梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・17

■喃語活動の活発化
【要約】
 喃語活動は、談話活動の一般的な特性の発達的基礎と考えられるので、つぎの二つの問題を検討しておく必要があると思う。
⑴ 喃語活動の活発化、あるいは生起頻度の増大
⑵ 喃語にふくまれる音声の明瞭化、あるいは母国語音韻化
《達成動機説》
 ルイス(Lewis,1951)によれば、喃語活動は生得的なものであり、“発声すること自体のための発声”として生じるものであり、“発声遊び”である。ワロンが、“子どもは自分のひきおこす独特な結果を喜ぶのではない。子どもが喜ぶのはその結果をひきおこすこと自体である”(Wallon,1963)といっているのも同じ見解とみてよいだろう。ルイスによれば、このような自己充足的目的は“熟達への欲求”の存在を示唆するものである。だから、快のときの発声としてだけでなく、不快時の発声としての喃語もある。しかし、“達成動機”は、人間が社会的な学習を通じて二次的に獲得する動機だとされており、1歳前の子どもに存在するとは考えられないので、“生得的達成動機説”というべきであろう。
《非叫喚発声への強化の効果》
 喃語活動が経験に依存して次第に活発になることを示唆する事実がある。
 その一つは、喃語の発達は聴覚的経験の得られない聾児には認められないということである。生後6ヶ月間に喃語は発生するが、それ以降は発達の停止ないし減退がおこったという研究がある。(Lennberg,1964)(村井,1961)
 さらに、非叫喚発声が強化によって活発化することが実験的に証明されている。ラインゴールドら(Rheinggold et al 1959a)は21人の0歳3ヶ月児にたいして、彼らの発声行動を道具的条件づけを通じて強化することに成功している。まず、各児の条件づけ直前に、発声反応の平常の頻度を測定した。そこでは子どもの発声に対して実験者は何の応対もしなかった。これは無強化条件である。次に条件づけ(強化)を行う。子どもが自発的に発声すると、実験者は微笑を示してやり、声で応対し、あるいは子どもの腹をさすってやるなど社会的強化を与えた。第三の位相は消去試行であり、ここで実験者は再び無強化の方針をとる。この一連の実験を通じて次のことが明らかにされた。
⑴ 平均発声率は条件づけは試行の終わった直後が最大であり、条件づけ試行直前がこれにつぎ、消去試行直後が最小であった。
⑵ 平均発声率は条件づけ第1日の終わりよりも、第2日の終わりのほうが高い。
 これらの結果から、社会的反応性の一つのあらわれとしての発声行動は、道具的条件づけを通じて強化することができるという結論が出された。しかし、ラインゴールドらは、発声の増大が即応的強化によるものではなく、発声自体によるのかもしれないし、強化刺激のもつ発声喚起特性によるかもしれない、という保留事項を残している。  
 この問題に対して、ワイズバーグ(Weisberg,1963)の実験が答えている。彼は、強化をまったく与えないとき、あるいは、同じく社会的強化であってもそれが非即応的に与えられたときには、発声反応を増大させないという事実を明らかにした。なお、非社会的強化(たとえばベルの音)は、それが即応的でも非即応的でも、発声傾向を増大させなかった。 上記の実験的研究は、スキナー(Skinner,1957)から導かれる仮説の検証であった。スキナーによれば、“言語行動は聞き手のいないときに自発されると無強化であり、聞き手のいるときに強化を受ける。このようにして、ついには話し手は聞き手のいるところだけで話すようになるのである(skinner,1957)”。
 これに関連して、近年、鳥、イヌ、ネコなどに対しても、強化を通じて自発的に発する音声頻度を高めることができるという事実がいくつか報告されている(Winitz,1966)。


【感想】
 ここでは、喃語活動が活発化し、頻度が増大するのは何故か、という理由の一つが述べられている。それはその喃語を強化する人の存在である。この場合、強化とは、その喃語を「聞き」「反応」することである。具体的には、乳児の発声があったとき、「すぐに」聞き入れ、ほほえんだり、体をさすったり、手を握ったりして、その発声を「褒める」ことであろう。声を出したことが褒められれば(周囲が喜べば)、さらに声を出すようになるということである。その結果、スキナーのいうように「話し手は聞き手のいるところだけで話すようになる」ということが、よくわかった。
 自閉症児の「言語発達」を考える場合、この時期(生後6ヶ月ころまで)の発声頻度 について知っているのは家族(主として母親)であり、専門家・研究者はその情報を伝聞によって知るほかはない。その情報が「事実」であるかは確かめようがない、という段階で様々なアプローチが始められるのが現状である。
 現在では1歳6ヶ月で「指さしをするか」、3歳で、示す行動特徴から「自閉症スペクトラム」という診断が下されているようである。要するに、3歳までは「わからない」というのが専門家の定説ではないだろうか。しかし、問題は、出生直後から始まっている。「指さしをしない」「対話ができない」「対人関係が成立しない」「興味に偏りがある」などといった行動特徴は、すべてが結果であって原因ではない。では、その原因は何か。そのことについて明らかにするのが、私の課題である。(2018.3.24)