梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・26

【要約】(ピアジェ・模倣の発達段階論)
《第1段階》(0歳0ヶ月~0歳1ヶ月)
 “反射を通じての模倣準備期”として特徴づけられる。他児の叫喚によって叫喚が生じるという一見模倣的な傾向は、①他児叫喚によって生じた不快が原因であると解釈するか、②他児叫喚から直接生じた反射反応と解釈するか、のいずれかであるが、いずれにしても刺激の型の模写とはいえず、まったく自動的、無意識的であり、刺激との類似はまったくの偶然である。
《第2段階》(0歳1ヶ月~0歳4ヶ月半)
 “感染”の生じる時期である。他者(とくに育児者)の行為に多少とも対応した反応が生じる。手本が消滅するとともに子どもの反応も消滅する。しかし両者の類似性は十分ではなく、偶然的に模倣的な現象が生じる。全般的にみて、ここでの模倣は即時的反射的なもので、自動的無意識的である。
《第3段階》(0歳4ヶ月半~0歳8ヶ月)
 組織的な模倣の発生期である。すでに獲得している諸行動の間に協応が生じ、その範囲内の反応ならば、自分で見ることのできる自己の身体運動(たとえば、手の運動)によって模倣を行うことが、ある程度はできる。しかし、一つのまとまりとして獲得した行為、たとえば把握の一部としての掌の開閉の模倣はできない。この種の行動部分の模倣には、特殊な訓練が必要である。ここでは模倣に若干の意図があることが認められ、手本との類似性も急に高められる。
《第4段階》(0歳8ヶ月~1歳0ヶ月)
 標式を媒介とする模倣を行う時期として特徴づけられる。代表過程の形成は、“代表するもの”と“代表されるもの”からの分化に依存する。この分化の一つの発達的初期様相が模倣活動のなかに示されている。子ども自身には見ることのできない自己の運動行為でも模倣することができるようになる。それは“標式”とよばれる媒介過程が参与しているからである。子どもは、対象についての一般化された知覚像をもちはじめ、対象全体を知覚できなくても、その一部を知覚するだけでその対象の全体像をよびおこし、その対象を知ることができるようになる。この対象を予想させる主要な記号を“標式”という。標式とは、ここでは“代表されるもの”からある程度は分化しているが、子ども自身の身体運動が、手本である他者の身体運動と似たある性質をもつ記号である。この記号の働きによって、たとえば、子どもは口を開閉するという運動手本に対し、唇を噛むとか唾液を口の中にためて音を出すといった模倣反応ができるようになる。子どもは自分の唇を表象することはできないが、彼の見た他者の口の動きを、自分の口の触運動感覚印象に連合することができたのであり、いったんこの連合ができあがると標式は不要になる。標式が役立つのは短い期間にすぎないが、それは模倣への道程として不可欠のものである。
《第5段階》(1歳0ヶ月~1歳6ヶ月)
 “実験”を通じて新しい運動の模倣が生じる時期であり、とくに自分では見ることのできない自己の運動に限らず、標式が動かないものにまでこれが及んでくるのが特徴である。
たとえば、自分の額に手を触れるという模倣が生じてくる。顔のなかで、額は子どもにとって所在識別の最も困難な部位であるが、この模倣行為は一挙に達成されるものではなく、組織的な行為的探索の試みを通じて次第にできあがるものである。この組織的な行為的探索を、ピアジェは“実験”とよんだ。“実験”とは、“新しい手本への既成図式の組織的な協応による調節”(Piaget)の現れである。この期に新しい手本の模倣は巧みとなり、活発になる。
《第6段階》(1歳6ヶ月~2歳0ヶ月)
 ピアジェのいう“代表性模倣”が発生する段階である。顕現的な実験的調節の他に、内的な調節ができるようになり、延滞的な模倣が生じてくる。ピアジェはこの内的調節機制を外的模倣からの発達的連続として認め、これが代表過程の高次化によるとして“代表性模倣”と名づけた。
◎代表性模倣の最初の発現の例(ピアジェ)
 ほぼ同年の子どもが地団駄を踏んだり叫んだりしているのをじっと見ていた1歳4ヶ月の子どもは、その翌日同じ場所で、きのう見たのと同じ行為を生まれてはじめて示した。手本を見てから12時間も経っているので、この間の時間を埋める何らかの心的過程を認めなければならない。それは表象またはそれと機能的に類似した過程であり、対象を内的に再生産しうる機能でなければならない。即時模倣は新しい手本に対する何回かの試みののちに完成されるのが普通であるが、この場合はそうした外的調節過程を経ることなしに、1回の内的調節で達成される模倣なのである。このような内的調節の結果を再生産時まで維持するものを、ピアジェは“代表性要素”とよんだ。
 ピアジェによる以上のような模倣の発達過程についての理論は、模倣を精神発達の主流の中において眺めている点にきわめて大きな特徴がうかがわれ、とりわけ最後の段階においての考察は、模倣の言語発達に対する重要な関与を示唆している点で、とくに注意しなければならない。そこで、このピアジェの提言した模倣の代表化に関連する一つの問題について考察する。


【感想】
 ここでは、ピアジェの「模倣の発達段階論」が説明されている。一口に模倣といっても出生から2歳までに6段階があることがよくわかった。しかし、その中で、《第4段階》(0歳8ヶ月~1歳0ヶ月)の「標式を媒介とする模倣」ということがよくわからなかった。この模倣の中には、「代表過程の形成が“代表するもの”の“代表されるもの”からの分化に依存し、この分化の一つの発達的初期様相が示されている」ということだが、きわめて難解な説明ではないだろうか。  
 私が最も興味をひかれることは、自閉症児の模倣は、この段階を着実にクリアしているか、もしつまずいているとしたらどの段階だろうかという点である。模倣活動は自動的無意識的反応としてスタートする(第1段階~第2段階)が、育児者の「手本」の存在が不可欠であろう。自閉症児の模倣は、テレビのコマーシャル、交通機関のアナウンスなどが多いように感じられるが、それは育児者との「手本」を模倣した後のことだろうか、それとも、その段階(第2段階)をスキップしているのだろうか、きわめて重要な分岐点になると、私は思う。(2018.4.23)