梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

脱テレビ宣言・検証・掘り出し番組《ドラマ「相棒」(テレビ朝日)》

 テレビドラマ「相棒」(テレビ朝日)の面白さは、登場人物相互の「呼吸」にある、といっても過言ではないだろう。その「呼吸」とは、まさに《阿吽》にあらず、《あわん》(合わない)の呼吸なのである。代表は、杉下右京(水谷豊)と亀山薫(寺脇康文)、一方は、細かいことが気になる「冷徹な頭脳派」、他方はアバウトな体育会系の「人情派」、周辺にも、亀山と伊丹(川原和久)、杉下と小野田(岸部一徳)、亀山と美和子(鈴木砂羽)、杉下とたまき(益戸育江)等々・・・、役者は揃っている。したがって、私の興味・関心は、もっぱら、その「呼吸の乱れ」に注がれ、肝腎の「筋書き」は、ほとんど思い出せない有様だが、ただ一本、記憶の留まる作物があった。「Season5第七話・剣聖」(監督・西山太郎)である。それも、物語とは無関係の場面、道場で亀山と伊丹が剣道の稽古をしている。亀山は「体力にものをいわせて」、果敢に「打ちかかる」が、伊丹には通じない。伊丹、頃合いを見計らって亀山を打ちのめし、一言「未熟者めが!」。それを見ていた杉下曰く「亀山君、無駄な動きが多すぎますねえ」。亀山、憤然として「ろくに稽古もしていない右京さんに言われたくねえ・・・」と(心中で)抗う。話は進んで、事件は一件落着。容疑をかけられた女流剣士・師範代ふみ(原千晶)の疑いも晴れ、亀山、ふみに向かって曰く「一つ手合わせをお願いします」。亀山、相手が女だと過信してかかったが、「腕の違い」を見せつけられて完敗した。ふみ曰く、「無駄な動きが多すぎます」。亀山、冷笑している杉山に、「一矢報いたい」と思ったか、「では、今度は右京さんにもお願いします」。杉下、慌てずに、ふみと対戦。両者、間合いを取り合っていたが、ふみが一瞬踏み込んだとき、彼女の刀は宙高く舞上げられていたのであった。杉下、最後に一言「ボクは一点集中主義ですから、その技だけを稽古していたのです」。平然としている杉下を、呆然と見つめる亀山のコントラストが鮮やかで、その光景(シーン)は今でも私の目に焼き付いている。その後、杉下右京の相棒は、神戸尊(及川光博)に交代した。この神戸も魅力的である。亀山と違って「知的な頭脳派」、さぞかし杉下とは「呼吸が合いそう」だが、そうは問屋が卸さない。「知的」ではあっても「冷徹」ではないのである。容貌は「イケメン」、文字通り「甘い」空気を漂わせているが、その「甘さ」が「青さ」となって、杉下(と)の「呼吸」を乱してしまう。その典型的事例は、「Seasonn9・第11話・聖戦」(監督・和泉聖治)に見られる。あらすじは、以下の通りである。〈消費者金融の営業担当・折原が自宅に仕掛けられた爆弾で殺害された。犯人は妻の夏実(白石美帆)と娘の旅行中を狙い、リモコンで爆弾を爆発させたらしい。容疑者として、12年前、折原のバイク事故で息子を失った寿子(南果歩)が浮上。が、夫の病死後、パートをしながら質素に暮らす寿子に爆弾など作れるとは思えない。伊丹(川原和久)らは早々に寿子を容疑者リストから外す。一方、右京(水谷豊)と尊(及川光博)は、犯人がリモコンを操作したと思われる現場で割れたビスケットを拾う。右京と尊は寿子の自宅を訪ねるが、お茶菓子に公園で拾ったものと同じビスケットが。さらに散乱する工具を確認し、右京らは寿子が犯人だと確信する。が、犯行を裏付ける証拠が見つからない・・・。やがて折原の大学時代の友人・江上が容疑者として浮上。江上の自宅から爆弾で使用された物質も発見された。右京と尊の推理は間違っていたのか、それとも寿子が想像以上の知能犯なのか・・・?〉(http://www.tv-joho.com/aibou914.htmlより引用)視聴者(私)は、誰が犯人か、知っている。冒頭の場面で、すでに「犯行現場」を目撃しているのだから。しかし、登場人物の面々は、寿子を除いて誰も知らない。捜査陣の「右往左往」を、居ながらにして楽しめる趣向である。この「手」の作物は、「刑事コロンボ」「古畑任三郎」などでお馴染みだが、とりわけ南果歩の「迫真の演技」が光っていた。息子は、幼い頃から病弱、健康を取り戻した学童期、思春期は「虐め被害」に遭って「閉じこもり」、成人して、ようやく「社会自立」(就職)の希望が見え始めた矢先、突然、命を奪われた。同時に、母・寿子の希望も絶たれ、加害者への「復讐」だけが、生きる目的になる。そのためなら何でもする。誰も怖くない。と、いった(独りよがりの)「母性」が、杉下と神戸を手こずらせる。その駆け引きを、杉下は「ゲーム」と評したが、寿子は、「ゲーム(遊び)なんかではない、『聖戦』だ!」と宣った。やがて、業を煮やした神戸が「単独行動」に出る。事件の被害者・夏美と寿子を「直接対決」させたのだ。場所は寿子が働く食堂、客を装った夏美が、執拗に絡みつく。もみ合った拍子に盗聴器が転げ落ちた。それを拾った寿子、スイッチを切り、夏美を抱き寄せ、(魔女のように)耳元で囁いた。「最高の気分よ。アンタの旦那、バラバラにしてやった」。その勝ち誇った表情は、文字通り「阿修羅」の気配で、私の背筋は寒くなった。さて、事態は最悪、自らの失態に落ち込む神戸を、慰めるでもなく「淡々」と「冷徹」に、「向こう(夏美)が、丸く収めなければ、君の処分は免れないところですよ」と言い放つ杉下の風情は「相変わらず」であった。ここにも、「相棒」の《あわん》の呼吸が、ほの見えて、私はたいそう面白かった。単なる交通事故を発端に、殺人事件にまで展開した物語は大詰めへ、(息子との思い出の)山荘で自爆を覚悟した寿子、夏美の腹中に新しい生命が宿っていることを知り、「聖戦」を終結する。まさに「愛別離苦」に狂った鬼子母神の物語は終わったのだが・・・。さて、2013年、「相棒」の相手は、甲斐亨(成宮寛貴)に代わった。聞くところによれば、この相棒は、「香港旅行中に遭遇した事件をきっかけに右京と知り合い、右京に引き抜かれる形で特命係へ」(インターネット情報・「ウィキペディア百科事典」)着任した由、これまでのように《あわん》の呼吸を楽しむことは無理かもしれない。(2013.1.8)