梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

《英語でしゃべらないと》?

 ラジオ「NHK第2」の平日午後6時35分から7時30分まで、小学生、中学生、高校生を対象にした「英語番組」が10~15分刻みで放送されている。いずれも「英語の基礎を身につける」ことを目標に、様々な試みがなされているが、一貫して「英語表現」を重視していることが特徴的である。曰く「英語で話してみよう」、「リピートしましょう」、「演じるように感情を込めて話しましょう」。要するに「英語で話す」ことが重要だということらしい。(そういえば昔、テレビでは「英語でしゃべらないと」というタイトルの番組があったような気がする。)しかし、もし「英語の基礎を身につける」ことを目標にするなら、その方法は誤りである、と私は思う。乳幼児が言葉を獲得していくプロセスをみれば一目瞭然なとおり、言葉の学習はまず「聞く」ことから始まる。始語は1歳前後だから、ほぼ1年間は「聞く」ことに専念しているのである。その間の表現は、声(喃語、ジャーゴン、間投詞)だけである。この1年間は、「自由に」「楽しく」「のびのびと」活動することが重要で、「○○してみよう」などという働きかけは不要である。要するに、「何でもあり」、「試行錯誤の自由」が保証されなければならない。「聞くこと」に専念し、《テキトー》な相づちを打つうちに、だんだん相手の言うことが理解できるようになる。はじめは、語調から感情を、徐々に「単語」から「実物」(実体)を理解できるようになる。次に、二つ以上の単語を組み合わせて、だんだんと複雑な意味を理解していく。その時、「文法」などは学習しない。初めは間投詞(あ!、え?)、次に名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞、助動詞を、生活の中で経験的に「使い分ける」ことを学ぶのである。コップに水を注ぎ続けると、やがて「あふれ出る」ように、言葉も「入っていなければ」(聞いて理解していなければ)、「出てこない」(表現できない)のである。
 日常の会話ができるようになるまでには、少なくとも3年はかかるのだが、件の「英語番組」を3年間「聞き続ければ」、本当に「英語の基礎が身につく」のだろうか。小学生向けの初級から、「文」で「表現」することを強いられる。しかも正誤の判断まで要求され、(間違えてもよいという)「試行錯誤の自由」がない。
 まず、相づち(返答)は間投詞で、扱う材料は「単語」から「句」、「句」から「節」、「節」から「文」というステップで《聞いて理解する》ことが「英語の基礎を身につける」ことになるのだ。番組担当者は、そのための教材を準備すべきである。 
 音符を「見た」だけでは歌えなくても、「聞いたメロディー」を歌うことは容易なように、「英語を聞いて理解できる」ようになれば、おのずと「話す」ことはできるようになるものである。事実、私たちは日本語を、誰からも教わることなく《話している》ではないか。
(2022.2.14)