梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・3

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)に収録されている論文「正常幼児と異常行動をもつ幼児の母ー子相互関係行動の比較」(ナーマンH.グリーンベルグ)を精読する。


Ⅰ はじめに
・この報告は、異常行動をもたない幼児と母親(M-CI)および異常行動をもつ幼児と母親(M-AI)の行動的相互交渉の研究に関するものである。情報資料は、録音面接のときの幼児についての話の際に得られた。その幼児被験者は、いつも、面接の際にそこにいて、その幼児と母親との交渉を観察者は観察記録することが可能であった。映写フィルムが、一連の場面での母子について作成され、そのフィルムも重要な情報源であった。
Ⅱ 初期の発達についてのいくつかの一般的概念
A 行動の分化と刺激作用
・われわれは、幼児の発達を、行動パターンと行動の分化の過程であらわれる機能を描き説明することで、あらわす。
・分化的、組織的行動の出現は、発達的進歩や適応水準の向上の証拠資料となる。
・発達的進歩や適応水準の向上の「過程」は、お世話(環境刺激作用、生物学的欲求の充足)、行動的混乱を統制すること、幼児をなだめるというような刺激作用によって強く影響されるだろう。
・発達が進行する上で重要なことは、幼児の側の「行動的可塑性」の向上、「刺激への耐性」、「行動の統制」であり、それらが、適応水準の向上の要因になる。
・内的(内臓の)、外的(身体的)刺激の特性と中枢的メカニズムの機能的使用は、中枢的な神経生理学的分化の程度と質、個性化、中枢的基盤の総合化、感覚閾の発達に影響する。分化の発達的過程は、刺激作用に影響されるから、発達初期の刺激作用の特徴の重要性は、適応の特性とその過程にさがし求められる。
B 刺激作用と母親の行動と幼児の発達
・制限された環境で飼育されている動物を使った研究で、インプット刺激の制限は、破壊的効果をもつし、また、知覚や学習や社会化のような機能を障害した。極端に特殊な行動に対する感受性を発達させる実験動物や、認知的、知覚的、社会的機能の発達に必要な行動の分化に失敗するような動物を育てる環境を計画することは比較的容易なことである。
貧弱な感覚的環境は、行動の発達を阻止し、生物学的発達を遅滞させ、中枢神経系の変容をもたらす。
・幼児の養育は、普通は母親によってなされ、母親は、特に子どもの世話と刺激作用の実際の行動面で、刺激作用の量と多様性に重大な影響をおよぼす。そのような努力の効果性は、吸乳器官・視覚的聴覚的組織・触覚・痛覚・圧覚・位置感覚・運動感覚のような、子どもの感覚運動的組織の要素と母親との相互関係に依存している。幼児ー母親の相互交渉における世話と刺激作用の特性と、子どもの感覚運動器官の機能的使用は、行動分化や組織化の特性に大きく影響をおよぼすし、また、感覚閾を高め、初期の適応的発達を高める。
・要するに、母親の行動は、以下の刺激作用の使用を通して、幼児への刺激作用の重要な要素である。
1.幼児が受ける特殊な刺激の選択。(感覚的環境の形成)
2.分化を促進、維持し、神経感覚的、神経運動的器官の機能的統合を支える。
3.感覚閾を上げ、下げすることによる;
4.行動的状態を変え、興奮状態を統制し、注意深い機敏な行動を養うこと。
5.特殊な世話の方法を実行すること。
・生来の神経欠陥をもたないか、他の重大な出産異常を伴わない幼児の異常行動の出現は、発達の崩壊の証拠と考えられ、また不適な、不十分な、誤った、あるいは極端な虐待的な育て方と刺激作用の結果の証拠と考えられる。乳児と幼児の世話やしつけやその他の刺激作用のそのような障害の結果は、誤った発達、ストレスに対する弱さ、認知的、感覚運動的、社会的、情緒的機能における異常性の発現の大きな可能性を示す幼児の異常な、特殊な行動の出現から知られる。異常行動は、授乳と排便の障害、周期的な多動性、多様な固執的習慣、行動の混乱状態の頻発、行動の主要な領域の誤った、あるいは遅滞した発達を含んでいる。特殊な変化は、吸乳行動と運動パタンと、身体的、感覚運動的、社会的、適応的発達において生じる。
・以前の研究(Greenberg 1970)は、次の4つの異常行動群を示した。
1.失敗ー成功症候:体重増加の低い率、遅滞と悪習
2.鉛中毒による異食症
3.身体ゆすりや頭たたきのような型式化された多動徴候
4.一般的な異常性の徴候


《注》
・ここまでは、この論文の「前置き」(初期の発達についての一般的概念)である。要するに、母親は「子どもの世話」と「刺激作用の実際の行動面」で、重大な影響をおよぼす、ということであり、実験動物の例と同様に「インプット刺激の制限は破壊的な効果をもつし、知覚や学習、社会化のような機能を障害する」のではないか、という仮説である。
・その破壊的な効果、障害の例として、筆者は「身体ゆすりや頭たたきのような型式化された多動徴候」を挙げていることは、大変興味深かった。「自閉症」の「常同行動「自傷行為」に酷似しているからである。
・さしあたっての私の関心は、(「自閉症」という)異常行動をもつ幼児の「母ー子相互関係行動」は、正常幼児の「母ー子相互関係行動」とどのように異なるか、その異なる原因は何なのか、という一点に絞られている。期待をもって、以下を読み進めたい。(2014.6.6)

「障害乳幼児の発達研究」(J・ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・2

【Ⅱ 社会的ディプリペーション環境下の養育から生まれてくる異常行動】
・赤毛ザルの社会的発達に影響するパラメーターを調査するために、Wisconsinの研究室の実験者は、母ザルと仲間ザルの中で養育される環境を、体系的な代償と、この環境における社会的要素をとりのけることによって変えてきた。これらの研究の目的が異常行動パタンをつくりだすことではなかったけれども、ある社会的異常性というものが観察された。これらの異常性の関係を論ずるのがここでのねらいである。
《A 代用母ザルと仲間ザルの中での養育は後日どのような発達をとげるか》
・養育環境の1つの変容として、実の母ザルの代わりに布製の代用母ザルを用いた(Harlow 1958, HarlowとSuomi 1970c)。布製の代用母ザルのもとで育てられた子ザルも、すがりつき反応をするし、見知らぬ事態に対する恐怖反応も緩和されることがわかってきた(HarlowとZimmermann 1959)。代用母ザルと仲間ザルがいる環境で育てられたサルは、いくらか遅れるとはいえ、十分な社会的発達を示し、成熟するにつれて相対的に見て正常な社会的、性的、母性的行動を示すことがわかっている。Hansen(1966)、Rosenblum(1961)、HarlowとHarlow(1968)、SuomiとHarlow(1969)、HarlowとSuomi(1970c)らの研究の結論としては、代用母ザルと仲間ザルの中で育てられると行動異常はほとんど生じないが、ただ自分のからだに口で接触する反応は多くなり、また手足を用いて自分のからだを握りしめたり、定型的な揺すりを時折示した。このようなサルは成体になるまでに、社会的、性的、母性的行動の点では相対的にうかく発達してくるのである。
《B 仲間ザルだけがいる事態で育てられると後日の発達はどうなるか》
・この養育条件は“子ザル同士の共生”事態とよばれてきた。この共生群の成員数は2匹から6匹であるが、ある行動異常はグループの成員数とはかかわりなく生じてきた。子ザル同士で育っているサルはすぐに“汽車ポッポ”型として示されてきたような相互にすがりつくことを学習する。この型は、母ザルと仲間ザルの中で育ってきた子ザルよりも、もっと長くつづく。その要因として2つ考えられる。①すがりついている相手は、お互いに母ザルがするようなきびしさで子ザルを拒否しないから。②母ザルと仲間ザルがいる事態では、子ザルはしばしば探索しているため、腹部の母性的接触よりも他の仲間ザルの方へ誘惑される。子ザル同士の事態では、その集団の成員全員がお互いにすがりついているとすれば、探索行動をとっているものはいないのだから、その行動パタンを破る仲間は誰もいないからである。
・仲間同士で育つサルは、長い間すがりつき反応を示し、それに加えて過度に自分のからだに口で接触する反応を示し、移動や探索行動も異常に低い水準を示し、また遊びの行動や性的身構えの点でも遅滞している。彼らは最小のストレス事態に対しても過敏であるが、このことは社会環境の中で保護的な母性的事物が欠けているからである。
・しかし、仲間同士で育ったサルは、5か月頃からすがりつき反応をしなくなり、正常な遊びの型が生じてくる。遊びの頻数や強度は、母ザルと仲間ザルの中で育てられた同年配のサルと同じ水準までにはならない。攻撃的遊びはめったにあらわれない。自分のからだに口で接触する反応は成体になるまでつづくが、それは恐怖刺激に対する感受性や攻撃行動に欠けているからである。彼らはおくびょうである。性的行動は相対的にみて正常になってくるし、雌はよき母ザルになるのが普通である。
・要約すると、仲間同士で育ってきたサルにみられる多くの行動異常は、生後2年目の終わりまでには消えてなくなり、明らかに残っている行動異常としては、後の社会的、性的、母性的行動にいくらかの影響がある程度のものである。
《C 母ザルだけで育てると、後日どのような発達をとげるか》
・Alexander(1966)の研究によれば、以下のとおりである。
・母ザルに育てられた4匹の子ザルは最初の4か月間、仲間ザルと隔離された(A)が、一方つぎの4匹については最初の8か月間、母ザルとだけ交渉させてみた(B)。Aを、後に仲間と交渉させてみると、すぐに十分でしかも典型的なサルの遊びのパタンを示した。母ザルや仲間ザルと一緒に遊び場で育ったグループ(C)と比較すると、仲間との交渉や攻撃性の面ではいくらか低い水準を示したが、それを除いては社会的にも性的にも有能であった。Bもまた、Aと同じような結果であった。
・これらのサルは12か月のとき、母ザルと隔離された。
・2か月後にこれらのサルを生後6か月になる見知らぬサルと対面させてみると、Bはきわめて攻撃的な行動を示し、Aは普通程度の攻撃的行動を示し、Cはほとんど攻撃的行動を示さなかった。仲間ザルとのディプリペーションは、接触をしたがらなくなり、きわめて攻撃的なサルになり、ディプリペーションの期間が長いほどその徴候が大になってくるようである。
・AもBも、一般的に言えば、総体的にみると後日の社会的ならびに性的行動という面では異常はなかった。
*これまでの3つの養育事態では、いくつかの特殊な異常性を除いては、われわれが正常とよぶ限界内での遊びや性的行動、母性行動をつくりだしている。
*しかし、仲間ザルが存在するとか、母乳をもたない代用母ザルとはかかわりなく、実母ザルとの交渉を断ち切られたサルが、過度にしかも長い期間にわたって自分のからだに口で接触する反応を示すという一貫した結果を見捨てるわけにはいかない。
*仲間ザルとだけで育ったサルは、軽いストレスのかかった事態に対しても異常に反応し、一方母ザルとだけ育ったサルは社会的事態においては極めて攻撃的である。
*実母ザルまたは代用母ザルの存在は恐怖反応を子ザルの行動レパートリーへ統合していくことを促進し、一方仲間との交渉の機会は優性攻撃反応の社会化を促進する。
《D 部分的社会隔離の条件で育てると、後日どのような発達をとげるか》
・部分的社会隔離という養育条件がある。サルは裸針金製の檻の中で個別に育てられ、そこでは他の成員を見たり他の成員の発声を聞いたりはできるが、身体接触はできない場面である。そのような初期経験をすると、後日の発達はきわめて意味深いものになってくる(CrossとHarlow 1965)。
・部分的に隔離された赤ん坊ザルは、自分のからだをぴったりとくっつけ、自分の手足の指を吸う反応をする(すがりつき反射・吸啜反射)。これら2つのパタンは少なくとも最初の6か月間彼らの行動を支配している。これに対応して、移動したり探索することが少なく、その代わりに揺すったり檻の中でぶら下がるといったような反復的で定型的な行動パタンを示す。成長するにつれて攻撃反応をあらわすが、社会的な標的がいなくなると、自分自身に向かい自己攻撃を行う(CrossとHarlow 1965)。
・そのようなあからさまな異常行動パタンは(7歳を過ぎると)減少あるいは解消する。(CrossとHarlow 1965)。しかし、移動とか探索といったような適応的行動も成長するにつれて減少する。10歳になると、目覚めているときはほとんどいつもぼんやりと外を見て家庭檻の前部に坐ってばかりいる(Suomi, Harlowおよび Kimball 1971)。もし外部からの刺激作用をうけると、彼らはしばしば急に極端な自己攻撃や異様な定型的な活動をしだす(CrossとHarlow 1965)。
・部分的社会隔離の条件で生後1年間育てられたサルは、社会的、性的、母性的行動という面ではきわめて欠けている。社会的事態では、かれらはめったに他のサルとの間に交渉をもとうとしないが、そのかわり回避ならびに障害行動パタンをあらわすのが普通である(Pratt 1967,1969)。(社会的交渉の機会を与え続けていると)しまいには、ぎこちないやり方ではあるが遊びの活動のきざしを示す。彼らの性行動は無能である。欲望をもっていることはたしかだが、相手が慣れた構えで性行為を望んでも、身構えやテクニックは適切ではない。雌ザルのうち普通のやり方で妊娠した例はほとんどなく、雄の場合も同様である(Senko 1966)。妊娠して子を産み、母ザルになった場合、多くは自分の子に対して無関心であるか、残酷に虐待する。
*要約すると、部分的社会隔離条件での養育は、赤毛ザルの種に適切な行動の発達にきわめて重大な衰弱効果をもっている。サルがもっている社会的レパートリーは制限され、原始的なものであり、自分のからだに口で接触する、手足を用いて自分のからだを握りしめる、自己攻撃とか定型的行動などの異常行動を示すようになる。
《E 完全な社会隔離条件で育てると、後日どのような発達をとげるか》
・完全に社会隔離され育てられると、子ザルは身体的にも視覚的にもどの霊長類の種の成員とも接触を拒むようになり(Rowland 1964)、ある場合には聴覚的接触も拒むようになる(Sackett 1965)。
・生後3か月間完全に社会隔離されて育てられたサルは、その事態から脱け出すと、極端な抑うつ状態となる。しかし、もし社会的交渉をする機会が与えられると、その後正常な社会的発達をとげる(Boelkins 1963, GriffinとHarlow 1966)。
・生後6か月間以上社会隔離されて育てられると、その後激烈に一層破壊的な行動を示すようになってくる。遊び場に入れられても、ほとんど(普通に育てられた)他のサルと遊ぶということがなく、近寄らない(Rowland 1964, Harlow, Dodsworthおよび Harlow 1965)
・探索したり移動する行動が少なく、一層顕著で怪奇な行動を示す。すべて攻撃的行動をとるようになってくるが、自己に向けられた攻撃であるか、社会的事態においてその向け方が不適切な場合にいずれかである。赤ん坊ザルに対して攻撃したり、優越した成体の雄ザルに対して攻撃をかけたりする。(社会的になれっこになっているサルはやらない攻撃)
・性的には不適切であり、雌は母性的には無能力である。
*要約すると、完全な社会隔離はサルの適切な社会行動の発達に関して破壊的な永続効果をもっている。その有害効果は、隔離された期間に比例している。6か月間隔離されたサルは社会的順応がうまくいかず、1年間隔離されたサルは半動物的植物に過ぎず、自分自身をどの社会的事態においても防衛することができないように思われる(HarlowとHarlow 1968)。
*上記の研究ではっきりしてきたことは、初期における子ザルの社会的環境の性質は、後日の社会的発達におよぼす効果が大きいという点である。初期において母ザルまたは仲間ザルがいないと、微妙でしかも重大な変調をきたし、もしそうでなかったら正常な社会的発達をとげるのである。すべての社会的関係が否定されると、その後社会的発達は全くしかも永久的に衰えていく。
*子ザルの隔離操作が、出生時または生後まもなくはじめられると、それが年長になって操作されるよりも悪影響は少ないということは興味深いことである。生後6か月間社会的環境で育てられ、そして6か月間完全に社会隔離されてきたサルは、その後きわめて攻撃的な社会行動を示すが、それでもなおきちんとした遊びや適切な社会的刺激に対する性的反応を発展させうる(Clark 1968, MitchellとClark 1968)。一定の社会的環境に対してどのようにどれだけの期間当面していたかということが、その環境が特殊なサルの社会的発達におよぼす効果の決定因になってくる。


 以上が、【Ⅱ 社会的ディプリペーション環境下の養育から生まれてくる異常行動】の要約である。ディプリペーションとは「剥奪」というほどの意味だと思われるが、子ザルを実母ザルや仲間ザルから引き離して育てると、様々な「異常行動」をするようになる、という経過が「実証的に」述べられていて、たいそう興味深かった。その異常行動は、(隔離養育によって)本来の優性行動が保障されないために生じる。「反射行動」(すがりつき反射・吸啜反応)が阻害(剥奪)されると、自分のからだを抱きしめる、自分のからだに口で接触する。「社会的偏好」が阻害(剥奪)されると、集団から孤立する。「潜在的行動」(恐怖反応・攻撃反応)が阻害されると、探索や移動の激減、反復的で定型的な行動パタン(常同行動)、自己攻撃、性的行動不全、育児放棄などの徴候が顕著になる。これらの「異常行動」は、明らかに「隔離養育」という《環境要因》によって生じている。サルの事例をそのまま人間にあてはめることはできないにしても、母ザルや仲間ザルとの交渉を「剥奪」された子ザルの「異常行動」は、自閉症児の「異常行動」と「瓜二つ」であることに注目しなければならない、と私は思う。自分の手足で自分のからだを抱きしめる、自分のからだをいつも揺すっている、自分のからだを傷つける(自傷)、人見知りをしない、集団から孤立する等々、その「共通点」は明らかであろう。とりわけ、「自分のからだに口で接触する」行動は、人間の場合「指しゃぶり」と言われ、(母子接触を断たれれば)誰でもが行う「おなじみの」行為ではなかろうか。また、〈10歳になる部分的に隔離されたサルは目覚めているときはほとんどいつもぼんやりと外を見て家庭檻の前部に坐ってばかりいる。もし外部からの刺激作用をうけると、彼らはしばしば急に極端な自己攻撃や異様な定型的な活動をしだす〉という記述は、まさに「自閉症サル」といった様相で、少なくともサルという動物においては(隔離養育という)《環境要因》によって、自閉的症状が生じるという明確な証明である、と私は思った。(2014.3.15)

「障害乳幼児の発達研究」(J・ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・1

「障害乳幼児の発達研究」(J・ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)を抄読する。今から39年前に発行された本だが、その内容は(私にとって)斬新である。と言うのも、それ以後、科学技術の進歩はめざましかったが、その方向は分子生物学の分野に偏りがちであり、人間のありかたを「総体」として捉えようとする姿勢が減退していったように、私には思われる。例えば、自閉症に関する生物学的研究や遺伝(子)研究が、その端的な例だが、研究者の目は、自分自身の肉眼よりも、コンピューターによる脳波解析、物理工学テクノロジーに基づいたCTスキャン、MRI、PETによる画像診断、光学顕微鏡による染色体の確認、採血によるDNA鑑定などなどに依存しすぎ、明解な成果を見出せぬまま、いわば自縛的な混迷状態から脱出できないでいる、というのが現状ではないだろうか。そんな折り、本書の巻末に収録されている論文「子ザルの異常な社会的行動」(スティーブンJ.スウオミ、ハリーF.ハーロウ)は、たいそう魅力的な内容であった。人間の子どもを、生後まもなく「社会的な環境」から隔離して育てたらどうなるか、おそらく「異常な社会的行動」が生じるであろうことは「強く推測」されるが、それを実験・実行することは許されない。そこで、対象を赤毛ザルに代えて実験した結果が報告されている。なお、この論文は発達心理学者、障害児教育関係者にとってはあまりにも有名、斯界の「必読文献」として、いわば「古典」的価値を有している、と私は思う。以下、その内容をかいつまんで要約する。


《子ザルの異常な社会的行動》
【序】
・生後すぐに完全に社会的隔離状態におかれると、それが後日の社会的発達におよぼす効果といった(そのような)理論的問題は《仮説的》に人間の被験者に関してのみ考えられうるが、動物の霊長類では、これらの問題は仮説的ではなくて《実証的》にとりあげられうるのである。
・自由な野外環境では発達上の行動異常は例外であり、まれにしか観察できないが、実験室の経験をすると本当に“正常な”社会的発達をとげる被験体は生まれ育たない(Jay 1965)。野生で、同腹の子ザルと一緒に育ったサルが出くわす環境と同じ環境を提供できる実験室は世界のどこにもない。
・この章でとりあげられる赤毛ザルにとっては“標準的な”野生環境というものはない。自由区域の赤毛ザルはインドのジャングルの森の中でも、また市街地でも見られる、市街地の赤毛ザルが示す行動のある社会的側面は、森の中で生活しているサルの社会的側面とかなりかけはなれたものである(Singh 1969)。これと対照的に、赤毛ザルの知的行動は、インドの森または市街地から来たサルであろうと、アメリカの実験室で育てられたサルであろうと、本質的に同じ結果を示したのである(Singh 1969, Harlow, Schiltz および Harlow 1968)。換言すれば、赤毛ザルにとっての“正常な養育環境”を定義することは、人間にとっての正常な養育環境を定義するのと同様ほとんど意味がないのである。どの野生環境であっても、サルの一貫的行動によって正常性を定義する方が、その行動に先立つ環境要因によって定義するよりも、もっと有意味なことではなかろうか。
・正常な行動の発達とは、赤毛ザルの野外観察においてみられたきたような行動パタンのことである。Wisconsin霊長類研究所の研究者は、実験室の子ザルが野生養育条件下の子ザルにみられる社会的行動の発達と本質的に同じものを示すような養育の範例を工夫した。反対に、これらの範例を変容させたり分裂させたりすることによってサルの社会的発達を規準的パタンから逸脱させることができる。これらの逸脱の形式、すなわちサルの示す行動異常が本章の根幹になるだろう。
・本章は4部に分かれている。第1部では、養育経験とはかかわりなくすべての赤毛ザルが示す行動、実験室の環境で母ザルや仲間と広く交渉をもつ機会を与えられたサルの“正常な”社会的発達について取り扱われる。第2部では母ザルや仲間ザルと一緒の養育範例の要素を取り除いたり、変容させることによってどのような行動がおきるかについて取り扱われる。第3部では、赤毛ザルの特殊な形式の精神病理学的行動すなわち抑うつをわざわざつくり出し、そのデータが紹介される。第4部では、不完全な初期の社会的経験のために、異常、すなわち現実には存在しない社会的行動を示すようになったサルにリハビリテーションを行うための前向きの努力について取り扱われる。
・われわれはただデータを提出し、ここでひき出されるどんな類推も厳密には読者の判断にまかせたいと思っている。
【Ⅰ 優性行動と“正常な”社会的発達】
・赤毛ザルは、生下時には比較的無力な動物であるが、数ヶ月もたってくると幅ひろい世話を要求しつづけるようになってくる。
・赤毛ザルは、多くの優性行動パタンや反応傾向をそなえて世の中へ出てくる。
(a)反射タイプの行動は、生下時、その直後にあらわれ、動機づけの要因とは比較的独立している。
(b)生まれたての赤ん坊ザルが自由選択事態におかれると一貫した社会的偏好がみられる。(c)潜在的行動パタンは、生下時ではなくて幼少期の終わり頃にあらわれる。
・われわれは、これらのパタンを非学習性または優性行動パタンとよぶ。
A 反射行動
・赤毛ザルは胎内にいるとき、あるいは生後すぐに①すがりつき反射(腹部の表面を他のサルのからだに接触させること)と②捜索吸啜反応の2つの重要な反射行動をあらわす。そのような反射行動によって子ザルは母ザルと親しく身体接触を保ち、母親から栄養を取ることができる。子ザルを平たくて固い平面に上向きに寝かせてみると、すぐさまうつ伏せの姿勢になる。そのとき、柔らかいものでおおわれたものがあれば、そのまま背中をつけてそれにぴったりとくっつけてしまう(MowbrayとCadell 1962)。このことは、脊椎動物におけるすべての反射体系のうちで最も主要で共通のものとしてみられている平衡復帰反射としてのすがりつき反射の優性遺伝を示しているのである(Hnmburgur 1963)。
・生まれたての赤ん坊ザルの顔、口の付近を刺激してやると口による接触がなされるまでは頭を両側にあるいは縦に回転させたりする。しかし、すぐさま吸啜するようになる(HarlowとHarlow 1965)。
・赤毛ザルは正常な社会的行動を発達させるものもそうでないものもすべて生下時にあるいは生後まもなくすがりつき反応や吸啜反応を示す。
B 社会的偏好パタン
・子どもの赤毛ザルは、選択状態におかれると、たとえ以前に1度もどの種の成熟したサルに当面していなくても、赤毛ザルにきわめてよく似た弁髪のある成熟した雌のマカークザルまたは短毛のマカークザルよりも成熟した赤毛ザルへの偏好を示す(Sackett,SuomiおよびGrady 1968, Sackett 1970)。同時に、赤毛ザルの子ザルは、以前に見るという経験をしていなくても、成熟した雄の赤毛ザルよりも成熟した雌の赤毛ザルの方を好む(Suomi, Sackettおよび Harlow 1970)。
・最初の1か月以内に社会的経験をすると、これらの非学習性の偏好が変わりうるのだという結果(Sackett Porterおよび Holmesu 1965)があるが、これは後の時期の正常または異常な社会的行動をもたらすかもしれない要因がすでにこの初期にあらわれているという点で重要な意味をもっている。
C 潜在的行動パタン
・優性反応には、生下時には示されないがずっと後になってあらわれてくる行動があり、これは、明らかに以前のまたは現存の環境条件とは別のものである。そのような2つの行動は恐怖反応と攻撃反応とである。
・赤毛ザルの種(Altman 1962)では、しかめ面をしたり連合発声をするといった恐怖反応は、完全な社会隔離状態で育てられた(Sackett,1966)とか、母ザルや仲間ザルと一緒に育てられた(Harlow, Harlowおよび Hansen 1963)ということとはかかわりなく70日から110日の間にかけてあらわれてくる。つぎに、攻撃反応(“暴力的威嚇”や、かみつき)はおよそ6か月になってはじめてあらわれるが、うまく社会化された子ザルの場合、1年たつまでは比較的おだやかな行動である(Rosenblum, 1961)。
・これら2つの反応体系の出現は、子ザルの現在の行動レパートリーに統合されていくが、その統合のされ方は後の発達にとって決定的な役割を果たす。われわれの仮定としては、恐怖反応の種に適切な社会発達への統合は、母ザルまたは代用母ザルの存在によって促進されるということ、攻撃反応の適切な社会的活動への統合は、年長の仲間ザルと遊ぶことによって促進されるということ、そして母ザルまたは代用母ザルがいない社会的環境、または仲間ザルと交わる機会に欠けている社会的環境で育てられた子ザルは、後には異常な社会的行動をたしかに示すだろうということである。換言すれば、種の規準的な社会的発達にとって、子ザルの環境について最小限度社会的に必要とされることは、ある形式の母ザルがいることと仲間がいるということである。
・実験室内の「遊び場装置」で、生後1年間母ザルと子ザルが生活した経過を観察した結果、以下のことが明らかになった。
*赤毛ザルの子ザルは、母ザルと身体接触をしながら、両腕に抱かれて揺すられながら最初の1か月を過ごす。
*最初の1か月までに、子ザルは母ザルと短時間はなれて自分のまわりの世界を探索しはじめるようになる。
*子ザルが母ザルの保護的なだっこからはなれる程度は、母ザルの許可の関数としてみられる。母ザルの態度はたえず時間とともに変わってくるが、2か月になると子ザルの回復反応は最大に達し、4か月までに母ザルは子ザルを外の世界におしやってしばしば拒絶する。その結果、子ザルが母ザルと接触して費やす時間の量は2か月後には急に減少していく。これは、探索しようとする子ザルの熱心さが増していくことと、子どもを揺すって保育していく母ザルの熱心さが減少することとの間の交互作用に基づくものである。
*子ザルの探索行動の発達は2か月目に入ると急速に増加しはじめてくる。子ザルは母ザルを基地として、無生物の遊具や生き物の遊び仲間を調べるために、遊び場に短時間侵入する。しかし、立腹刺激を与えると、子ザルは母親のもとへチョコチョコと走って戻ってくる。母ザルは子ザルにとって安全な基地となっているのであり、子ザルの恐怖反応が生じる時期では非常に重要な役割を果たしている。母ザルから隔離された3か月の子ザルが恐れると思われる刺激を、子ザルと母ザルが一緒にいるときに与えると、こんどは類似の恐怖反応は生じてこない。
・8か月ないし10か月までに、遊びはサルの行動レパートリーを支配するようになり、成長するにつれてだんだん攻撃的になり性的な面も発達をとげてくる。この時期までに性的役割が分離してくる。8か月の雄は同性の仲間ザルを選ぶが、8か月の雌もやはり雌の仲間ザルを選ぶ(Suomi, Sackett および Harlow 1970)。遊び場では、雄と雄と一緒に遊ぶ傾向が強く、遊びは攻撃的であり、乱暴でもつれ合った遊びである。8か月の雌はまれに雄と遊びはじめるが、その遊びは主として接触のない遊びである。
・生後1年の終わりまでに、攻撃的ならびに性的行動は、母ザルや仲間ザルと交わって育てられているうちにうまく統合されていく。遊びは子ザルの活動性を支配しつづけ、母ザル指導型の行動は減少しつづけ、自分のからだに口で接触するとか、手足を用いて自分の
からだを握りしめる行動とか、定型的なゆすりの行動などは事実上なくなってくる。
・最初の1年間母ザルや仲間ザルの中で育てられてきたサルは、後になって同種の他のサルと交わる機会が与えられると十分な社会的行動を示しつづける。あからさまな攻撃によるというよりもむしろ威嚇とかしかめっ面をするとか、ねらいをつけるといったような一風変わった身振りによる社会的な指図をして、非常に安定した優位ハイラーキーを急速に確立していく。性的に成熟してくると、これらのサルはもっと熱心になり悪ずれしてくる(Senko 1966)ようになり、実験室で生まれた多くの霊長類と対照的にそういう行動をたやすく再現していく。母ザルや仲間ザルの中で養育された雌ザルは、一般的にはすぐれた母ザルになってくる(Harlow, Harlow, Dodsworth および Arling 1966)。
・最初の1年間に広範囲の母性的経験や仲間ザルとの経験をもった赤毛ザルは、実験室で生まれて初期に十分な社会的経験を与えられていない霊長類がもっているような重厚な行動異常をめったにあらわすことはない。過度に自分のからだに口で接触するとか、自己攻撃をするとか、手足を用いて自分のからだを握りしめるとか、強迫的な揺すりとか、定型的な動揺を伴った握りしめなどはめったにおこらない。
・母ザルや仲間ザルの中で育てられたサルは、野生の環境で観察されたサルにまったく匹敵している(Altman 1962, Imanisi 1963, Koford 1963, Southwick, Berg および Siddiqi 1965)
・出生後すぐ母ザルや仲間ザルがいる社会的環境で育てられたサルは、種にとって規準的社会的行動というような範囲内での行動パタンを発達させていくことができる。


 以上が、第1部の要点である。著者らは「序」で〈第1部では、養育経験とはかかわりなくすべての赤毛ザルが示す行動、実験室の環境で母ザルや仲間と広く交渉をもつ機会を与えられたサルの“正常な”社会的発達について取り扱われる〉と述べているが、「子ザルが“正常な”社会的発達」を遂げるためには、①母ザル(または代用母ザル)が必要なこと、②子ザルの生得的な「すがりつき反射」「吸啜反応」が母ザルとの「身体接触」の中で保障されること、③母ザルは子ザルの潜在的行動パタンである「恐怖反応」に対して、「安全基地」の役割を果たすこと、④また「攻撃反応」は、仲間ザルとの「遊び」によって適切に調整されること、といった条件をクリアする必要があることが、明解に「実証」されていた。サルが成体に成熟するまで5~7年かかると言われている。人間が成熟するまでには15~18年かかるとして、約2~3倍の速度で発達するが、だとすれば、サルの生後1年間は、人間の生後2~3年間に相当する、などと考えながら、とりわけ〈子ザルが母ザルの保護的なだっこからはなれる程度は、母ザルの許可の関数としてみられる。母ザルの態度はたえず時間とともに変わってくるが、2か月になると子ザルの回復反応は最大に達し、4か月までに母ザルは子ザルを外の世界におしやってしばしば拒絶する。その結果、子ザルが母ザルと接触して費やす時間の量は2か月後には急に減少していく。これは、探索しようとする子ザルの熱心さが増していくことと、子どもを揺すって保育していく母ザルの熱心さが減少することとの間の交互作用に基づくものである〉。〈子ザルの探索行動の発達は2か月目に入ると急速に増加しはじめてくる。子ザルは母ザルを基地として、無生物の遊具や生き物の遊び仲間を調べるために、遊び場に短時間侵入する。しかし、立腹刺激を与えると、子ザルは母親のもとへチョコチョコと走って戻ってくる。母ザルは子ザルにとって安全な基地となっているのであり、子ザルの恐怖反応が生じる時期では非常に重要な役割を果たしている。母ザルから隔離された3か月の子ザルが恐れると思われる刺激を、子ザルと母ザルが一緒にいるときに与えると、こんどは類似の恐怖反応は生じてこない〉という記述に、特段の興味をそそられた。(2014.3.12)