梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・9

《第3章 愛着障害の特性と病理》
【愛着障害に共通する傾向】
・愛着障害には回避型と不安型のような正反対とも言える傾向をもったタイプが含まれるが、その根底には、大きな共通点がある。
・愛着障害は、素晴らしい能力とパワーをもっている。
【親と確執を抱えるか、過度に従順になりやすい】
・親との関係をみるうえで重要なのは、愛着に問題がある場合、親に対する敵意や恨みといったネガティブな感情、あからさまな確執や軋轢だけでなく、過度の従順さや良い子としての振る舞いといった形で親に奉仕しようとすることも多いことである。また、両方の感情や行動が、両価的に混在していることも多い。関係がうまくいっている局面では、気に入られようとして親を喜ばせるが、それがうまくいかない局面になると、否定的な感情が噴出し、関係が急に悪化したりする。
・もうひとつ重要なのは、親の期待に応えられない自分をひどく否定したり、責めることである。親を否定している一方で、親から認められない自分を、駄目な人間のように考えてしまう傾向がみられやすいということである。
【ヘミングウエイの後悔】
・ヘミングウエイは、母親に対して否定的な言葉を浴びせかけ、関わりを絶ってきた自分への悔恨と罪悪感を感じていた。それが、後に彼を苦しめるうつ病の一因ともなっただろう。拒絶、攻撃、憎悪とともに理想化、罪悪感といったものが混じったアンビバレントな思いは、母親と不安定な愛着しかもつことができなかった子どもたちが、母親を失ったとき、共通して抱くものである。
【信頼や愛情が維持されにくい】
・狭い意味での愛着障害は、誰にもまったく愛着を感じないか。逆に、誰に対しても親しげに振る舞うか、ということである。後者の場合、誰にでも愛着するというのは、特定の愛着対象をもたないという点で、誰にも愛着しないのと同じであり、対人関係が移ろいやすい。対人関係、恋愛関係において、誰に対しても同じような親しさで接すれば、トラブルや争いの原因になるし、信頼関係の維持も困難にする。
・広義の愛着障害では、その程度は軽くなるが、本質的な傾向は同じだと言える。親密な関係が育ちにくい場合もあれば、たちまち親密な関係になるものの持続性がなく、すぐに冷めてしまったり、別れてしまうという場合もある。いずれにせよ、特定の人との信頼関係や愛情が長く維持されにくいという点では共通している。
【何度も結婚に失敗したのは】
《ヘミングウエイの結婚歴》
①ハドリー・リチャードソン:8歳年上。心に傷を抱えた情緒不安定な女性。息子を一人もうけたが、ヘミングウエイの浮気で離婚。
②ポーリン・ファイファー:雑誌編集者、浮気の相手。次々と子どもが生まれたが、浮気の泥仕合で離婚。
③マーサ・ゲルボーン:駆け出しの作家。母親に似た上昇志向の強い野心的な女性。家庭そっちのけで海外を飛び回る。この結婚はもっとも短命に終わった。
④メアリー・ウェルシュ:母性的な女性。横暴な命令にも忠実に従う、優しく忍耐強い女性。夫のあらゆる欠点を受け入れれ、添い遂げた。
・ヘミングウエイの回想記では、ハドリーに対してだけは、別れた後も特別な思いをもる続けていた。
【ほどよい距離がとれない】
・愛着障害における対人関係の特性は、相手との距離が近すぎるか、遠すぎるか、どちらかに偏ってしまい、ほどよい距離がとれないということである。
・相手との距離を調節する土台となっているのが、その人の愛着スタイルである。
・回避型:親密な距離まで相手に近づくことを避けるため、対人関係が深まらない。
・不安型;距離をとるべき関係においても、すぐにプライベートな距離に縮まってしまい、親しくなることイコール恋愛関係・肉体関係ということになる。
・混乱型:最初はよそよそしかったり、打ち解けなかったりするが、個人的なことを少し話しただけで、急速に接近し、恋愛感情に走ってしまうことが起きやすい。
【傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすい】
・このネガティブな反応には二つのパターンがある。
・一つは、ストレスを自分に対する攻撃と受け止め、すぐさま反撃行動に出るというものである。暴力的な行動で他人に対して怒りを爆発させる。
・もう一つは、その反撃が自分自身に向かい、自分を傷つける行動に走る。典型的なものは、うつや不安である。感情を抑えがちな我慢強い人に、こうした反応が起きやすい。
・症状となって表れた段階を「疾患」として捉えるのが、現在の診断体系であるが、最終段階を云々するだけでは、病的なプロセスを防ぐことにはならない。ドミノ倒しの最初の段階に関わっているのが、愛着障害であり、最後の段階が、さまざまな「疾患」なのである。
【ストレスに脆く、うつや心身症になりやすい】
・愛着は、心理的のみならず生理的な機能の発達にも関与している。しばしば、神経過敏で、自律神経系のトラブルに見舞われやすい。(夏目漱石は→神経衰弱、胃潰瘍。太宰治→不眠症、薬物依存症)
・画家の例:ルノワール、モネ→安定型 ゴッホ、ユトリロ、モディリアニ→不安定型
【非機能的な怒りにとらわれやすい】
・安定型の人の怒りは、建設的、問題解決的であり、敵意や憎しみは、個人ではなく問題そのものに向けられる。
・不安定型の人の怒りは、相手を精神的・肉体的に痛めつけることに向けられがちである。
破壊的な効果しかない怒りを「非機能的怒り」と呼ぶ。
【過去にとらわれたり、過剰反応しやすい】
・非機能的な怒りにみられやすい特徴は、傷つけられたことに長くとらわれ続けることである。水に流してしまえば済むことが、それでは気が収まらず、何年も何十年も不快な思いに心を乱し、人生を空転させてしまうことも起きる。
・傷にとらわれてしまうのは、愛着に傷を抱えた人の特性とも言える。
・愛着の傷は、もう一つの特性を生みやすい。それは、過剰な反応をしやすいということである。思い込みが激しいところもある。ありのままの相手ではなく、自分の記憶のなかの存在に重ねてしまい、そこからくる思い込みによって相手を即断してしまうのである。
【「全か無か」になりやすい】
・愛着障害は、全か無かの二分法的な認知に陥りやすい。好きと嫌いがはっきりしすぎて、嫌いな人にも良い点があるということを認められない。こうした傾向は、対人関係を長く維持することを困難にする。
・夏目漱石の作品、生き様は、その典型的な例である。
【全体より部分にとらわれやすい】
・愛着障害の人は、全体的な関係や視点ではなく、部分に分裂した関係や視点に陥りやすい。相手からどんなに恩恵を施されても、一度不快なことをされれば、それ以外のことは帳消しになって、相手のことを全否定してしまう。→「部分対象関係」(メラニー・クライン)
・これは乳児にはふつうにみられるが、成長とともに相手を全体的な存在としてみることができるようになる。→「全体対象関係」
・クラインの「対象関係」を、ボウルビィは「愛着」として捉えなおした。部分対象関係から全体対象関係への移行は、愛着の成熟を表しているとも言えるが、その過程において、もっとも重要なのは、相手に「心」や「人格」という言葉で表現されるような統合的な存在を感じられるようになるということである。
・部分対象関係と全体的対象関係を隔てるものは、「相手の気持ちがわかるかわからないか」ということであり「共感性が芽生えているか」ということである。
・愛着障害の人は、相手の気持ちに対する共感性が未発達な傾向を示す。相手の立場に立って、相手のことを思いやるということが苦手になりやすい。幼いころ、共感をもってせっしてもらうことが不足していたことと関係しているだろう。
・恋愛関係において、特有の歪みを生じやすい。愛情の対象となるのは、相手のごく一部分であることも起こり得る。相手の肉体だけ、容姿、家柄、学歴だけに特別な関心を示すこともある。
【川端の初恋】
・川端の初恋は、同じ寄宿舎の下級生であった。その少年の、肉体の部分に愛着したことが、「少年」という作品に残されている。
・部分への執着を極限まで追求すると「眠れる美女」のような幻想に行きつくことになる。【ヘミングウェイと闘牛】
・「私は牛を牛以外のものと思ったことはありませんよ。私は動物に愛着をもったことなどありません」(「並はずれた生涯;アーネスト・ヘミングウェイ」)
・愛着障害の人には、ときとして、残酷趣味や動物虐待の傾向がみられることがある。その根底には、歪められた攻撃性の問題と、共感性の欠如が関わっている。
・感受性の極度の低下は、危険に対する無頓着という形でもみられる。危険に対する極度の鈍感さは、重度の回避型愛着の人にみられやすい。
【意地っ張りで、こだわりやすい】
・愛着障害の人の重要な特徴の一つは、過度に意地を張ってしまうことである。非機能的な怒りと同じ意味で、非機能的な執着と言えるだろう。
・不安定な愛着環境で育つと、自分にこだわることで、自分を保とうとする。親が不安定な愛着スタイルの持ち主の場合には、親自身も柔軟性を欠き、子どもに対して無理強いや支配的な対応になりがちなため、子どもも同じようなスタイルを身につけやすい。
・愛着障害の根が深いほど、さらに天邪鬼な反応がみられるようになる。「甘えたい気持ちを我慢すると、反抗したくなる」
・柔軟性の乏しさは、厳格さや不寛容さにも通じる。ある真理実験では、不安定型愛着スタイルの人は、自分の価値観や道徳観から外れている人に対して「厳しく罰するべきだ」という意見を多く述べた。
・他人の評価においても、不安定型の人は、先入観に縛られ、感情的な反応を起こしやすい傾向がみられた。


【感想】
・ここまでは、愛着障害の特性、病理のいくつかについて述べられている。要するに、①親と確執を抱えるか、過度に従順になりやすい。②信頼や愛情が維持されにくい。③ほどよい距離がとれない。④傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすい。⑤ストレスに脆く、うつや心身症になりやすい。⑥非機能的な怒りにとらわれやすい。⑦過去にとらわれたり、過剰反応しやすい。⑧「全か無か」になりやすい。⑨全体より部分にとらわれやすい。⑩意地っ張りで、こだわりやすい。という「特性」である。また、それらの「特性」がどのような「病理」を生み出すかについても、いくつかの事例が挙げられていた。
・これらの特性は、誰もが自分を反省するとき、いくつかは思いあたることがあるのではなかろうか。私は、宅間守、宮崎勤、川崎の少年A、佐世保の少女といった人物が思い浮かぶ。他ならぬ私自身の中にも、そのような特性が秘められていることは間違いない。それは生後5か月で母親を亡くした生育史からも、私自身が不安定な愛着スタイルを抱えていることは明らかであり、十分に納得できることばかりであった。では、それらの特性が「病理」にまで進行しなかったのは何故か。おそらく、「父親への愛着」が形成されていたから、と思う他はないが、それも14歳までのことであった。私は、中原中也の場合と同様、「世間体を気にする」父親に反抗し、「意地っ張りで、こだわりやすい」、天邪鬼な
性格を今も持ち続けている。また、それ以外にも「全か無か」「全体より部分にとらわれやすい」といった特性は、私の人格形成に大きく関与していると思われる。本書の第六章では「愛着障害の克服」について述べられている。期待を込めて先を読み進めたい。(2015.9.28)