梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「言語発達の臨床第1集」(田口恒夫編・言語臨床研究会著・光生館・昭和49年)通読・13

【要約】
H' 言語能力の他の面については能力があっても、人との間にコミュニケーション関係が成立しにくいために現れると思われる症状。
159. 指さしをしない。
160. 人が指さしても、指さした先を見ない。
161. 外に出かけたとき、「ほらブーブよ」などと言って指さしても、それとは別な電線や木を見ている。
162. 「あっちよ」と指さしても指さした方向は見ない。時には指さしている人の手を見ていたり、顔を見ていたりする。
163. 指さして人に知らせることをしない。
164. 指さしをしないので、指を折ってやらせてみようとしてもいやがり、本を見るときは母の指を使う。
165. めずらしいものを見つけた時、自分で指さしていることはあるが、人を見てそれを知らせるということがない。
166. 飲みものなど欲しいものがあると、指でなく手のひらでポットをさす。
167. ことばを話さない。
168. ことばが遅い。
169. ことばがはっきりしない。
170. 言いたいことをことばで表せない。
171. 自分から進んで話そうとしない。
172. 自分の気持ちを自分のことばで話そうとしない。
173. ことばを人とのコミュニケーションに使うことができない。
174. CM,TVの受け売り言語を言う。
175. きまり文句、はやりことばを頻繁に使う。
176. 紋切型にしゃべる。
177. 会話していることと全然違った話を始めることがある。
178. ふと思い出した語をその場面と関係なく言う。
179. 相手のことを無視しているかのように自分の言いたいことを言う。
180. 勝手なことばかり言う・
181. 見知らぬ人に対しても「~しなさい」「道の右を歩きましょう」などと言う。
182. 言い聞かせても聞かないし理解しない。
183. 返事や応答ができない。
184. 人の呼びかけ、話しかけに対し何の反応も示さず答えない。
185. 呼んでも返事をしない。
186. 呼んでもふりむかないが、カルピスとかアイスクリームとか、ココアとかチョコレートとかと言うととんでくる。
187. オシッコ、ウンチを教えない。無関心。母親が時間をみはからってさせる。
188. 聞きわけがない。


【感想】
 以上の項目は、シンボル(サインや音声言語)を使って人との間にコミュニケーション関係を成立する「第一歩」が踏み出せないでいることを示す症状である。159から188までの30項目中8項目(約27%)が「指さし」に関するものであることが興味深い。また、「指さし」は項目164にあるように、「教えよう」として身につくものではない。“正常発達像”で示されたA~Gの項目を土台として、子どもが「自発的」に学び取るものだからである。以下は、そのことについて私が綴った拙文である。(2014.5.8)


《指さし行動の意味》(2013.4.6)
生後1年ほどになると、乳児は「マンマ」「ブーブ」などと片言を話すようになるが、同時に(人差し指1本で)「指を差す」行動が現れる。この行動は、「人間」特有の行動であり、他の動物には見られない。そしてまた、その行動は、「指差し確認」とか「人から後指を差されないように」とか「指示する」とか、言われるように、「特別な意味」を含んでいるのである。その意味とは、「今、私はこれ(それ、あれ)を見ている」ということである。さらに、人間はその行動を、コミュニケーションの手段として使っている。相手に向かって、「今、私が見ているのは、これ(それ、あれ)です。あなたも見て下さい」という気持ちを伝えているのである。乳児が、事物を指さして「アッアー」などと言うのは、「それを取って」「あれは何?」「これが欲しい」「あれは前にも見たことがあるよ」 などという意味や気持ちを、周囲の人に伝えているのである。また、乳児は、相手からの問いかけに対する「返事」として、「指を差す」行動があることを学ぶ。絵本を見ながら、「ワンワンはどれ?」「ブーブはどれかな?」などと問いかけられると、「指を差して」応えるのである。このとき、乳児は、「犬や自動車を見分けること」(認識活動)と、「指を差して応えること」(コミュニケーション行動)の二つを「同時に」要求されているのだが、いずれかに支障が生じていると、正確に応じることができない。その一の例、「ワンワンはどれ?」と尋ねられても、「ワンワンはどれ?」とオウム返しをするだけで、指を差さない。その二の例、「ワンワンはどれ?」と尋ねられても、よく絵を見ないで、手当たり次第、目に入った物を指さす。一の例は、(おそらく)認識活動は正常だが、コミュニケーション行動が未熟だということになる。反対に、二の例は、コミュニケーション行動は正常だが、認識活動が未熟だということになる。一の例の場合、「指を差す」代わりに、「手(首)を引っぱる」行動(クレーン行動)をすることがある。この行動は、自分の欲求を満たそうとする直接的な行動であり、(間接的な、シンボルを使った)コミュニケーション行動とはいえない。相手の手を、自分の手の延長(道具)として活用しているにすぎないからである。二の例は、まだ事物を正確に「見分ける」(弁別する)ことができないだけであって、相手とのコミュニケーションを通して、様々な学習を進めていく態勢が整っている。したがって、相応の時間をかければ、調和的な発達が期待できる。しかし、一の例は、周囲の事物や生活習慣、等々を、相手からではなく(コミュニケーションを媒介とせずに)、直接的に「自学自習」してしまうおそれがある。「認識活動」は正常であっても、そこで身につけた知識や技能を、集団の中で「応用できない」という事態に陥るおそれがある。そこで、一の例の場合には、以下のような取り組みが必要になる、と思われる。
【目標】人(相手)との「やりとり」ができるようにする。
《領域1》相手と「表情」で「やりとり」ができるようにする。
・相手に笑いかけられると、笑い返す。(あいさつ)
・にらめっこ、あっぷっぷ、いないいないばあ、などの遊びを「楽しむ」。
・「変な顔」を見て笑う。
・「怖い顔」を見て泣く。
・「いいお顔」をする。
《領域2》相手と「声」で「やりとり」ができるようにする。
・泣いて、相手を呼ぶ。
・相手の声を聞いて、しずまる。(泣き止む、落ち着く)
・相手の声を聞いて、声を出す。
・声を出して、相手を呼ぶ。
・相手の声(語調)を聞いて、まねする。(えっ?、あっ!、あーあ等)
・相手の「ことば」を聞いて、まねする。
《領域3》相手と「身振り・動作」で「やりとり」ができるようにする。
・相手の「身振り」を、まねする。(指遊び、手遊び、グウチョッキパー、指差し等)
・相手の「動作」を、まねする。(おいかけっこ、かけっこ、ぴょんぴょん、ダンス等)
・「おうまさんごっこ」を楽しむ。(スキンシップ)
・「おすもうごっこ」を楽しむ。(スキンシップ)
・ジャンケン遊びを楽しむ。
・「幸せなら手をたたこう」「むすんでひらいて」などを一緒に楽しむ。
・「鬼ごっこ」「かくれんぼ」を楽しむ。
《領域4》相手と「物」の「やりとり」ができるようにする。
・相手から、物を「受け取る」。
・相手に、物を「手渡す」。
・欲しい物を、「指差して」「受け取る」。
・相手が「指差した」物を「手渡す」。
・相手に「ちょうだい」と言って、「受け取る」。
・相手に「どうぞ」と言って、「手渡す」。
・「お店屋さんごっこ」を楽しむ。
《領域5》相手と「ことば」で、「やりとり」ができるようにする。
・相手に、名前を呼ばれたら、振り向く。(相手の顔を見る)
・相手に、名前を呼ばれたら、「返事」をする。(手を挙げる)
・相手に、「パパ」「ママ」などと言って、呼びかける。
・相手に、「わんわんは、どれ?」と聞かれて、指差す。
・相手に、絵を指差して、「なーに?」と尋ねる。
・相手に、「これはなーに?」と聞かれて、「わんわん」と答える。
・相手に、「お名前は?」と聞かれて、答える。
・相手に、「おめめは?お耳は?お口は?」などと、尋ねられて、その部位を触る。
・相手に、「たっち、えんこ」などと言われて、その動作をする。
・相手に、「これ、なーに?」と頻繁に尋ねる。
【留意点】
 以上の取り組みの中で、最も重要なものは、「笑顔」の「やりとり」である。「好きこそものの上手なれ」という言葉があるように、そのことが「好き」になることが上達の早道である。いずれの活動も「楽しく」「遊びの中で」行うことが大切である。また、乳児の反応が「あいまい」であったり、「誤り」であったとしても、それを「指摘」「訂正」することは禁物である。なぜなら、そのことによって、乳児は「自信」を失い、たちまち意欲が半減してしまうから。大切なことは一点、「コミュニケーション行動」と、その「意欲」を育てること、言い換えれば、こちらからの働きかけに「応じ」られるようになりさえすれば、それでよい、ということを肝銘すべきである。