梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・9

《第3章 愛着障害の特性と病理》
【愛着障害に共通する傾向】
・愛着障害には回避型と不安型のような正反対とも言える傾向をもったタイプが含まれるが、その根底には、大きな共通点がある。
・愛着障害は、素晴らしい能力とパワーをもっている。
【親と確執を抱えるか、過度に従順になりやすい】
・親との関係をみるうえで重要なのは、愛着に問題がある場合、親に対する敵意や恨みといったネガティブな感情、あからさまな確執や軋轢だけでなく、過度の従順さや良い子としての振る舞いといった形で親に奉仕しようとすることも多いことである。また、両方の感情や行動が、両価的に混在していることも多い。関係がうまくいっている局面では、気に入られようとして親を喜ばせるが、それがうまくいかない局面になると、否定的な感情が噴出し、関係が急に悪化したりする。
・もうひとつ重要なのは、親の期待に応えられない自分をひどく否定したり、責めることである。親を否定している一方で、親から認められない自分を、駄目な人間のように考えてしまう傾向がみられやすいということである。
【ヘミングウエイの後悔】
・ヘミングウエイは、母親に対して否定的な言葉を浴びせかけ、関わりを絶ってきた自分への悔恨と罪悪感を感じていた。それが、後に彼を苦しめるうつ病の一因ともなっただろう。拒絶、攻撃、憎悪とともに理想化、罪悪感といったものが混じったアンビバレントな思いは、母親と不安定な愛着しかもつことができなかった子どもたちが、母親を失ったとき、共通して抱くものである。
【信頼や愛情が維持されにくい】
・狭い意味での愛着障害は、誰にもまったく愛着を感じないか。逆に、誰に対しても親しげに振る舞うか、ということである。後者の場合、誰にでも愛着するというのは、特定の愛着対象をもたないという点で、誰にも愛着しないのと同じであり、対人関係が移ろいやすい。対人関係、恋愛関係において、誰に対しても同じような親しさで接すれば、トラブルや争いの原因になるし、信頼関係の維持も困難にする。
・広義の愛着障害では、その程度は軽くなるが、本質的な傾向は同じだと言える。親密な関係が育ちにくい場合もあれば、たちまち親密な関係になるものの持続性がなく、すぐに冷めてしまったり、別れてしまうという場合もある。いずれにせよ、特定の人との信頼関係や愛情が長く維持されにくいという点では共通している。
【何度も結婚に失敗したのは】
《ヘミングウエイの結婚歴》
①ハドリー・リチャードソン:8歳年上。心に傷を抱えた情緒不安定な女性。息子を一人もうけたが、ヘミングウエイの浮気で離婚。
②ポーリン・ファイファー:雑誌編集者、浮気の相手。次々と子どもが生まれたが、浮気の泥仕合で離婚。
③マーサ・ゲルボーン:駆け出しの作家。母親に似た上昇志向の強い野心的な女性。家庭そっちのけで海外を飛び回る。この結婚はもっとも短命に終わった。
④メアリー・ウェルシュ:母性的な女性。横暴な命令にも忠実に従う、優しく忍耐強い女性。夫のあらゆる欠点を受け入れれ、添い遂げた。
・ヘミングウエイの回想記では、ハドリーに対してだけは、別れた後も特別な思いをもる続けていた。
【ほどよい距離がとれない】
・愛着障害における対人関係の特性は、相手との距離が近すぎるか、遠すぎるか、どちらかに偏ってしまい、ほどよい距離がとれないということである。
・相手との距離を調節する土台となっているのが、その人の愛着スタイルである。
・回避型:親密な距離まで相手に近づくことを避けるため、対人関係が深まらない。
・不安型;距離をとるべき関係においても、すぐにプライベートな距離に縮まってしまい、親しくなることイコール恋愛関係・肉体関係ということになる。
・混乱型:最初はよそよそしかったり、打ち解けなかったりするが、個人的なことを少し話しただけで、急速に接近し、恋愛感情に走ってしまうことが起きやすい。
【傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすい】
・このネガティブな反応には二つのパターンがある。
・一つは、ストレスを自分に対する攻撃と受け止め、すぐさま反撃行動に出るというものである。暴力的な行動で他人に対して怒りを爆発させる。
・もう一つは、その反撃が自分自身に向かい、自分を傷つける行動に走る。典型的なものは、うつや不安である。感情を抑えがちな我慢強い人に、こうした反応が起きやすい。
・症状となって表れた段階を「疾患」として捉えるのが、現在の診断体系であるが、最終段階を云々するだけでは、病的なプロセスを防ぐことにはならない。ドミノ倒しの最初の段階に関わっているのが、愛着障害であり、最後の段階が、さまざまな「疾患」なのである。
【ストレスに脆く、うつや心身症になりやすい】
・愛着は、心理的のみならず生理的な機能の発達にも関与している。しばしば、神経過敏で、自律神経系のトラブルに見舞われやすい。(夏目漱石は→神経衰弱、胃潰瘍。太宰治→不眠症、薬物依存症)
・画家の例:ルノワール、モネ→安定型 ゴッホ、ユトリロ、モディリアニ→不安定型
【非機能的な怒りにとらわれやすい】
・安定型の人の怒りは、建設的、問題解決的であり、敵意や憎しみは、個人ではなく問題そのものに向けられる。
・不安定型の人の怒りは、相手を精神的・肉体的に痛めつけることに向けられがちである。
破壊的な効果しかない怒りを「非機能的怒り」と呼ぶ。
【過去にとらわれたり、過剰反応しやすい】
・非機能的な怒りにみられやすい特徴は、傷つけられたことに長くとらわれ続けることである。水に流してしまえば済むことが、それでは気が収まらず、何年も何十年も不快な思いに心を乱し、人生を空転させてしまうことも起きる。
・傷にとらわれてしまうのは、愛着に傷を抱えた人の特性とも言える。
・愛着の傷は、もう一つの特性を生みやすい。それは、過剰な反応をしやすいということである。思い込みが激しいところもある。ありのままの相手ではなく、自分の記憶のなかの存在に重ねてしまい、そこからくる思い込みによって相手を即断してしまうのである。
【「全か無か」になりやすい】
・愛着障害は、全か無かの二分法的な認知に陥りやすい。好きと嫌いがはっきりしすぎて、嫌いな人にも良い点があるということを認められない。こうした傾向は、対人関係を長く維持することを困難にする。
・夏目漱石の作品、生き様は、その典型的な例である。
【全体より部分にとらわれやすい】
・愛着障害の人は、全体的な関係や視点ではなく、部分に分裂した関係や視点に陥りやすい。相手からどんなに恩恵を施されても、一度不快なことをされれば、それ以外のことは帳消しになって、相手のことを全否定してしまう。→「部分対象関係」(メラニー・クライン)
・これは乳児にはふつうにみられるが、成長とともに相手を全体的な存在としてみることができるようになる。→「全体対象関係」
・クラインの「対象関係」を、ボウルビィは「愛着」として捉えなおした。部分対象関係から全体対象関係への移行は、愛着の成熟を表しているとも言えるが、その過程において、もっとも重要なのは、相手に「心」や「人格」という言葉で表現されるような統合的な存在を感じられるようになるということである。
・部分対象関係と全体的対象関係を隔てるものは、「相手の気持ちがわかるかわからないか」ということであり「共感性が芽生えているか」ということである。
・愛着障害の人は、相手の気持ちに対する共感性が未発達な傾向を示す。相手の立場に立って、相手のことを思いやるということが苦手になりやすい。幼いころ、共感をもってせっしてもらうことが不足していたことと関係しているだろう。
・恋愛関係において、特有の歪みを生じやすい。愛情の対象となるのは、相手のごく一部分であることも起こり得る。相手の肉体だけ、容姿、家柄、学歴だけに特別な関心を示すこともある。
【川端の初恋】
・川端の初恋は、同じ寄宿舎の下級生であった。その少年の、肉体の部分に愛着したことが、「少年」という作品に残されている。
・部分への執着を極限まで追求すると「眠れる美女」のような幻想に行きつくことになる。【ヘミングウェイと闘牛】
・「私は牛を牛以外のものと思ったことはありませんよ。私は動物に愛着をもったことなどありません」(「並はずれた生涯;アーネスト・ヘミングウェイ」)
・愛着障害の人には、ときとして、残酷趣味や動物虐待の傾向がみられることがある。その根底には、歪められた攻撃性の問題と、共感性の欠如が関わっている。
・感受性の極度の低下は、危険に対する無頓着という形でもみられる。危険に対する極度の鈍感さは、重度の回避型愛着の人にみられやすい。
【意地っ張りで、こだわりやすい】
・愛着障害の人の重要な特徴の一つは、過度に意地を張ってしまうことである。非機能的な怒りと同じ意味で、非機能的な執着と言えるだろう。
・不安定な愛着環境で育つと、自分にこだわることで、自分を保とうとする。親が不安定な愛着スタイルの持ち主の場合には、親自身も柔軟性を欠き、子どもに対して無理強いや支配的な対応になりがちなため、子どもも同じようなスタイルを身につけやすい。
・愛着障害の根が深いほど、さらに天邪鬼な反応がみられるようになる。「甘えたい気持ちを我慢すると、反抗したくなる」
・柔軟性の乏しさは、厳格さや不寛容さにも通じる。ある真理実験では、不安定型愛着スタイルの人は、自分の価値観や道徳観から外れている人に対して「厳しく罰するべきだ」という意見を多く述べた。
・他人の評価においても、不安定型の人は、先入観に縛られ、感情的な反応を起こしやすい傾向がみられた。


【感想】
・ここまでは、愛着障害の特性、病理のいくつかについて述べられている。要するに、①親と確執を抱えるか、過度に従順になりやすい。②信頼や愛情が維持されにくい。③ほどよい距離がとれない。④傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすい。⑤ストレスに脆く、うつや心身症になりやすい。⑥非機能的な怒りにとらわれやすい。⑦過去にとらわれたり、過剰反応しやすい。⑧「全か無か」になりやすい。⑨全体より部分にとらわれやすい。⑩意地っ張りで、こだわりやすい。という「特性」である。また、それらの「特性」がどのような「病理」を生み出すかについても、いくつかの事例が挙げられていた。
・これらの特性は、誰もが自分を反省するとき、いくつかは思いあたることがあるのではなかろうか。私は、宅間守、宮崎勤、川崎の少年A、佐世保の少女といった人物が思い浮かぶ。他ならぬ私自身の中にも、そのような特性が秘められていることは間違いない。それは生後5か月で母親を亡くした生育史からも、私自身が不安定な愛着スタイルを抱えていることは明らかであり、十分に納得できることばかりであった。では、それらの特性が「病理」にまで進行しなかったのは何故か。おそらく、「父親への愛着」が形成されていたから、と思う他はないが、それも14歳までのことであった。私は、中原中也の場合と同様、「世間体を気にする」父親に反抗し、「意地っ張りで、こだわりやすい」、天邪鬼な
性格を今も持ち続けている。また、それ以外にも「全か無か」「全体より部分にとらわれやすい」といった特性は、私の人格形成に大きく関与していると思われる。本書の第六章では「愛着障害の克服」について述べられている。期待を込めて先を読み進めたい。(2015.9.28) 

「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・8

【親の愛着スタイルが子どもに伝達される】
・「親の不在」「養育者の交替」といった問題のないふつうの家庭に育った子どもでも、三分の一が不安定型の愛着パターンを示し、大人のおよそ三分の一にも、不安定型愛着スタイルが認められるのはなぜか。それは、親の愛着スタイルが子どもに伝達されやすいからである。
・母親の愛着スタイルと子どもの愛着パターンは密接に関係し、母親が不安定型の愛着スタイルをもつ場合、子どもも母親との間に不安定型の愛着パターンを示しやすいことが明らかになっている。
・養子となった子どものケースで、実の母親と養母のそれぞれが子どもにもたらす影響を比べてみると、実の母親の愛着スタイルよりも、養母の愛着スタイルの影響の方が、ずっと大きいのである。(遺伝的要因よりも養育環境の影響が大きい)
・父親の愛着スタイルや他の人物の愛着スタイルも影響を及ぼす。
・父親と母親で愛着スタイルが異なっている場合には、安定型の愛着スタイルをもつ親との関係が、不安定型の方の親との間に生じやすい不安型の愛着パターンを補ってくれる場合もある。その後出会う人との関係によって、修飾や修正を受け、十代初めごろに愛着スタイルとして固定していく。
【愛着障害を抱えていたミヒャエル・エンデの母親】
・ミヒャエル・エンデの母親は、孤児であった。15,6歳で孤児院を出ると看護師、洋品店、アクセサリー店経営などを経て、37歳のとき28歳の男性と結婚した。世界恐慌、ナチス台頭というその年にミヒャエルが生まれた。母親は、父親の愛情を執拗なほどに確認した。また、父親の欠点や失敗に対して、容赦なく責め立てた。父親は平穏に育ち、気性も穏やかで、忍耐強い性格のだったが、愛着という点においては小さな傷を抱えていた(離婚歴など)。両親はミヒャエルを非常に可愛がったが、現実回避的なところがあった父親は、次第に子どもを重荷に感じるようになった。夫婦の関係は、つねに不安定であり、ケンカが絶えなかった。
・過保護の一方で、両親が罵倒し合うのを聞いて育ったミヒャエルは「自分が二人をつなぎとめなければならないと思っていた」。自分が良い子にしていなければ、両親は別れてしまうという気持ちをずっと抱いていた。こうした境遇は、反抗的な一面と、相手の顔を見て相手を喜ばせようとふるまう性向のまじった、複雑な性格を育むことになった。(統制型の愛着パターン)
【愛着スタイルと養育態度】
・両親が揃っていて、ちゃんと養育を行っている場合でも、子どもが不安定型愛着を示すのは《親の関わり方と関係がある》からである。
・回避型の愛着パターンを示す子どもでは、母親は子どもに対して、感受性や応答性が乏しい傾向が認められている。平たく言えば無関心であまりかまわないのである。
・抵抗/両価型の愛着パターンを示す子どもの場合、母親自身不安が強く、神経質だったり、子どもに対しては厳格すぎたり、過干渉だったり、甘やかしたりする一方で、思い通りにならないと突き放すといった両価的な傾向がみられる。子どもを無条件に受容し、安心感を与えるというよりも、良い子であることを求める傾向が強いのである。そのため、子どもは陰日向のはっきりした、二面性を抱えやすい。
・混乱型の愛着パターンを示す子どもの場合、母親の態度や気分によって、反応パターンが大きく変動するのが特徴で、母親が精神的に不安定であったり、虐待を行っている場合に認められやすい。
・ミヒャエル・エンデの場合には、愛着不安の強い不安型の母親と、何事にも距離をおこうとする回避型の父親との間で育ったが、母親に近い不安型愛着の傾向が強く、それを克服するのに、周囲の気分をコントロールしようとする統制型を発展させたようにみえる。エンデには、母親の過剰とも言える愛情があり、母親との愛着自体は、比較的安定したものであった。それが、彼の人生を守ったことは疑いない。
【ビル・クリントンの場合】
・ビルが生まれたとき、父親はすでに事故死していた。母親は、ビルが1歳前後のとき、看護師になろうと、ビルを祖父母に預け、旅立ってしまった。祖父母は、ビルを厳しくしつけた。楽しい思い出は、思い出すのも抵抗があるほど少なかった。
・看護師になった母親が、新しい夫を連れてビルを迎えに来た。祖母は反対、法廷闘争になりかけたが、母親が勝ち、ビルを連れ去った。祖母と母親とがいがみ合い、その板挟みになったことはビル少年の愛着にさらに傷を負わせた・
・新しい父親はろくでなし、母親は浮気性で毎晩のようにケンカが絶えなかった。
・ビルは、母親に対して驚くほど従順だった。祖母も母親も、義父さえもビルは愛していた。不安定型の愛着は、人の顔色に敏感で、相手にうまく合わせる能力の過形成を伴うが、ビルの場合にも、そうしたことが起きたと言えるだろう。
・みじめで不安定な家庭生活とは裏腹に、ビルは周囲から明るく社交的で、幸福な子どもだと思われていた。彼はそう思われるように振る舞うことで、バランスをとることを覚えていたのだ。演じること、嘘をつくことは、そのころからビル・クリントンの「天性」であったと、多くの証言が裏付けている。
・それでも、母親は常にビルの味方であることに変わりなく、母親の機嫌をとるという統制型愛着の傾向はみられるものの、二人の間の愛着の絆は不安定ながら保たれていた、その点に、まだ救いがあったと言えるだろう。
【ヘミングウエイの場合】
・ヘミングウエイの母親は、裕福な家庭に育ち音楽的な才能に恵まれていたが、家事や育児といった家庭的なことはおろそかになりがちであった。掃除や料理はことに嫌い、子育てにも無関心であった。医師である父は母に頭が上がらず、はっきりと自分の気持ちを主張できない不器用なところもあった。子どもの教育方針やしつけをめぐっても、夫婦間にはずれがあった。父はピューリタンで勤勉・誠実、アウトドアの活動を好んだ。母は、自己満足のために、ヘミングウエイをコンサートや美術館に連れ出した。姉と双子の姉妹として育てたいという願望から、女装させられることもあった。
・幼いころは、母親のなすがままだったヘミングウエイは、次第に母親に対する反発や嫌悪を示すようになる。その根底には、母と子との間にあるはずの情愛の欠落があった。
・父親は、厳格・潔癖、不寛容で神経質な面を備えていたので、ヘミングウエイは父親に対しても、怒りや反発を感じていた。やがて父親は自殺、その反発は罪悪感へと変わり、母親に対する反発は憎しみへと変わっていった。
・ヘミングウエイが作家として成功した後も、その態度は極めて冷ややかであった。
【ネガティブな態度や厄介者扱い】
・不安定型の愛着スタイルを生む重要な要因の一つは、《親から否定的な扱いや評価を受けて育つ》(厄介者扱いされて育つ)ことである。その典型的な例は太宰治のケースであろう。「生まれて、すみません」は、彼の心の本質を、もっとも端的に表した言葉である。・親から否定的な評価しかされなかった子どもが、親をもっと困らせるようなことをそてそれを実現することは、愛着障害のケースでは頻繁にみられる。否定的な扱いを受けて育った人は、どんなに優れたものをもっていても、自己否定の気持ちを抱えやすくなる。


【親に認めてもらえなかった中原中也】
・中原中也は、父親が32歳、母親が29歳のときのできた最初の子だった。両親の喜びはことさらで期待も大きかった。外で友達と遊ぶことや水泳は禁じられた。その「過保護」によって、中也は次第に反抗的になり、手に負えなくなった、両親は中也を寺に預け、「思想矯正」を図ったが、中学三年を落第した。両親は世間体を気にして、中也を所払いして京都の中学に送った。中也はいっそう心を荒ませ、3歳年上の女優・長谷川泰子と同棲したり、無頼の生活に耽り始める。
・中也は、親を安全基地として支えにすることができなかった。その結果、不安定な関係の中に、自分の身の置き所を求めようとして裏切られたり傷つけられられたりし、いっそう人生を混乱させていく。
・彼は、親友の小林秀雄に長谷川康子を奪われ、一度に二人の人間に裏切られた。後年、精神に変調を来し、被害妄想にとらわれたりするが、そのことが遠因のひとつになったと言えなくもない。
【母親のうつや病気も影響する】
・母親のうつは、不安定愛着の要因として非常に重要である。
・うつは、虐待やネグレクトが起きる一つのリスク・ファクターであるという実態が明らかになっている。うつになりやすい人では、完璧主義や潔癖症、強すぎる義務感といった性格傾向を備えていることが多く、そうした性格と結びついた行動様式が虐待を誘発しやすいと考えられている。
【ウィニコットの場合】
・小児科医から児童精神科医の草分け的存在となり、母子関係の重要性に最初に着目した一人にイギリスのW・D・ウィニコットがいる。
・裕福な家に生まれたウィニコットは三人兄弟の末っ子で姉が二人いた。父親は市長を務めたこともある地元の名士であった。ウィニコットに対しては支配的で、遊ぶ暇は亡かった。母親は、目立たない存在で、一説によるとうつを抱えたいたとされる。授乳中に生が高ぶってしまうためウィニコットの離乳は早められた。
・後にウィニコットは、子どもの健全な成長と精神の安定のためには、何よりも母性的な没頭が必要であり、その欠如が、子どものさまざまな問題の背景にあることを指摘しているが、それはウィニコット自身が幼年期に、母親の母性的没頭が損なわれるような状況におかれた体験と「因果関係」がある。
・ウィニコットは、母親のうつが子どもの精神的安定や発達に影響することを最初に指摘した人物でもある。子ども時代のウィニコットは、沈んでいる母親に安心を与えることが「自分の仕事」であるとみなしていたという事実は、彼がその後、うつの母親に育てられた子どもについて述べたことと、ぴったり重なるのである。
・ウィニコットの姉二人は、独身のまま両親のもとに留まり、両親の世話をして生涯を終えた。母親のうつがもたらした分離不安の高まりによって、自立が妨げられたのではないかという疑いを抱かせる。ウィニコットは「偽りの自己」としてしか生きられなかった、という。
・ウィニコットは結婚し、離婚と再婚も経験している。14歳のときに寄宿学校に送られたことは幸いだったかもしれない。
【母親以外との関係も重要】
・愛着の問題は、母親との関係だけを取り上げて事足れりとされるものではない。
・親の離婚や死別と、愛着スタイルとの関係を調べたミクリンサーらの研究によると、子どもが4歳未満のときに父親が死亡したり、離婚していなくなった場合、子どもには愛着回避、愛着不安の傾向がともに有意に高く認められ、愛着スタイルが不安定になりやすいことが示された。
・恋人や配偶者は、愛着スタイルに関して、かつて母親が及ぼした影響に匹敵するほどの大きな影響を及ぼすことがある。それまで変動の激しかった対人関係が、安定した愛着スタイルの人と一緒にいるようになって、落ち着いてくることもある。逆に、安定型の愛着スタイルをもつ人が、不安定型の愛着スタイルをもつ配偶者の影響で、不安定型に変化するという場合もある。
・共倒れするか。互いが幸福をつかむかの分かれ目は、どこにあるのだろうか。その点については後の章で述べたい。
【一部は遺伝的要因も関与】
・新生児の段階でイライラしやすかったり、ストレスに対してネガティブな反応を強く示すなどして、母親が扱いづらいと感じる赤ん坊では、後に抵抗型や混乱型の愛着パターンを示す傾向がみられた。これは、遺伝的要因により、愛着障害を生じやすい不利な気質が関与している可能性を示している。ただ、そうしたケースでは、母親も子どもに対して反応が乏しかったり、過度にコントロールしようとする傾向がみられた。遺伝的な気質と母親の反応性が不利な方向に相互作用を起こすことで、不安定型の愛着パターンが形成されていくと考えられる。
・愛着障害(不安定型愛着)に関連する遺伝子として最初に見つかったのは、D4ドーパミン受容体遺伝子の変異で、繰り返し配列が通常よりも多く、48塩基縦列反復(48bpVNTR)と呼ばれる領域が、通常は2回または4回反復するところを7回反復していた。この変異が最初に見つかった子どもは、混乱型の不安定愛着を示していたが、その後の研究で、混乱型の愛着パターンを示す子どもの67%で、この遺伝子変異が認められることがわかった。それに対して、安定型の愛着を示す子では20%、回避型では50%の頻度で認められ、この遺伝子変異をもっている子の場合、混乱型の愛着障害になるリスクが、もたない子の4倍になると計測されたのである。
・この遺伝子変異は、母親が通常のコミュニケーション能力を示す場合には不利に働き、愛着障害を引き起こすリスクを高めるが、母親が混乱した情緒的コミュニケーションを行う場合には、むしろ不安定型愛着になるのを抑える方向に働いていたのである。この遺伝子変異をもつ子どもは、正常な感受性をもたないので、傷つくことを避けられるのかも知れない。
・遺伝的要因の関与のうち、もう一つ、セロトニン・トランスポーター遺伝子の変異がある。(セロトニン・トランスポーターとは、神経伝達物質セロトニンが、神経細胞の軸索の先端からシナプスと呼ばれる間隙に放出された後、このセロトニンを再び取り込む働きをしているタンパク質である)遺伝子の変異によりトランスポーターが効果的に作られないと、セロトニンの再取り込みがスムーズにいかなくなり、セロトニン系の信号伝達機能を弱めてしまう。つまり不安を抱きやすくなったり、うつになりやすくなったりする。
・セロトニン・トランスポーター遺伝子には、短い配列(s)のタイプと長い配列のタイプ(l)があり、遺伝子は父親と母親からもらったDNAがペアになっているため、s
/s、s/l、l/lの三つの組み合わせがある。短いタイプほどセロトニン・トランスポーターを作る能力が低く、s/s型の人では、子どものころから不安を覚えやすかったり、うつになりやすいことが知られている。脳のレベルでも扁桃体の活動が活発で、ストレスホルモンの放出が多い傾向がみられる。些細な刺激も不快に受け止めやすく、愛着形成にも影響することが予想されるのだが、実際、混乱型の愛着パターンを示す子どもには、s/s型の子が多いのである。
・また、短い配列のタイプでは、母親の配列が乏しい場合、l/l型の子はその影響を受けにくいが、s/s型や、s/l型の子どもはその影響を受け、不安定な愛着パターンを示しやすい。60~70%の子どもがs/s型か、s/l型で、l/l型の子は30~40%にとどまるため、母親がうつ病や不安障害に罹患しているケースでは、子どもも、その遺伝的形質を共有していることも少なくない。その場合は、不安や抑うつ的になりやすい傾向を母子が共有することで、悪循環を形成しやすいと考えられる。
・このように、子どもの側の要因と母親側の要因が絡まり合い、不利な面が重なり合うことで、愛着障害が生じていくと考えられている。悪循環をつくりやすいという意味でも、母親のうつや不安障害は、重要な問題だと言える。


【感想】
・以上で第2章は終わる。「愛着障害が生まれる要因と背景」が詳述されていた。まず、愛着が形成される臨界期(3歳)までに、①母親と離別すること、②養育者が交替することが挙げられ、次に、両親が揃っている場合でも、母親の状態、両親の関係、養育態度の如何によっては、愛着障害が生まれうること、さらに一部は遺伝的要因も関与することが述べられている。
・実例として、ミヒャエル・エンデ、ビル・クリントン、ヘミングウエイ、中原中也、ウィニコットの場合が採りあげられている。母親の不安が子どもとの愛着形成を妨げ、抵抗型、混乱型の愛着パターンを招く事例が多かったが、中原中也の場合は、両親の養育態度が大きく影響しているケースで、大変興味深かった。両親は中也の誕生を喜び、溺愛したが、「期待」「過保護」が高まりすぎて、中也は反抗的になる。子どもを期待通りの鋳型にはめ込もうとする親の方針が、ますます中也の心を荒ませ、混乱させていく。このような事例は、今でも珍しいことではない。
・筆者は【愛着スタイルと養育態度】の中で、①母親が子どもに対して、無関心であまりかまわない場合は、回避型、②母親自身不安が強く、神経質、厳格、過干渉、矛盾傾向がある場合は、抵抗/両価型、③母親が精神的不安定、虐待を行っている場合は、混乱型、と分析しているが、私にはとても参考になった。現在、子どもの三分の一が不安定型の愛着パターンを示すといわれるが、その母親の養育態度が上記のいずれかに該当することは間違いないだろう。また、〈うつになりやすい人では、完璧主義や潔癖症、強すぎる義務感といった性格傾向を備えていることが多く、そうした性格と結びついた行動様式が虐待を誘発しやすいと考えられている〉とも述べられている。「完璧主義」「潔癖症」「義務感」
といった価値観は、世間では肯定される。中原中也の両親のように、「世間体」を重視して、子どもの気持ちを無視する親も少なくないだろう。わが子よりも世間を大切にし、「良い親」を演じようとすることはないか、反省しなければならない、と私は思った。
・余談だが、〈恋人や配偶者は、愛着スタイルに関して、かつて母親が及ぼした影響に匹敵するほどの大きな影響を及ぼすことがある。それまで変動の激しかった対人関係が、安定した愛着スタイルの人と一緒にいるようになって、落ち着いてくることもある。逆に、安定型の愛着スタイルをもつ人が、不安定型の愛着スタイルをもつ配偶者の影響で、不安定型に変化するという場合もある〉という記述もあった。昨今の若者たちが、なかなか結婚に踏み切れない事情も、そのあたりにあるのだろうと、妙に納得してしまった。筆者は続いて「共倒れするか。互いが幸福をつかむかの分かれ目は、どこにあるのだろうか。その点については後の章で述べたい」とも記しているので、期待を込めて次章を読み進めたい。(2015.9.27)

頭が高い、控えおろう!

 12月3日配信「朝日新聞デジタル」に《尾畠さん「当たり前のことをしただけ」流行語受賞辞退》という見出しの記事が載っている。その内容は以下の通りである。
 〈大分県日出町の尾畠春夫さん(79)が、自身の代名詞となった「スーパーボランティア」の流行語大賞受賞を辞退した。ノミネートが発表された先月7日、朝日新聞の取材に対し、「本人が『スーパーボランティア』なんて全然思っていない。当たり前のことをしただけ」と説明。「(大賞を)取ったとしても普段通りの尾畠春夫です」と話していた。
8月に山口県周防大島町で行方不明になった2歳男児を山中で発見。被災地などでの長年のボランティアの経歴もあり、一躍「時の人」となった。尾畠さんは、大分県や日出町などから相次いで表彰を受けた。先月は、児童虐待防止を訴える地元のウォーキングイベントに参加。別府市役所から県庁までの約14キロを、「こどもの幸せのために」と書いた手作りの旗を掲げながら歩いた。(興野優平)〉
 世間(マスコミ)は、尾畠氏のことを「スーパーボランティア」と称して讃えようとしたが、尾畠氏はそれを辞退(拒絶)した。当然のことだと私は思う。なぜなら、尾畠氏にとって「スーパーボランティア」などという名称は《汚名》に過ぎず、直ちに返上しなければならないからである。私たちは「当たり前のことをしただけ」と述べている尾畠氏の信条を理解しなければならない。彼は「普段通りの」ただの人であり、当たり前のことをしただけなのに、その行為を「ボランティア(活動)」と呼ばれ、その道の「プロ」だと評されることが耐えられない。自分のことを「時の人」として追いかけ、取材する暇があったら、まず他人の苦しみを共感し、助け合うことを「当たり前のこと」として行う風潮を作り出してみたらどうなのか、という(世間の人々やマスコミに対する)思いが、私にはひしひしと感じられる。
 前にも書いたが、尾畠春夫氏は、断じて「スーパーボランティア」(などという薄っぺらな流行語)ではなく、ニーチェのいう、まさに《超人》に値する人格者なのである。頭が高い、控えおろう!