きの多くは葛藤そのものの表出である。
・自閉症児の葛藤表現は「形式化」し、「くせ」になっていく。
・自閉症児の動きの起源を理解するために
*以上の具体例については、次節で述べる。
【感想】
 ここでは、自閉症児の(新しい人、場面・物に出会った場合の)行動(反応)特徴を、「回避」「接近」「葛藤行動」に整理されて述べられている。いずれも、そうした反応はすべての動物に見られるが、人間の子どもの場合、「正常児}に比べて「自閉症児」は、「回避」傾向が強い。しかしそれは「程度の差」(量的差異)にすぎないという指摘は重要である。自閉症の原因が、生得的なものであれば、その違いは「決定的」であり「質的な差異」が生じていることになるからである。とりわけ、自閉症児の「接近」行動は、自分が安全だと感じている時に活性化し、探索や学習が「対人関係」を媒介とせず行われるため、「部分的な高い能力」を身につけてしまうのではないか、という考察(仮説)はたいへん興味深かった。もし、自閉症児をとりまく環境が、彼らの不安を取り除き、本来の、接近・探索がのびのびと展開できるように改善されれば、おのずと「治癒への道」が開かれるに違いない、と思った次第である。
(2013.11.21)