梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「急性心筋梗塞」病状記・5・《「病牀六尺」》

 入院した時、私は「こんな所にいつまでも居られない。最短時間で出てやるぞ!」と決意した。その通り、おそらく最短時間で退院することができたのだが、以後の「療養生活」は順調ではない。たえず「吐き気」におそわれ、思うように食べられない。その結果、体重は60kgから57kgに減った。「脱力感」「倦怠感」も著しく、「1時間起きて1時間横になる」という生活を余儀なくされている。
 情けないことだが、再度入院し(病院の)「他力」(点滴、その他の手当)に頼りたくもなる。だがしかし、せっかく自由の身になったのだから、「自力」(自宅)で療養しなければ意味がない。検査の結果に異状が認められないとすれば、当分はこのままで「耐える」ほかはないのだろう。
 今日は朝4時に起床し、体重・血圧測定の後、「涼しい時間帯のうちに」近くのコンビニまで買い物に行ってきた。徒歩往復15分の距離だが、やはり疲れる。朝食(サンドイッチ1片、ゼリー飲料、コーヒー)を無理矢理流し込み、服薬する。起居はそこまで、7時には再び横になって、CD音楽を聴く。いつものモーツアルトではなく、J・S・バッハの「チェロソナタ第1番~第3番」(パブロ・ザルス&パウル・バウムガルトナー)にしてみると、たいそう気分がよくなった。勢いにのって、次はモーツアルトの「ディベルトメント」(K136-138,334)、「ピアノ三重奏曲」(K502,496.254)まで聴くと昼になった。
 「療養生活」の特徴は、いうまでもなく「時が経つのが遅い」(時間をもてあます)ということである。自分は何もしないのだから「時の流れに身をまかせ」るほかはない。正岡子規の「病牀六尺」には以下のような文章がある。
○支那や朝鮮では今でも拷問をするさうだが、自分はきのふ以来昼夜の別なく、五体すきなしといふ拷問を受けた。誠に話にならぬ苦しさである。
○人間の苦痛はよほど極度へまで想像せられるが、しかしそんなに極度にまで想像したやうな苦痛が自分のこの身の上に来るとはちよつと想像せられぬ事である。 
 そして辞世の句は「糸瓜の咲て痰のつまりし仏かな」「をとゝひのへちまも水も取らざりき 」「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」の三篇だそうな。享年34歳、昔の人の生き様(死に様)は、当世では及びもつかぬ壮絶さだった、と私は思う。 
 子規の苦しさに比べれば、私の不快感(吐き気、脱力感、倦怠感)など《月並み》なのである。さしあたっては、「吐き気」のツボ「内関」、「胃痛」のツボ「合谷」「足三里」「中かん」にゲルマニウムを貼って様子をみることにする。
(2018.8.11)