梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・38・《訳者あとがき》

◎要約
《訳者あとがき》(お茶の水女子大学家政学部児童学科 言語障害研究室 田口恒夫)
・これは「自閉症」の本としては、きわめて異色のものである。まず、著者が変わっている。著者は児童精神科医でも心理学者でもない。もちろん治療士でも教師でも自閉症児の親でもない。40年以上にわたってカモメやらイトヨやらの行動の神秘を解明することに心血を注いできた生粋の動物行動学者とその夫人である。
・著者夫妻は、ある時たまたま自閉症児にふれ、強い衝撃を受けた。そしてティンバーゲン博士の透徹した行動分析の目と、夫人の情愛溢れる感性をとおして問題を見つめているうちに、従来の学説とはまったく異なるひとつの新しい仮説に到達し、治療方針についても洞察を見通しをもつに至った。その内容を荒削りのまま急いでまとめたのが、この本の前身である1972年の旧版「自閉症 文明社会への動物行動学的アプローチ」である。博士はその要旨を以下のように述べている。
⑴多くの自閉症児の場合、第一義的な障害は情緒的な障害であり、一種の不安神経症であって、それが正常な人づきあいおよびそれに続く社会化を妨げ、遅らせているのであり、そしてそれがまた逆に話しことばや読みや探索行動、およびこの三つの行動を基盤にしているその他の学習過程を阻害し、抑制している。
⑵自閉症状は、多くの場合、遺伝的異常や脳損傷によるものではなく、初期の環境的影響によるものである。大多数の自閉症児は、彼らの両親と同様、環境的な緊張の犠牲者であると思われる。この種のストレス病は西欧、西欧化された国では現実に増加しつつあるというだけでなく、非常に多くの子どもたちが準自閉症とみなすべき状態にあり、さらに多くの子どもがその危険をはらんでいることを確信している。
⑶不安レベルを下げること、その子なりの社会化の芽生えを狙った治療のほうが、その他の治療法(言語の訓練、強制的な社会性の訓練)よりは、はるかに効果的だと思われる。後者は対症療法にしかならず、成果にも限界がある。一方、情緒的な治療によって、ことばその他の動作が爆発的に伸びてきたという実例はくりかえしみられている。
・われわれは、ティンバーゲンという人や動物行動学についてまったく知らなかったが、その文から読みとれる博士のまじめさ、学問的誠実さ、心の温かさ、やさしさ、子どもの福祉に対する願いの激しさにたいへん感動した。
・まったく素人のはずの動物行動学者が、精神医学的診断のあいまいさや、子どもの異常行動の発生機序、臨床的経過や治療の本質などについて、われわれ臨床家が舌を巻くほどの鋭い洞察をもっているのに驚嘆した。
・多くの専門家からは「気まぐれな有名人の素人考え」として軽く無視され、あるいは激しい非難・迫害を受けてきたが、著者の信念は固く、それにまったく屈しなかった。
・今回の改訂版では、動物行動学が開発してきた生物学的スタイルと科学的方法論を「物言わぬ子ども」に適用することが、自閉症の理解のうえにいかに実りあるものであるかを、丁寧に説明している。そこには「どうしてこういう結論に達したのか」という筋道が示されている。そのうえ、多くの動物、正常児、異文化圏も含めたヒト共通の行動などについての、多くの写真や人類学的資料も盛られている。自閉症発生の引き金になる要因にもふれ、社会・文化的変化がもたらす文明のストレスが、いかに母子を巻き込みらせん的悪化の道を辿らせるかをも追っている。こういう見方は、自閉症というものを、固定したひとつの疾患としてではなく、時間の経過に伴って変化する過程として「発達的」に見ているわけであり、たいへん説得力がある。原因や本体についての抽象的論議だけでなく、その考えに基づく治療の方向・方針・具体的方法から予防にも及んでいる。また、母親や教師を頭においての、こまかなアドバイスにも、かなりのページを当てている。
・訳者として、日夜子どもを抱えて悩んでおられるご家族の方々、現場の先生方など、ひとりでも多くの方々にお読みいただきたいと思う。専門家の先生方にも目を通して御一考いただきたい。
・この訳本ができるまでには、たいへん多くの方々にお世話になった。厚く御礼申し上げる。(昭和61年11月20日)


《感想》
 以上で、大部「自閉症治癒への道」の解読(精読)を終了する。訳者の田口恒夫氏は〈これは「自閉症」の本としては、きわめて異色のものである〉と述べているが、異色であるがゆえに《異端》と見なされ、ほとんど見捨てられていることが誠に残念である。私自身は、本書の内容を大いに参考にしながら、今後も「自閉症」という問題に取り組んでいきたいと思った。(2013.1.30)