梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

落とし物

 北海道・富良野、美瑛のフラワーガーデンを満喫して帰路に就く日、北海道大学札幌キャンパスに立ち寄った。古河講堂、クラーク像、ポプラ並木、大野池を経て、札幌農学校第二農場へと向かう。「都ぞ弥生の雲紫に 花の香漂ふ宴遊(うたげ)の筵(むしろ)・・・夢こそ一時青き繁みに 燃えなん我胸想ひを載せて・・・人の世の 清き国ぞとあこがれぬ」と詠った往時の学生の息吹も蘇り、感動的な時間を過ごしていたが、電車の出発時刻が迫っている。私はポケットからガイドマップを取り出して第二農場から正門までの道順を確かめた。およそ2キロ弱を15分で歩かなければならない。ふと足下を見ると白い物が落ちている。取り上げると使用済みのティッシュペーパーであった。「私が落としたかな」と一瞬思ったが、そのままにして立ち去ろうとした。すかさず初老の守衛がやって来て「落とし物ですよ」と言う。「あなたのゴミで敷地を汚さないように」と責められても仕方がないのに・・・。「やっぱり・・・」、私は赤面してその白い物をポケットに収めた。「人の世の 清き国」は、今も守られている。(2015.7.17)