梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「禁断の実は満月に輝く」(NHK・Eチャンネル)というドラマの《核心》

 「禁断の実は満月に輝く」(NHK・Eチャンネル)というテレビドラマを観た。そのあらすじは以下の通りである。(ネットサイト「まんたんウェブ」より引用)
 ◆「ダウン症のイケメン」を自負する主人公・光司(略)はある日、自分の障害が原因で大好きな兄の結婚が中止になったと知り、ショックを受ける。そこで障害を治そうと、統合失調症の真(略)と食べると障害が治る代わりに記憶を失うという「禁断の実」を求めて旅に出る。その実がなるという村にたどり着いた二人は、実が熟するまでの3日間を過ごす宿泊先の民宿で四肢欠損の娘・真由子(略)を見つける。真由子は、父である民宿の主人・那須(略)が、障害を隠すために外出を禁じられていた。真由子に一目ぼれした光司は外へと誘い出す。一方、親から「こんなこともできないのか」と言われ続けてきたことがトラウマとなっていた真は、那須の母で、認知症の駒子の手伝いをして感謝されたことから、自信をつけていく。そして「禁断の実」が熟すという3日目の夜がやってくる……というストーリー。
 このドラマには、①「ダウン症」、②「統合失調症」、③「身体障害(四肢欠損)」④「認知症」と呼ばれる人物が登場する。①②③はいずれも、そう呼ばれる当事者が演じるという趣向で、文字通り「迫真のドラマ」に仕上がっていた、と私は思う。脚本を書いた桑原亮子も「聴覚障害」、〈障害をもってから、人と関わることが少し苦手になりました。相手に迷惑がられるのではないか、同情の目で見られるのではないか、そう思うと、新しく人と出会うのが怖くなるのです。ですが、人は互いに触れ合ったりぶつかったりしながら、少しずつ強くなっていくものだと思います。そのためには、いつまでも居心地のいい場所にいるわけにはいかない。そんな巣立ちを、このドラマで描いたつもりです。〉(NHK・オンラインより引用)というメッセージを寄せている。
 このドラマの眼目は、「親子関係のあり方」とされているが、私自身はタイトルにある「禁断の実」(のあり方)の方に、興味をそそられた。「禁断の実」とは、「食べると障害が治る代わりに記憶を失う」という効能をもっている。ダウン症の幸司は、兄の結婚が成就するために自分の障害を治したい。しかし、それを食べれば記憶を失い「自分は自分でなくなる」とう副作用を伴うのだ。それは過去の清算であり、これまでの自分自身を「全否定」、つまり「死」を意味する。つまり、「兄のために自分は死んでもよい」と幸司は思っている。本当にそれでいいのか、友人の真は心配するが、そんな折も折り、幸司の前に美しいマドンナ・真由子(の顔)が現れた。幸司は、たちまち「一目惚れ」、イケメンの面目躍如で積極的にアタックする。やがて真由子は(四肢欠損の)全貌を露わにしたが、幸司は「動じることなく」彼女をデートに誘い出す。その強靱な、温かい「感性」こそがこのドラマの核心である、と私は思った。やがて、「禁断の実」が輝く満月の夜がやってきた。幸司と真はその実を採りに山に入るが、見つからない。さもありなん、その実はすでに民宿の主人、真由子の父がゲットしていたのだから。幸司と真が民宿に戻ると、「イヤだ、イヤだヨー」という真由子の叫び声が聞こえる。見れば、「禁断の実」を食べさせようとする父、きっぱりと拒否する娘の「修羅場」であった。幸司、たまらず駆け込んで、父からその実を奪い取ると、庭の暗闇に向かって放り棄てた。この瞬間、すべては終わり、新しい「すべて」が始まったのである。「今のままでいい」「今のままがいい」と泣きじゃくる真由子の姿には、これまでの俗情を払拭する、清々しいオーラ(仏性)が漂っているように、私は感じた。 
 民宿の主人・真由子の父親役を演じた神戸浩の演技も輝いていた。「障害児」と呼ばれる愛娘を慈しむがゆえに、「治したい」「治ってくれ」と、逸る気持ちを抑えられない。わが子に「障害」を負わせてしまった苦渋と悔恨、それが真由子の言霊によって浄化される有様は、アップになった号泣の映像の中に、見事に結実化していた、と私は思う。彼自身もまた、ポリオ罹患者と聞く。その独特の口跡が、たいそう魅力的であった。
 このドラマの舞台は、バリバラ(バリアフリー・バラエティー)劇場、スタッフ、キャストの一同が、「禁断の実」の誘惑を「投げ捨てて」、「障害」という俗情と果敢に闘う姿は、多くの俗流番組を凌駕している。敬意を表し、今後ますますの発展をお祈りする。(2015.12.6)

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・7

Ⅶ 幼児ー母親の相互交渉の型と刺激の特性《映写観察を使用したセット場面での行動的相互交渉の評価》
A 背景
・(幼児ー母親の相互交渉を「映写観察」〈その記録を分析〉することにより)、刺激パタン、刺激の数や多様性、回数・強さで示される刺激の量、刺激時間の評価が容易にできるようになった。映写観察は、評価者間の信頼性を高め、回顧と再検査ができ、また観察の正確さと精密さを向上させる。
B 映写フィルムのプロトコル(手順)
・母親は、来所する1時間前から子どもに授乳しないように、また哺乳びんか食べ物を持ってくるように頼まれた。映写観察のため特別な部屋が設けられ、それは普通の居室と違いすぎないような部屋であった。
・ズームレンズ式の16㎜シングルシステムの音声記録可能なカメラが専門家により操作されて。一方視の観察窓から撮影された。映写の長さは、普通、40分間続けて観察された。
C 幼児ー母親相互交渉のパタン:物語的記述
1.はじめに
・映写フィルムは、何回もくりかえし見られ、幼児ー母親対の行動が注意深く観察された。各々のフィルムは反復して観察され、詳細な叙述が2人の観察者によりなされた。その叙述は、さらに同一フィルムの観察によってチェックされ、修正された。
2.間接的な幼児ー母親相互交渉の系列
a 遊び
・両群の母親は、10分間、部屋の中でのいろいろな玩具、人形に依存する傾向があったが、遊びの相互交渉の質は、明らかに差異があった。
・普通児群の遊びは、組織化され、母親は実際的で、いくつかの遊具は見慣れないものであったが、遊びそのものはそうではなかった。母親は、機嫌よく「おしゃべり」、その他の音声表現を行い、赤ん坊に注意を向け、その場面のおもしろさを維持していた。
・異常幼児の母親は「非常にせわしい」「無為的」「非社交的」などと記述された。少数の母親には、元気のいい活動と静かな冷淡さが交錯してみられた。4名の母親は、映写の最初の10分間に全く無為で非応答的であった。その他の母親は、偶然的で、無定見で、あまり組織化されない貧弱な遊びで時間を過ごした。玩具や人形が選び取られることはなく、その代わり、「はやくやり返し」「忙しそう」にしていた。注意は1つのことから別のことへ「はやく変わり」「持続せず」、次々に変化して行った。
b 顔の表情と他の表現行動
・異常幼児群の母親の表現は、しばしば、ステレオタイプで固いと記述された。2名の母親は、極度に仮面的な表情で、空虚な顔をしていて、決して笑わなかった。母親の声は、通常やわらかで、ときには聞こえないくらいで、単調であった。表情の乏しい状態が、怒りが赤ん坊に向けられているとき、一時的に高められた。
・彼女らの大きい身体運動は抑制され、活気ある活動は見られなかった。偶発的な強い表現は、たとえば“ダメダメ”“悪い子”“馬鹿になったんじゃないの”というような単語や句で、直接赤ん坊に向けられた。これらの母親は、多くの小運動に終始した。小さい物を手でせわしくもてあそぶこと、爪かみ、唇ならしが頻発した。
c 刺激作用のある特質
・異常幼児群の7名の母親の特徴は、明白な反復的な身体的な過度の刺激作用であった。軽い平手打ち、ふざけてかむこと、やさしく打つこと、玩具で赤ん坊のからだを強くなでること、あらあらしくなでること、しっかりつかむこと、つつくこと、ちょっとかむことを含み、幼児の身体のいろいろな部分をなでまわして、多くの時間が過ごされた。
3.授乳
・年長の異常幼児は、母親からの刺激作用によって「かまわれすぎている」ように思われた。以下はその事例。
ⅰ 母親が赤ん坊にポテトチップを与える。母親と赤ん坊はいくつかのチップをつかみ出して、それを持っている。母親は1つ与え、幼児はそれを食べる。母親はバッグからチップを取り出すようにうるさくいうが、赤ん坊が手の届くところからバッグを遠ざける。そして再び赤ん坊をからかう。
ⅱ 赤ん坊は哺乳びんを与えられ、それを口に持っていきそして吸う。母親は赤ん坊をあやし、そして哺乳びんをとりあげ、哺乳びんにキッスし、それからそれを戻す。母親はそれをとりあげ、吸う音を大きく出して、哺乳びんを口にくわえる。
ⅲ 赤ん坊は、母親に抱かれている間吸うためのミルクびんを与えられる。母親は、それを取り上げ、次に再び口に入れてやり、また取り上げて、そしてまた赤ん坊の口に戻してやる。このことが6,7回もくりかえされる。赤ん坊は、びんを吸い続け、母親は、赤ん坊がミルクびんを吸い続けている間中、赤ん坊のおむつをとりかえている。
4.未知の人、分離、再会の系列
・普通幼児6名と異常幼児7名の年齢は、9カ月異常であった。普通幼児の全部が、不安な様子で未知の人の出現に反応し、母親にすがった。母親が部屋から離れると、全部が泣き出し、5分間の母子分離の間、泣き続けた。母親が帰室すると泣くのが弱まり、あるいは泣きやんだ。
・異常幼児の反応は一様ではなく、無反応、引きこもり、回避行動、身体ゆすり、普通の泣き方、母親がいない間中、悲鳴をあげてのひどい泣き方などを含んでいた。また、いろいろの反応が生じた。最も悲嘆していた子どもは、助けを求めた。母親がいなくなっても反応しなかった2名のものは、母親が帰室しても同じ様子であった。また、母親が去ったとき始めた身体ゆすりは、母親の帰室でやんだ。
D 幼児ー母親相互交渉のパタン:母親の刺激作用の特性
1.刺激作用の変数
・母親の刺激作用の質的・量的側面を特徴づけるために、一連の10個の記述が選定された。10個の記述は、4つの感覚的様相のカテゴリーに含まれた。〈表Ⅱ〉
*表Ⅱ 母親刺激作用の変数
a)身体運動的
1.母親が幼児をもてあそぶ。赤ん坊の身体的位置が変わる。高い高いなど。
2.母親が赤ん坊の手足や頭をもてあそぶ。(位置は変化しない)
b)触覚的
3.母親がゆり動かし、キッス、くすぐり、自分の身体部分か事物で可愛がる。
4.母親が幼児の手に物をおくか、幼児が母親が持ってきた事物に手を出し、ふれる・
5.母親が幼児の口の中に哺乳びんかおしゃぶりを入れる。
6.母親が世話をする。衣服の着脱、口を拭く、髪をきれいにする、鼻や耳をほじる。
c)聴覚的
7.母親が幼児に声をかける。話しかけ、合図、はやす。
8.母親が音を出す道具を使う。ガラガラ、ミュージックボックス、ラジオなど。
d)視覚的
9.母親が「惹きつけられる」「目で追う」事物を見せる。
10. 母親がしかめ面をする」。幼児の模倣をする。幼児に笑いかける。視線を合わせ続ける。
2.映写フィルムの評価手続きとその装置
a)評価手続
・各映写フィルムについて、10個の母親の刺激作用変数と6個の幼児の行動状態が、3つの刺激表示ボックスの使用によって連続的に評価され、記録された。
・各ボックスは、母親の刺激作用の4つの種類に応じて押せる4つのボタンを備えている。各ボタンの上方に、12のタイプの母親の刺激作用が選択できるつまみスイッチがつけられている。6名の訓練を受けた評定者のうち3名が、各フィルムの評定を依頼された。1つの行動が観察されたとき、対応するボタンが押され、行動が続いている間、そのまま1onの状態におかれる。3つの群(刺激1~4,5~8,9~12)のそれぞれのボタンからの電気信号が、以下のような値をもつ合成的信号を生じるように2進法値を使って、おくられた。
1X(E1)+2X(E2)+4X(E3)+8X(E4)
Ep=0(刺激がないとき)
Ep=1(刺激があるとき)
p=1~4 ; 5~8 ; 9~12
 合成的信号値は、0(刺激なし)から15(4つの刺激が全部みられるとき)まであることが理解されよう。ボックスの1つは、子どもの6つの水準の行動状態を示すため、6個のボタンをもっている。
b. 同時記録
・3つの合成的刺激と行動状態の信号は、4チャンネルの視覚的記録をするためBeckman
Dynagraph記録用紙に送られる。補助的記録は、Precision Instrument FM磁気テープレコーダーを使ってなされた。
c. 計数記録
・4つの信号は、1秒間に10スカンの割で、Raytheon加算装置で計数された。その結果の数値は、Precision Instrument加算テープ記録機によって磁気式計算テープに記録され、次に、高速度計算作業のために磁気式レコード円盤に記録された。
d. 評価者間の信頼性
・評定者間の信頼度は2つのやり方で測定された。第1は、10個の母親変数が記録されてる全時間についての比較である。ピアソンの相関係数は、0.84~0.99(中央値、平均値も0.91)。第2は、部分的チェックを加えることであった。それぞれの変数は、60個の20分間ずつの部分に分けられ、2人の判定者が両方とも記録された行動例をあげているかどうかをみるために、その各部分について判定者間の比較がなされた。判定者間の一致率は、90.9~95.9である。                             ・評定者間の信頼性の2つの尺度は、本質的な一致がその判定間にあったことを示した。
e. 母親の刺激作用評定の計算
・6つの幼児の行動状態の変数に加え10個の刺激作用の変数の連続的、同時的評定は、多様な問題と統計的方法をもたらす。刺激の量対無刺激作用時間、刺激作用変数の時間数、単一変数の使用、刺激作用の結合、そして、他の幼児の資料との比較によって、広範な尺度が、個人や集団、刺激作用の質の年齢効果を見分けるのに役立つということが明白になった。
3.母親の刺激作用量:間接的相互作用系列の分析からの知見の要約
・母親の刺激作用についての評定は、2つの幼児群の各々7名について実施された。
・刺激作用の全時間の平均の割合は、両群の間に有意差はなかった。(異常幼児群65.3%
普通幼児群61.2%)
・目覚めておとなしいときと泣いているときの刺激作用の割合は、両群間に差はなかった。
・両群間の差異は、統合刺激作用の使用と個別の刺激作用の使用の点で生じた。異常幼児群において統合刺激作用時間が全刺激作用時間の平均61.2%である2つの下位群があった。異常幼児群の4名は刺激作用時間平均42.1%(低)、他の3名は87.0%(高)であった。
・特に、聴覚的、感覚運動面において両群の差があることが示された。異常幼児群において、聴覚的刺激作用の時間数(秒)として測定された聴覚的刺激作用量は、決定的に低く(<0.02)、そして感覚運動刺激作用量は有意に大きかった。
・ある異常幼児の身体感覚運動的刺激作用が高いとすると、聴覚的、視覚的、触覚的刺激作用は、その時間数の面で低かった。普通幼児群では、2つないし3つの主要な刺激作用の併用が特徴的であった。全刺激作用の時間の割合を高めなかったが、むしろ、刺激作用時に強化的特性をもたらした。


Ⅷ 討議
・幼児ー母親対の2つの群の相互交渉のパタンにかなり明白な差異がある。
・これらの研究において集められた資料から、異常行動、異常発達、悩まされそしてしばしば引きこもった母親、赤ん坊の世話や扱いの軽視と虐待、そして多様な個人的、家族的、生活状況的困難、これらが交錯していることがわかった。
・異常行動と異常発達は、不十分な、誤った、あるいは極端な刺激によって誘発され維持される。
・正常な分化と適応の発展に適した環境において、豊かな刺激作用が与えられるということは当然である。適度の強さの刺激作用が反復され、恒常と新奇とのバランスに富み、幼児の状態と要求に適切に提供される。刺激作用の水準は、変化に富むことを必要とするが、過度の刺激作用とか刺激作用の欠如のような両極端を含む必要はないのである。


《注》 
 ここでは、「幼児ー母親の相互交渉」場面を映写し、その記録を分析しながら、普通幼児群と異常幼児群の「実際」を比較検討した結果が述べられている。その場面は、①入室から10分間の自発行動、②母親による授乳、10分間、③2人に他人が加わる、5分間、④母親が部屋を出て、他人と2人だけになる、5分間、⑤他人が部屋を去り、幼児が1人になる、5分間、⑥母親が帰室して再会する、5分間という構成である。①においては、普通幼児群の母子が、そこにある玩具や人形を使って「楽しい」時間を過ごしたのに対して、異常幼児群の母子交渉は、動きが少なく、単調であり、遊びも貧弱で「組織的」に発展していかなかった。母親の表情は固く、微笑み、笑いかけは見られなかった。②においては、母親からの刺激作用によって「かまわれ過ぎて」いる。③においては、普通幼児群の全部が「泣き出し」「母親にすがろう」としたのに対して、異常幼児群の反応はまちまちであり、「無反応」な子どももいた。その子どもたちは、母親が帰室し再会したときも「無反応」であった。 
 著者らは、さらに、これらの場面を「母親の刺激作用の特性」を変数として《統計学的》に研究を行った(ようだが)、その結果は、残念ながら判然としなかった。  
 しかし、子どもの「異常」と、母子の相互交渉のあり方が「交錯」しながら、さまざまな問題・支障を生み出していることは明白であり、たいへん参考になった。
 以上で、この論文は終了するが、今後、母親を対象とした「同種」の研究が行われることを期待したい。(2014.6.22) 

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・6

Ⅵ 母親の行動と幼児ー母親の相互交渉《録音面接の際の母親の叙述とそのときの幼児ー母親相互交渉についての観察者による逸話記録に基づいた研究》
A はじめに
・録音面接時の母親の叙述は、面接時の観察者による幼児ー母親相互交渉の描写と比較された。それによって、一致を示した相互交渉が、この研究の知見として報告された。
B 特殊な感覚運動的様相と行動的状態を伴う母親の相互交渉
1 理論的基礎
・幼児の感覚運動のメカニズムは、行動の状態を統制するのに、母親により利用される。そのメカニズムは、授乳、おしゃぶり、抱くこと、運動、笑いをさそいかける音と、視覚的刺激作用などを含んでいる。行動の状態を統制するのに使われる多様な幼児と母親の感覚運動的相互交渉の観察は、興奮の増加と減少の面から幼児の出来事を記述することができる。
・母親ー幼児の均衡は、刺激作用となだめることの特殊なメカニズムにより作用する2つの系から考えることができる。これらの行動状態は、母親の違いにより、異なる反応がみられる。初期の精神構造は比較的単純であるため、これらの相互交渉は、観察可能な幼児と母親の感覚運動的相互交渉から得ることができる。
2 逸話的(面接)資料の使用
・臨床面接の1つの目的は、子どもがもっと小さかった頃の母親の様子について質問し、その頃のお世話行動、刺激パタン、母親と赤ん坊との特殊な(普通でない)相互交渉について、母親から資料を得ることにある。
・この研究で、母親の叙述は、幼児との相互交渉の特徴的なパタンについて知るために使われる。この種の情報は、十分な信頼性があるように思われる。
C 幼児ー母親相互交渉の感覚運動的パタン:子どもの世話の面でのこれらの使用の評価
・幼児ー母親交渉の6つのパタン(焦点)が、異常幼児群の16名の母親と普通幼児群のの16名について比較された。そのカテゴリーは、次のようなものである。
1.新生児の母親のすべての反応(授乳を含む)
2.幼児の泣き声に対する母親の最初の反応とその後の反応
3.あやすこととフラストレーション
4.抱くこと
5.ゴム乳首のようなおしゃぶりの利用
6.幼児との遊びと幼児のすべての楽しみ
D 新生児期の母親のすべての反応
1 最初の出産
・各群16名のうち8名のものが第1子であった。両群の母親は、強い心配、不安定感、無力感、不足感を経験した。泣き叫ぶ子をうまくなだめること、授乳に熟達すること、脆弱な子どもを扱うことの不安定に集中していた。
・8名の異常幼児の母親のうち7名のものが、このような反応を長い期間(3~7カ月)続けていた(普通幼児の母親は2,3日~2,3週間)。
・普通幼児の母親は、幼児から全面的に手を引くことに苦悩を感じ、幼児の世話を他の大人に代えること、泣くのをなだめるのにおしゃぶりを利用すること、授乳以外のときに抱くことが比較的少ないことを示した。
・異常幼児の母親は、生後の最初の1カ月の間における多くの苦悩を示し、子どもの泣き声を統制することに専念していた。そのために、子どもはよく抱き上げられた。
2 2番目の出産
・両群の各8名の幼児のうち各7名は、2人兄弟の2番目である。悩みの期間と不十分さの感情は、一時的であり、普通児群の母親にはそれがみられないこともあった。異常児群の母親は、本質的には、初産についての記述と同じ反応を報告した。
E. 授乳
・異常幼児群の授乳上の障害が、普通幼児群より、多く見られた。異常幼児の母親は、いつも、嘔吐、もどし、拒食、口中保持、弱い吸乳、反すうなどの摂食障害に直面していた。母親は余分な努力を強いられていた、
・異常幼児は、出生後3カ月の体重増加率の遅れが明白だった。
・普通幼児の母親は、おとなしくさせるために授乳と乳房などを吸わせることを利用した。おしゃぶりは、早くから与えられ、よく利用された。
・異常幼児群の母親は、子どもをなだめるために、授乳することは(摂食上の障害がある
ので)気がすすまなかった。
F. 幼児の泣き叫びに対する母親の最初の頃とその後の反応
・両群の母親は、幼児の泣き叫びに対処することの最初の失敗、無力感、不十分感など「共通」していたが、普通幼児群の母親は、(しだいに)余裕ができてきた。泣き叫ぶ原因を軽減するために、おしゃぶりを与えたりした。
・異常幼児群の母親は2つの異なった反応の型を示した。その1は、いつも子どもをなだめ、静かにさせるタイプであり、その方法は、長い時間抱いていることであった。その2は、泣き叫びに対し無関心と放置で対応した。これらの母親は、子どもを打つようになり、7カ月頃から回数も増加した。2人の母親は、赤ん坊が2、3カ月の頃、すでに打っていた。
・異常幼児群の母親は、しばしば、自分の怒りのコントロールを失っていた。
G. あやし静めること欲求不満
・子どもの泣き叫びは、2つの意味をもつ。「苦痛のサイン」と「満足の要求」である。・普通幼児群の母親は、あやしたりなだめたりすることに意識的葛藤(いつもあやされていると、赤ん坊はそれを期待し、要求するようになり、子どもをスポイルするのではないか)を示した。しかし「いつも満足させることは悪い」という自分の考えを実行してはいなかった。」 
・異常幼児群の母親の1つのグループは、泣き叫びを欲求不満のあらわれとして受けとっていないように思われた。泣き叫びは、その子どもがもはやどうしようもなくなったときにひどくなった。もう1つのグループは、「はやく強い子にする」「子どもの要求を無視する」という意識を抱くに従って、「何も感じない」か「無関心」かであった。
H. 抱くこと
・両群の母親とも、“抱くこと”に対して「否定的」であった。子どもに要求ぐせをつけ、わがままにして子どもをスポイルするというのである。
・しかし、実際の行動面では、両群の母親は異なっていた。普通幼児の母親は、遊びと授乳の間に抱いていたが、抱く時間の長さを考えて抱いていた。異常幼児の母親は、多くの時間を抱くことに費やし、料理や洗濯をするときさえ、泣き叫びを防ぐため抱いていた。I.II
I. おしゃぶりの使用
・哺乳びんとおしゃぶりが、普通幼児群の多くの母親に利用された。おしゃぶりは、子どもを抱くことの代わりになった。子どもと一緒に遊び、子どもをよく世話する母親は、おしゃぶりの利用回数が少なかった、
・おしゃぶりは、異常幼児群の母親では、まれにしか使われなかった。
J. 幼児との遊びと全体的楽しみ
・普通幼児群の母親は、幼児との楽しみと家族的参加について自発的な説明を示した。(抱くこと、ほほ笑みかけ、遊び、おしゃべりなど)このことは、異常幼児群の母親にはみられなかった。普通幼児群の母親は、授乳は楽しいと話したのに対し、異常児群の母親は、苦しい試練であると報告した。
・遊び、ほほ笑みかけ、話しかけが、普通幼児群の母親の働きかけの顕著な特徴であった。話しかけや母親の存在は、いらいらしがちな赤ん坊をなだめることになると考えた。赤ん坊のいらいらは、やさしく接してもらうことを求めており、赤ん坊が泣きさわいでいるとき、求めているのは、そばに母親がいること、話しかけることであり、遊びや抱くことを要求しているのだという見解が、普通幼児群の母親の共通のものであった。これらの態度と行動は、子どもが安静になることと、ほほえみ反応によって、いっそう強化された。赤ん坊の安静(ご機嫌)を維持するための方法として、音の出るものと見るものが重視された。
・異常幼児群の母親は、(自発的にも、質問されても)話しかけや、歌ってやることや、赤ん坊にふざけ、刺激することなどを想起しなかった。
 
《注》
 ここでは、「母親の行動と幼児ー母親の相互交渉」の《実態》が、普通幼児群の母親と異常幼児群の母親ではどのように異なるか、について述べられている。その内容を、かいつまんで要約すると、以下の通りである。
1 子どもが第1子の場合、両群の母親は、ともに強い心配、不安定感、無力感、不足感を経験したが、普通幼児群の母親では、それが早くて2,3日、長くて2,3週間で「解消」したのに、異常幼児群の母親は3~7カ月間「継続」した。
2 異常幼児群の授乳上の障害(摂食障害)が、普通幼児群より、多く見られた。その結果、異常幼児群の母親は、子どもをなだめるために「授乳」することは、気がすすまなかった。
3 幼児の泣き叫びに対して、両群の母親は、ともに恐々として無力感、不十分感を感じたが、普通幼児群の母親は、「泣き叫びの性質について考えるように」なり、余裕が出てきたが、異常幼児群の母親は、ただひたすら「抱き続ける」か、「無関心と放置」するか、であった。さらに、「打つ」ことも加わり、その回数が増えていくこともあった。母親自身が「自分の怒り」をコントロールできなくなっていた。
4 普通幼児群の母親は、子どもをあやすことを(わがままになりはしないかと思いつつも)繰り返し続けたが、異常幼児群の母親は、「はやくく強い子どもにする」「子どもの要求を無視する」という意識で、あやすことについて何も感じないか、無関心かであった。
5 普通幼児の母親は、遊びと授乳の間に、抱く時間の長さを考えて抱いていたが、異常幼児群の母親は、泣き叫びを防ぐために多くの時間抱いていた。
6 普通幼児群の多くの母親は、哺乳びんとおしゃぶりを利用したが、おしゃぶりは、異常幼児群の母親ではまれにしか使われなかった。
7 普通幼児群の母親は、授乳や子どもとの遊びが楽しいと話したのに対し、異常幼児群の母親は「授乳は苦しい試練」であり、子どもと遊ぶ楽しさ(ほほ笑みかけ、話しかけ、歌いかけ、おしゃべりなど)を思い起こすことができなかった。
 以上で、私には次のような疑問が生じた。
①出産直後の母親の「心配」「不安」は《皆同じ》である。しかし、それが「まもなく解消に向かう」ケースと「長期間継続または増大する」ケースに分かれるのは、どうしてか。泣き叫ぶ子どもの方に原因があるのか、それとも、泣き叫ぶ原因を究明できない母親の方に原因があるのか。  
②普通幼児群の母親に比べて、異常幼児群の母親が子どもを「抱く」回数・時間が多い。にもかかわらず、子どもが「安定」しないのはなぜか。
③異常幼児群の母親の中に「はやく強い子にする」「子どもの要求を無視する」という育児観が感じられるが、その育児観が子どもを「異常」にしてしまうおそれはないか。
 いずれにせよ、母親が(子どもの現状とかかわりなく)「幼児との相互交渉」を楽しんでいるか、苦しい試練と感じているか、が子どもの成長・発達に大きな影響を及ぼしていることはたしかなようである。(2014.6.17)