梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・3

《新生児の叫喚》
【要約】
 新生児(生後1ヶ月間)が叫喚に費やす時間は全生活時間の5~6%といわれている。これは、睡眠時間の70%と摂食時間の15%を考えるとき、おきていて吸乳していないときには、叫喚していることが非常に多いことを物語っている。
 叫喚がどんな原因で生じるかについてはよくわからないが、空腹と痛みないし皮膚感覚の異常が主因だろうと考えられている。原因がはっきりしないのは、一つにはこの時期の叫喚が多分に自律的であって、特定の刺激との対応がつかめないからであり、また、音声自体がなお単調でバラエティーに乏しいためである。
 新生児の発声は、声帯振動による疎密波だけによるものではなく、口腔、鼻腔の共鳴によって音色の加わったものである。その音声の特徴についての聴覚的印象は、ウズラ、ヤギ、ヤマネコ、ブタなどの鳴き声に似ており(Blanton,1917)、オランウータンやチンパンジーの新生児の声とほとんど区別がつかない(Kellogg and Kellogg,1933)。人間新生児をふくめて、これらの発声はきわめて強い爆発的な呼気によって生じる。とはいえ、その単調さのなかにも、声の高さや長さや音色などに、ある程度のバラエティーが少しずつ加わってくるし、それが不快の程度に、ある程度は対応するという印象を受ける。0歳1ヶ月までは、叫喚をおこさせる刺激(空腹、痛み、その他の不快)の差異に対応するような叫喚様式の分化を実際に判別することは困難である(Sherman,1927)。叫喚の‘意味’の判別は音声の性質そのものによるのではなく、そのときに子どもの示す行為や態度、あるいはそのときの事情(たとえば授乳後長時間経過している)から推測されるものであろう(Bayley,1932)。
 客観的な音声識別の技術として、近年‘ソナグラフ’(音声を視覚化する器械)がもちいられるようになってきた。この技術を用いて新生児の音声識別を行った結果は、母親が子どもの声に対して下した意味判断(空腹・不快。注意喚起など)によく対応するような視覚的パターンを発見することができない(Lynip,1951)。
 いままで、初期発声は母音から成るといわれてきたが、0歳0ヶ月~0歳1ヶ月では咽頭摩擦音が支配的であり、0歳1ヶ月~0歳2ヶ月になって中舌音[ア]に近い母音性の音声が聞かれる程度である(村井,1960,1961)。生後2週目の子どものソナグラムでは、周波数構造はまったく認められず、十分に母音といわれる音声は生じない(Lenneberg,1964)。


【感想】
 ここでは、生後1ヶ月までの新生児の「叫喚」について述べられている。要点は、①新生児が叫喚に費やす時間は全生活時間の5~6%である。②叫喚の原因は究明されていない。③叫喚の音声はウズラ、ヤギ、ヤマネコ、ブタ、オランウータン、チンパンジーなどの動物と比べても区別がつかない。④叫喚は、爆発的な呼気によって生じるが、徐々に変化し、声の高さ、長さ、音色にバラエティーが加わってくる。⑤叫喚の発声は、母音ではなく咽頭摩擦音が支配的である、ということである。
 新生児の叫喚は、日本では「オギャー、オギャー」と表記されるが、実際は「咽頭摩擦音が支配的」であるという指摘がおもしろかった。その音は語音ではないので、日本語で表記することはできない。しかし、アラビア語では、その音が語音になっており、それに対応する文字があるようである。 自閉症児の「言語発達」について考える場合、①生後1ヶ月まで「叫喚」に費やす時間はどの程度だったか(よく泣いたか)、②爆発的な呼気によって叫喚したか(強い、大きな声で泣いたか)という点に注目しなければならない、と私は思う。この段階ではまだ、母親が子どもの泣き声を聞いて「なぜ泣いているのか」を判断することはできない。従って、頻繁に泣くこと、大きな声で泣くことは、母親にとって「負担」であり、むしろ「泣かないこと」「静かなこと」の方が望まれる傾向はないか。(2018.3.2)