梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・5

Ⅳ 方法
A 被験者
1.選択
・母親と幼児被験者は、Illnois大学病院の小児科部門から得られた。被験者は、次のような基準に基づいて対象にされた。
ⅰ. 年齢:30カ月未満
ⅱ. 異常行動:異常行動のリストにあげられた1つ以上の異常状態。
《幼児の異常行動》(リスト)
Ⅰa 哺乳と胃腸系の異常、排泄の障害、身体運動の律動性(常同性)
1b 習慣形成の障害(睡眠障害、くせ)、行動面の誇張表現または興奮
Ⅰc 情緒表出の障害、異常な発達的パタン、初期の事物との関係の障害(回避反応など)、他の身体的(内臓的)障害(皮膚病、呼吸病など)
ⅲ. 身体的健康:生来の中枢的欠陥と他のひどい出産異常を含む大きな障害がないこと。ⅳ. 病院歴:2週間以上の入院の経験がないこと
ⅴ. 母親分離:2週間以上の母親との分離経験がないこと。


・統制群は、ⅱ項(異常行動)を除いて、上記のすべての基準を満たしている16名の男児であった。かれらの母親は、社会経済的に、また夫婦の要因について、異常幼児群の母親と一致させられた。そのうち13名が普通の層であった。
2.標本の大きさ
・45名の異常幼児と16名の普通幼児が扱われた。それぞれの幼児ー母親対は、以下のような資料収集法に基づいて研究された。設定場面での幼児ー母親相互交渉の映写は、11の普通幼児ー母親対(M-CI)と11の異常幼児ー母親対(M-AI)についてなされた。
3.標本の他の特性
・統制群の幼児の母親の学歴がいくらか高く、兄弟の数が少なかった。
・子どもの平均年齢は、13.5カ月であった。
・異常幼児群の出産時平均体重は、6.9ポンド(25パーセンタイル)、研究開始児16.3ポンド(1パーセンタイル)であった。異常行動の幼児群には、(1年後)ひどい発達上の問題があった。
B 資料収集の方法
1.各幼児について
a. 医学的資料:身体的成長についての情報、出産前、出産時および小児科資料のすべて。
b. 幼児の行動目録(IBI):異常行動の特殊な型を見つけ、記録、追跡し、行動の型や結合を決めるために計画された質問項目
2.母親の態度とパーソナリティ
a. 臨床的面接:母親の生育歴や家族の様子、パーソナリティ、態度などについて客観的評価が可能な資料を得るための、録音面接。
b. 投影法:ロールシャッハテスト、TAT、人物画テストが実施された。この資料は、母親の動機づけや人格構造について評価するために用いられる。
c. 個人歴質問項目(両親についての情報 FormⅡ):母親は、自己、家族、医学的資料、教育、興味、職歴を含むいろいろな面についての100項目以上の質問項目票(自己評価による)に答える。
d. 親ー子関係(PCR)質問票
3.母親の行動の評価
a. 母親の行動についての逸話的記述:面接の際、母親から聞いた母親と幼児との相互交渉についての記述。
b. 幼児ー母親相互交渉の逸話的記述:面接の際、別の観察者により観察され、記録されるような・・・。
c. 一定場面での幼児ー母親相互交渉の映写記録
 ⅰ. 指示されない自発的な相互交渉、10分間
 ⅱ. 母親による幼児の授乳、10分間
 ⅲ. 2人に他人が加わる、5分間
 ⅳ. 母親が部屋を出て、知らない人が幼児と一緒になる、5分間
 ⅴ. 知らない人が部屋を去り、幼児が1人になる、5分間
 ⅵ. 母親が帰室して、再開する、5分間


Ⅴ 母親の態度
・母親の態度の比較は、個人歴質問票(FormⅡ)による資料の検討によって行われた。その結果は、次のように要約される。
A 妊娠に対する態度と適応
・妊娠中、異常幼児の母親は、多くのからだの不調をもち、軽い徴候をもったものは少なく、重い徴候をもっていた(P<0,01)。1例を除いて、これらの母親の妊娠は計画的なものではなかった。彼女らはすべて、不幸な妊娠をなげき、ある母親は、自分の子どもの障害の罪を妊娠のせいにした。
B 幼児の問題の認識とその幼児についての意識
・普通幼児群の母親は、自分の子どもの問題よりよく知っているように思われた(P<0.02)。異常幼児の母親は、自分の子どもの将来について、おどろくほど現実的でない話をした。2歳の女児は、全く無視され、歩行もできなくて、面接の間、床の上をはい回っており、母親から全く注意を向けてもらえなかった。その母親は、次のように言った。「よくわかりません。この子は、私たちが非常に可愛がるので、ひどく自己中心的な子どもなのかもしれません」
C 母親の役割
・普通幼児の母親の多くは、満足を与えるものとして、その子ども自身を必要としていたのに(P<0.01)、異常幼児の母親は、満足を与えるものとして、活動に注意を向けていた(P<0.05)
・異常幼児群の母親のかなりのものが、母親としての関心事の面で矛盾しており(P<0.02)、普通幼児の母親よりも、彼女らの関心は、現在に向けられていた(P<0.05)。両群の同じ割合のものが、もう子どもを欲しなかった。
・異常幼児群の母親の大部分は、彼女らの家族の成員は若いものが多く(P<0.05)、そして多分、小さい子どものお世話の機会が少ししかなかった。これらの母親は、普通幼児の母親より、小さい子どもをもち、したがって、自分の子どもについての世話の経験が少なく、実際には、子どもの世話をしなければならないことが多かった。子どもの世話の経験の欠如と未熟な年齢、たくさんの小さい子どもがいるためのひどい忙しさなどの結合が、異常幼児群の母親の「母親としての満足感」を阻害しているかもしれない。
D 家族の役割の認識
・普通幼児群の多くの母親は、父親は家族に情緒的に結びついているとみており(P<0.05)、そして彼女ら自身の第Ⅰの機能は、子どもに愛情を注ぐことであるとし(P<0.01)
、また夫と妻が愛情で結ばれていた。異常幼児群の半分より少ない母親は、夫婦間の結びつきは愛情であることをわかっていた。そして彼女らの多くは、夫と父親としての役割間、また妻と母親としての役割間の区別をあまりしていなかった。


《注》
 ここまでは、著者らが行った研究の「方法」と、結果の一部(母親の態度)について述べられている。「方法」は、42名の異常幼児と16名の普通幼児および両群の母親を「被験者」として選出し、両群の資料(幼児の医学的資料、行動目録、母親との面接記録、投影法、個人歴質問項目、親ー子関係質問票、逸話記述、幼児ー母親相互交渉の映写記録など)を比較検討するというものである。
その結果、「母親との面接記録」「個人歴質問票」を検討した内容が「Ⅴ 母親の態度」であろう。それを、私なりに要約すると以下の通りである。
①異常幼児群の母親は、妊娠中に「何らかのトラブル」(身体的・心理的不調の徴候)があり、その「不幸な妊娠」をなげいていた。
②異常幼児群の母親は、自分の子どもの問題を、よく「知らなかった」。子どもの状態を理解していなかった。
③「普通幼児群の母親の多くは、満足を与えるものとして、その子ども自身を必要としていたのに、異常幼児群の母親は、満足を与えるものとして、活動に注意を向けていた」。「普通幼児の母親よりも、彼女らの関心は、現在に向けられていた」。
④異常幼児群の母親には、子どもの世話の経験の欠如、未熟な年齢、ひどい忙しさなどの結合がめだち、それらが母親としての満足感を阻害しているかもしれない。
⑤普通幼児群の母親は、子どもに愛情を注ぐことが「第1の機能」(役割)であることを自覚し、夫と妻が愛情で結ばれていたが、異常幼児群でそのような母親は「半分より少なく」、多くは、夫、父親、妻、母親の「役割間の区別」があいまいであった。
 以上で、③の一節は、翻訳文体のためか、判然としなかった。私なりに解釈すれば、普通幼児群の母親の多くは、子ども自身の存在、成長を「生きがい」と感じていたが、障害幼児群の母親は、子どもの「問題行動」ばかりが目につき、それが少しでも改善されるような「活動」が現れたとき、はじめて「生きがい」を感じられるようになる。また、したがって、子どもの「現在」の一挙一動(だけに)に関心が(限られて)向けられている。・・・ということになるのだが、はたしてその解釈が正しいかどうかはわからない。 
 いずれにせよ、さしあたって私の関心事は「母親のどの行動が幼児の発達のどの側面に影響するかについて注意深く明確化し、論理的に公式化し、明細化した概念化が欠如している」といった先行研究への著者らの批判(方法論的問題)が、この研究でどのように克服されているかの一点にある。期待をもって読み進めたい。(2014。6.12)