梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

ちあきなおみの《歌唱力》

 戦後まもなく「天才少女歌手」と謳われた美空ひばりは、生前、黒柳徹子から「今、一番じょうずな歌手は誰?」と問われて、即座に「ちあきなおみ」と答えた。成人後の美空ひばりは、少女時代を超える作品を多く残せなかったが、さすが鑑賞力だけは確かであった。彼女の言うように、ちあきなおみの歌唱力は半端ではない。オリジナルな作品では、「酒場川」「矢切の渡し」が逸品である。いずれも、大衆演劇の舞台で活用された。前者は葉山京香の個人舞踊、後者は梅澤武生・富美男兄弟の相舞踊と合体することによって、稀代の名曲となった。前者について、私は以下のように綴ったことがある。
〈「酒場川」、歌唱力では右に出るものなし、といわれた、ちあきなおみの「名曲」である。ともすれば、その音曲の素晴らしさに踊りがついていけなくなるのだが、(当時の)森川京香の舞台は違っていた。「あ●た●憎●と●と●さ● か●だ●な●を●れ●す 子●の●う●捨●ら●た 女●恋●み●め●を 酒●泣●た●酒●川 男●心●読●な●で お●れ●だ●の●で●た 死●よ●辛●裏●り● 怨●で●て●無●な●ね 涙●ぼ●る●場● 私●暮●し●ア●ー●で あ●た●誰●い●の●し●う グ●ス●酒●酔い●れ● 心●傷●洗●た● ネ●ン悲●い●場● 」(詞・石本美由紀、曲・船村徹・・・注・●は伏字)と唄う、ちあきなおみの「歌声」が、森川京香の「舞」によって、いちだんと鮮やかな景色を映し出す。観客(私)は、真実、彼女の「表情」「所作」をとおして、「からだのなかを流れる憎さ、いとしさ」「捨てられた子犬」「死ぬより辛い裏切り」「私と暮らしたアパート」「グラスの酒」「心の傷」「ネオン悲しい酒場川」を「目の当たり」にすることができるのである。まさに「歌声」と「舞」が渾然一体となって「結晶化」する、珠玉の名品に仕上がっていた。その風情をたとえれば、竹久夢二の「美人画」が動き出した感じとでもいえようか・・・〉。
 後者については、人口に膾炙しているので多くの言を必要としないが、細川たかしの「矢切の渡し」が「駆け落ち」を表しているのに対して、ちあきなおみのそれは「道行」(心中)を暗示している。それは、彼女が歌手であると同時に「役者」でもあるからだ。
 ちあきなおみは「役者」として、昭和の流行歌を様々に演じ分ける。その実力を支えるのが、彼女の類い希な(美空ひばりが看破した)歌唱力に他ならない。
 まず、彼女は女性歌手の作品に挑む。淡谷のり子「雨のブルース」「雨に咲く花」、二葉あき子「水色のワルツ」「フランチェスカの鐘」、渡辺はま子「雨のオランダ坂」、エト邦枝「カスバの女」、菊池章子「星の流れに」「岸壁の母」、織井茂子「東京無情」「夜が笑ってる」、菅原都々子「連絡船の唄」、平野愛子「港が見える丘」、奈良光枝「悲しき竹笛」、初代・コロンビア・ローズ「渡り鳥いつかえる」「どうせ拾った恋だもの」、松山恵子「未練の波止場」、青江三奈「悦楽のブルース」、由紀さおり「恋文」、こまどり姉妹「未練ごころ」、木下結子「放かされて」、森昌子「立待岬」などなどをカバーしている。(他にもまだあるだろう)
 男性歌手の作品では、藤山一郎「男の純情」「青春のパラダイス」、田端義夫「玄海ブルース」「かえり船」、岡晴夫「逢いたかったぜ」「東京の花売娘」、ディック・ミネ「夜霧のブルース」、小畑実「星影の小径」、岡本敦郎「白い花の咲く頃」、近江俊郎「悲しき竹笛」、竹山逸郎「泪の乾杯」、津村謙「上海帰りのリル」、林伊佐緒「ダンスパーティの夜」、鶴田浩二「赤と黒のブルース」「ハワイの夜」、春日八郎「別れの一本杉」「雨降る街角」「居酒屋」、青木光一「柿の木坂の家」「男の友情」、三橋美智也「リンゴ村から」、水原弘「黒い花びら」「黄昏のビギン」、小林旭「北帰行」「流浪歌」、菊池正夫(城卓矢)「スタコイ東京」、ジェリー・藤尾「遠くへ行きたい」、三舟英夫「帰れないんだよ」、バーブ佐竹「ネオン川」、前川清「東京砂漠」、森進一「命かれても」、そして(彼女が最も愛好していた)石原裕次郎「ひとりぼっちの青春」「狂った果実」「口笛が聞こえる港町」「こぼれ花」「粋な別れ」「夜霧よ今夜も有難う」などなど・・・。
 どれも皆、ちあきなおみ自身が「歌いたかった曲」だということである。
 その歌声を聞いていると、彼女自身がいかに礼儀正しく、謙虚な姿勢でカバーに臨んでいるかがわかる。オリジナルの歌手に敬意を表し、その作品を最大限に尊重しながら、彼女の個性も光らせている。
 特に、女性歌手の作品に対しては、オリジナルな魅力を損なわないようトーンを落とし、あるときは「投げやり」に、あるときは「物憂げに」、あるときは「淡泊に」、歌い分けている。例えば「雨のブルース」、淡谷のり子の本格的なファルセット唱法に対して、ちあきなおみはあくまで「地声」で、「素人っぽく」「軽音楽風に」、とても「足許にも及びません」といった歌い方に徹する。二葉あき子、菊池章子、渡辺はま子、平野愛子、エト邦枝、奈良光枝、初代・コロンビア・ローズ、松山恵子、青江三奈の作品に対しても同様で、つねに「一歩退く」姿勢を崩さない。また「連絡船の唄」、菅原都々子の独特な「泣きべそ声」に対しては、あくまでもオーソドックスな声と節回しで「地味に」歌い上げる。そして「恋文」、由紀さおりがいっそう艶やかな「深窓の令嬢」風だとすれば、ちあきは「その侍女」風、落ち着いて「私だって恋文ぐらい綴れるわ」といった控えめな心意気がじわじわと伝わってくるのである。
 一方、男性歌手の作品に対しては、「胸を借りる」感じで、実に「のびのびと」「精一杯」の力を込めて歌いこなす。それを聞いていると、彼女自身が「歌いたかった曲」だけあって、いかに(その歌手に)惚れ込んでいたかがわかるのである。カバー曲を通して「こんなに素晴らしい歌手がいました。どうかオリジナルの作品も聞いて下さい」というメッセージが、私には聞こえてくる。どの歌を聞いても、ちあきなおみ(女性歌手)とオリジナルの男性歌手の魅力を「二重写し」で楽しめる。特に「男の友情」「帰れないんだよ」に漂う、「男の甘え・女々しさ」が、ちあきなおみの女声によって見事に結晶化する一瞬は見逃せない。また「居酒屋」、「流浪歌」、「ネオン川」などを聞いていると、彼女の歌声によって(むしろ)《伴奏の方が際立つ》ことさえあることがわかる。ちあきなおみの「歌唱力」は、楽器音を磨き上げ、光らせる力も持っているのである。
 ちあきなおみは、文字通り(日本の希有な)ソウル・シンガーである。あたかも、あの恐山のイタコ(巫女)のように、鬼籍に入った流行歌手の魂を呼び起こし、彼らの歌声を再現する。大正から昭和にかけて流行した「ゴンドラの歌」「船頭小唄」「無情の夢」が生き生きと蘇るのも、まさに彼女の「歌唱力」の賜なのだ。
 そして今から27年前(1992年)、最愛の夫(郷鍈治)と死別すると同時に、ちあきなおみは歌うことを止めた。それまでの歌手活動、すべての作品は、他ならぬ郷鍈治一人のために捧げられてきたことを、私たちは知るのである。ウィキペディア百科事典では、彼女を「元歌手」と紹介しているが、「元祖・歌手」と称した方がよほど相応しいと私は思う。
(2018.12.30)