梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・12

《第4章 愛着スタイルを見分ける》
【愛着スタイルが対人関係から健康まで左右する】
・それぞれの愛着スタイルは、「作業モデル」と呼ばれる行動のプログラムをもっている。それは、幼いころからこれまでの人生のなかで作り上げられてきた、行動や反応の鋳型であり判断基準である。
・このプログラムの特異な点は、心理学的な解釈や行動選択に関わるだけでなく、ストレスに対する耐性のような生理学的な反応までも左右し、健康や寿命にも大きく影響する。・愛着障害は、不安定な愛着スタイルを抱えた人の問題であるが、愛着スタイルは、すべての人が関係する問題である。
【大人の愛着スタイルを診断する】
・大人の愛着スタイルの判定には、二つの方法が行われている。一つは、成人愛着面接である。
・もう一つは、質問紙による検査で「親密な対人関係尺度」と呼ばれるものである。愛着不安と愛着回避のスコアが、それぞれ高いか低いかによって、四つのカテゴリーに分類される。いずれも低い場合には「安定型」、愛着不安が強く愛着回避が弱い場合は「不安型」、愛着回避が強く愛着不安が弱い場合は「回避型」、両方とも強い場合は「恐れ・回避型」と判定される。
【ストレスが高まったとき、人を求めますか?】
・不安型の人は、愛着行動が過剰に増加する。
・回避型の人は、ほとんど増加しないか、減ってしまうこともある。
・安定型の人は、ほどよく増加する。
【つらい体験をよく思い出しますか?】
・不安型の人は、(怒りや不安という感情を伴って)すぐに思い出す。楽しい経験は思い出せない。
・回避型の人は、思い出すのに時間がかかる。(傷ついた体験を極力避けようとする。)
・安定型の人は、不安型と回避型の中間である。
【愛する人のために犠牲になれますか?】
〈ある研究では〉
・安定型の人は、自分が犠牲になってもいいと答える傾向がみられた。
・不安定型の人は、嫌がったり、躊躇ったりする気持ちが強くみられた。しかし、自分の価値観や信念のためなら死んでもいいと答えた人が多かった。
【愛着スタイルと仕事ぶり】
・安定型の人は、仕事に対して積極的で問題もなく、満足度も高い。仕事に対人関係の問題をもちこまない。
・不安型の人は、仕事においても愛着と関連した行動が多く、そのことに大きな関心とエネルギーが割かれる。仕事上の成功、失敗は、単に仕事の問題ではなく、自分が受けいれられるか、拒否されるかという対人関係の問題にすり替わりやすい。肝心な仕事自体がおろそかになることも起きる。仕事をうまくやりこなせているかどうかに自信がもてない。平均よりも給与が低い傾向がみられる。
・回避型の人は、仕事上の問題よりも、同僚との軋轢が多く、孤立を招きやすい。同僚に対して関心が乏しかったり協調性に欠けるためである。
・不安定型の人は、仕事の満足度が低く、仕事のストレスや燃え尽きも多い。家族との関係が不安定で、足を引っ張られてしまうことが起こりやすい。
【対人関係か仕事か】
・不安型の人の関心は、何をおいても対人関係に向けられる。人から承認や安心を得ることが、きわめて重要だからである。
・回避型の人は、対人関係よりも仕事や勉強や趣味に重きをおく。対人関係のわずらわしさを避けるために、仕事や勉強に逃げ場所を求めている面もある。世間に向けての自立の体裁を整え、社会的な非難や家族からの要求を回避するために利用している面が強かったりする。仕事や社交、レジャーなどをバランスよくとるのも苦手で、仕事に偏りがちな傾向もみられる。
【愛着スタイルと攻撃性】
・回避型の子どもは、敵意や攻撃行動が多いが、若者や大人においても当てはまる。
・不安型の子どもは、母親に対する強い依存とともに、抵抗や攻撃が特徴的に認められる。欲求不満からくる怒りを母親にぶつけるのである。こうした傾向は、若者や大人の不安型の人にも認められる。彼らの攻撃性は、親やパートナー、子どもといった身内に向けられる。(家庭内暴力)
・不安型の人では、パートナーからの支えを必要としている間は怒りが抑制されるが、支えが必要なくなると、怒りが爆発する。
【健康管理に気を配る方ですか?】
・安定型の人は、健康を維持するために、運動をしたり、食事に気を使ったりということに熱心に取り組む傾向がみられる。
・不安型の人は、きちんとした健康管理を行っていない傾向がみられる。痛みに弱く、不調や苦痛を感じやすい。些細なことでも大騒ぎする。
・回避型の人は、健康管理に無頓着な傾向がみられる。自分の症状やストレスについてあまり自覚がないので、病気が進んで初めて気がつくということになりがちである。身体疾患の罹患率が高い傾向がみられる。(例;潰瘍性大腸炎)
・恐れ・回避型の人は、病院に行くのを億劫がり、治療をちゃんと受けない傾向がある。
【喪の作業の仕方がちがう】
・安定型の人では、故人への愛着を保ちつつ、それを緩やかに薄れさせていくことができる。
・不安型の人は、喪の作業が遷延化して長期化しやすい。悲しみや喪失感はふつうの人よりも大きい。存命中とは対照的に、故人を理想化して回想する傾向がみられた。
・回避型の人は、喪の作業そのものが欠如する傾向がみられる。涙も流さず、割と平然としていることもある。しかし、体の変調となって表れることが多い。故人のことを否定的に語る傾向がみられる。
・恐れ・回避型の人は、喪の作業が困難で不安定なものになりやすい。不安や抑うつ、悲嘆反応が強く表れ、心的外傷様の反応もみられる。アルコール依存に逃避するということも多い。
【愛着スタイルは死の恐怖さえも左右する】
・不安型の人は、死の恐怖や不安を抱きやすく、死について考えることも多い。死を恐れる理由として「私が死んだら、私のことは忘れられてしまう」「死んだらあの人にもう会えない」というように、死を対人関係の延長のなかで位置づける。
・回避型の人は、死に対する恐怖が小さい傾向がある。死を恐れる理由として「死んだらどうなるかわからない」というように、自分の人生を自分でコントロールできないので厄介だと感じるのである。
・安定型の人は、死を肯定的、建設的に乗り越えようとする。子どもや次の世代に関心や愛情を注いだり、創造的な活動や社会貢献に努めようとする。


【成人愛着面接では、親との関係に焦点を当てる】
・成人愛着面接の特徴は、親(養育者)という愛着対象との関係に焦点を当て、それが心のなかで、どのように整理されているかをみる点である。
【成人愛着検査(自己診断用】
①あなたの親(母親、父親、それ以外の養育者)との関係で思い浮かぶ形容詞を、五つ答えてください。■母親 ■父親 ■その他
②いま、答えた五つの形容詞の一つ一つについて、それを具体的に表す子ども時代の経験を答えてください。
③あなたが子どものときに、困ったり、病気になったり、怪我をしたときに、親はどんな反応をしましたか。
④もし、あなたが、子どものころ、親(養育者)と離ればなれになったり、死別した経験があれば、そのことをあなたはどんなふうにかんじていましたか。
⑤もし、あなたが、親(養育者)との関係で、心が傷つくような経験をしたとすると、それはどんなことですか。
⑥親(養育者)に対するあなたの気持ちが変化したということはありますか。あるとすれば、どんな変化ですか。
⑦親(養育者)に対するあなたの現在の気持ちは、どんなものですか。
《検査結果をどのように判定するか》
・この検査の眼目とするところは、被験者が子ども時代に、親(養育者)との関係で、どの程度一貫性のある心理的体験をしたかをみることである。その程度によって、三つのタイプのどれにあてはまるかを判定する。⑴自律型 ⑵愛着軽視型 ⑶とらわれ型
・自律型は、①で答えたそれぞれの形容詞について、それが表す具体的な体験を豊かに思い出して語ることができる。子ども時代の体験に対して一貫した態度を示し、過去や現在の親との関係について客観的に振り返ることもできる。ネガティブな体験に対しても、共感や許しの気持ちを示し、親に対して肯定的に語る。
・愛着軽視型は、一応ポジティブな形容詞で表現するが、それを具体的に表す経験について、生き生きと思い出すことができない。幼少期の記憶が乏しい。親(養育者)との関係については、大して重要なことではないという態度を示す。
・とらわれ型は、子ども時代や親(養育者)との関係について客観的に振り返ることが困難である。今なお恨みや怒りを引きずっており、質問に対しても曖昧な答えしか返さなかったり、質問されることで不機嫌になったりする。
・以上の三つのタイプに当てはめるのが難しい場合は、⑷分類不能型とする。
・分類不能型も、自律型ではないという意味で、判定の意義がある。克服の途上にある場合、タイプの混在が起きて分類不能型を呈することがある。複数の親、養育者に対して、それぞれタイプが異なるという場合もある。
・もう一つチェックすべき点は、④と⑤の質問、親(養育者)との離別(死別)や外傷的体験についての質問に対する反応である。この質問に対して、混乱や沈黙、拒否的な反応を示した場合は、⑸未解決型と判定する。未解決型は、これまでの四つのタイプのどれかに重複して診断される。
【子ども時代の愛着パターンとの関係】
・自律型の人は、安定型の愛着スタイルに相当し、愛着の問題はおおむね認められない。
・愛着軽視型の人は、回避型に相当する。脱愛着の傾向を示し、過去の傷つき体験を記憶から切り離し、蓋をすることで、心の安定を保っていると言える。人に頼らず、自分の力だけを当てにし、独立独歩型、一匹狼型のライフスタイルをとりやすい。親密な関係を避けたり、人を信頼しなかったり、権力や業績や金の力といったものを信奉することで、自分の価値を守ろうとするのである。
・とらわれ型は、不安型に相当し、子どもの抵抗/両価型に対応する。親(養育者)との傷ついた関係が、今も生々しく心を捉えており、親を求める気持ちと憎んだり拒否したりする気持ちとが葛藤している状態にある。傷を受け止め。乗り越えるということが、まだできていない。親以外の対人関係においてもアンビバレントな感情にとらわれたり、過剰に傷ついたりして、不安定になりやすい。
・幼いころの混乱型は、その後の対応次第で、どの愛着スタイルにも分化し得るが、とらわれ型になることが多い。虐待や対象喪失などによる心の傷が深いと未解決型の愛着スタイルも合併しやすい。両者が合併したケースは、大部分、境界性パーソナリティ障害や、その状態になりやすい傾向を抱えている。愛する人との別離といった愛着不安が強まる状況で、再び混乱を呈しやすい。


【感想】
・この章では、「大人の愛着スタイル」を診断する方法について、述べられている。その一つは、「親密な対人関係体験尺度」と呼ばれる質問紙による検査である。「1 積極的に新しいことをしたり、新しい場所に出かけたり、新しい人に会ったりする方ですか」という質問に①はい、②いいえ、③どちらとも言えない、と答える形で、合計45の質問が設定されている。その結果を集計すると、被験者の愛着スタイルが「安定型」「不安型」「回避型」「恐れ/回避型」に分類される仕組みになっている。私は、これまで自分自身をはじめ数人に実施したが、その結果は極めて明確に出たように思う。ちなみに、私自身の愛着スタイルは「回避ー安定型」(愛着回避が強いが、ある程度適応力があるタイプ)であった。
 もう一つは「成人愛着面接」と呼ばれる面接検査である。この検査は、相手との信頼関係がよほど親密にならないと、実施が難しいだろう。質問の内容は、プライバシーや外傷的体験にも触れており、問題の核心を直視せざるを得なくなるからである。日常的な面談(雑談)のなかで、折に触れてそれとなく話題にしながら、時間をかけて答えてもらうような配慮が必要だと思った。
 いずれにせよ、その人の「愛着スタイル」を究明することは有効であることに変わりはなく、その結果が「愛着障害の克服」につながることは間違いない、と私は確信している。期待を込めて、次を読み進めたい。(2015.9.29)

「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・11

【自分を活かすのが苦手】
・不安定愛着型の子どもは、自分の可能性を試すことについて、過度の不安を感じたり、投げやりで無気力になったり、最初から諦めていたりしがちである。その結果、自分の可能性の芽を摘んでしまうことも多い。
・愛着障害の人は、自分の潜在的な能力を活かせていないことが多い。
【キャリアの積み方も場当たり的】
・回避型や不安型の愛着を示す若者の場合、キャリアの選択がなかなかできず、かといって十分な模索をするわけでもない。わずかな見聞や情報だけで決めてしまうという傾向がみられている。自分の選択に対する満足度も低い。
【依存しやすく過食や万引きも】
・愛着障害の人が、自分を支えていくためには、何らかの対象に依存するしかないが、それは麻薬的な悪い依存になりやすい。
・⇒アルコール、薬物、食べること、買い物、恋愛、セックスといった快楽行為
・⇒物への異常な執着→物、お金を「愛情の代用品」にする→万引き
【ヘミングウェイと依存症、うつ】
・ヘミングウエイは生涯、アルコールや恋愛への依存症があり、うつや猜疑心に付きまとわれ、自殺にまで追い込まれた。
【青年期に躓きやすい】
・不安型の人は、慣れ親しんだ人たちと別れ、自分だけを頼りに見知らぬ環境で暮らしてかなければならないということが、強いプレッシャーとなりやすく、情緒的な混乱をしばしば引き起こす。
・回避型の人は、失敗を恐れるあまり過度に防衛的になり、思いきりよくチャレンジしたり、難しい課題に取り組むことを自分から避けてしまうので、実力が発揮されにくい。
【子育てに困難を抱えやすい】
・二つのパターンがある。①子どもが嫌いで関心がない。②子どもが好きだが上手に愛せない。どう接したらいいかわからない。
・スティーブ・ジョブスは、クリス・アンという女性と親密になったが、アンが妊娠すると、中絶をせまり、彼女がそれを拒むと、関わりを一切絶ってしまった。
・夏目漱石、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治らは、みな子どもに対して関心が乏しいか、上手に愛せない人たちであった。
・愛着障害の人は、子どもとの関係が安定した絆として維持されにくく、わが子でありながら疎遠になってしまったり、憎しみ合う関係になることもある。
・逆に、自分の世話係や相談相手にすることで子どもに依存し、孤独や満たされない思いを紛らわそうとするケースもある。子どもは親に縛られ、自立が妨げられてしまう。
【良い父親ではなかったヘミングウェイ】
・最初の妻との間に生まれた息子ジョンは、ヘミングウェイの離婚後、母の手に委ねられ、母の離婚後、再びヘミングウェイの元に戻された。(最悪の養育環境)
・二人目の妻との間にできた二男パトリック、三男グレゴリーの世話は、妹や乳母に任せっきりで夫妻は二人だけで旅行した。
・表向きは、包容力のある良いパパを演出しようとしたヘミングウエイだが、その実態はひどくお粗末で、最悪の父親ぶりであった。
【父親になることをしり込みしたエリクソン】
・エリクソンは不義の子として生まれたため、実の父親が誰か知らないまま育った。
・愛着障害を抱えているジョアンと親密になったが、彼女が妊娠していると、すっかり狼狽し「永続的な関係を築くことへの不安」にとらわれ、結婚を逃れようとした。
・しかし、友人に説得されて結婚、家事・育児はジョアンに任せっきりだったが、ジョアンは自立し、エリクソンを支えた。
・家庭では「邪魔者」「問題児」扱いしかされなかった二人だったが、理想的ともいえる家庭を築くことができた。
【アイデンティティの問題と演技性】
・愛着障害があると、アイデンティティの問題も生じやすい。愛着は、安心感を与える土台であり、そこが障害を受けると、「自分が自分である」ということに確信をもちにくくなる。
・アイデンティティは、集団の一員としてのアイデンティティ、性のアイデンティティ、自分という存在としてのアイデンティティなど重層性をもつ。これらさまざまな次元のアイデンティティにおいて問題を生じやすい。
・「自分が自分である」ことに違和感があると、無理をしているという感覚をともないやすい。その結果、ある役割を本心から果たすのではなく、「演じている」という感覚をもちやすくなる。
【道化という関わり方】
・不安定型愛着の人は、三枚目やオッチョコチョイや道化役を演じることで、周囲から「面白い人」「楽しい人」として受けいれられようとする。
・道化役を演じてしまう人は、自己卑下的な傾向が強く、その根底には自己否定感がある。自分を粗末に扱うことで、相手に気を許してもらおうとするのである。他者に対する一つの媚びであるが、そうしないでは生きてこれなかった子ども時代の境遇が、そこに反映されている。
・「人間失格」(太宰治)
・一方で、辛辣、シニカルな毒舌や乾いたユーモアをみせる人もいる。
・両者に共通するのは、人生や世のなかに対して第三者のように関わっているということである。どこか超然とした達観があり、自分が対等なプレイヤーとして加わることを、最初から諦めている。
【内なる欠落を補うために】
・自分自身に対する違和感は、自分の欲望や喜び、満足感といった感覚がわからなくなる失感情症(アレキシサイミア)として表れることもある。
・「自分には『空腹』という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです」(「人間失格」太宰治)
・安全基地をもたず、自分の欲求や感覚よりも、周囲への気づかい の方に全神経を注ぎ込み、空腹を満たすという本能的な喜びにさえ気持ちを注ぐことができない。
・失感情症は、他人と喜びや悲しみを共有することの困難に通じる。共感したくても、それを実感できないから、共感しようがないのである。不安定で確かなものがない感覚のなかで、愛着障害の人が拠り所とするのは、演じるということであり、それによって、ぽっかり空いたバツの悪い間をうめようとするのである。
・演じることに密接に関係した問題行動は虚言である。自分という存在の薄さを、作り話によって補う意味がある。嘘で装うことで、自分が願望する存在や相手に気に入られる存在になろうとするのである。
【反社会的行動の背景にも多い】
・愛着障害を抱えた子どもには、物を盗んだり、壊したり、弱いものをいじめたりといった、反抗やいたずらといった問題行動がしばしばみられる。
・実際、非行に走る少年少女の大部分は愛着障害を抱えている。
・「エミール」の著者・ルソーには「盗癖」があった。
・愛着障害の人にみられやすい犯罪行為の代表は万引きや盗みである。盗みは、愛情を得る代償行為になっていたり、愛情を与えてもらえないことの仕返しとして行われることもある。恵まれない境遇にある自分の当然の権利として、あるいは反抗の証しとして、確信犯的に人の物を盗るようになる。
【ジャン・ジュネという奇跡】
・ジャン・ジュネの傑作でサブテーマとなっているのは、盗癖とホモセクシャルであり、そこには彼自身の人生が反映されている。彼は愛着障害が陥りやすい危険を、極端な形で症状化してみせると同時に、それを克服する道程を、われわれに示してくれた。
・未婚の母のもとに生まれたジャン・ジュネは7か月後、遺棄され、家具職人一家の里子になった。養父母は優しく寛大であったが、ジャンの盗癖がはじまり次第にエスカレートしていった。
・ジャンは、里親のもとを去った後、何度も落ち着くチャンスがあったにもかかわらず、盗みや放浪を繰り返しては、感化院や刑務所を行き来するようになった。
・ジャン・ジュネの本当の奇跡は、作家として成功したことよりも、彼が泥棒として人生を終えなかったことだ。
・ジャン・ジュネは小説家から、ヴェトナム反戦やパレスチナ問題、黒人問題など、マイノリティの立場に立つ政治活動に身を投じていった。それは「搾取する連中から盗んでやらないといけないんだ」と語っていた少年が、社会と折り合いをつけた姿だったのだろう。
【安住の地を求めてさまよう】
・愛着障害の人のなかには、家出や放浪を繰り返す人がいる。出家したり、遁世をしたりというケースもある。
・その代表は、ゴータマ・シッダルタ、すなわち釈迦である。
・釈迦の遍歴において、母親的な女性との出会いをみることができるが、それは性愛的な煩悩が超越した慈愛へと高められ、それに一体化することで、悟りにいたる。それは、釈迦が母親として求めたものの、究極の形だったのではないだろうか。
【性的な問題を抱えやすい】
・愛着障害の人は、性的な問題を伴いやすい。愛着は対人関係の基本であると同時に、性愛も愛着を土台に発達するのである。愛着障害は対人関係に影響を及ぼすのと同じように、性愛にも、さまざまな形で皺寄せがくる。
・愛着障害が生じる環境では、母親は妊娠中から、あまり恵まれた状況にないことが多く、高いストレスによって、妊娠中のホルモン環境が胎児の成長に悪影響を及ぼす危険が増大するのである。(男児の妊娠中に、母親が強いストレスを浴びたり、ある種の薬物を服用していると、胎児の精巣から分泌される男性ホルモンの量が少なくなる。これは性同一障害や同性愛傾向を生む要因となる)
・また、愛着障害の子どもでは、混乱した性的障害を幼いころから受けてしまうというケースも少なくない。母性的な愛情への憧れと性愛の混乱がみられたり、男女の役割の倒錯がみられたりしやすい。
・ジャン・ジュネ:「女性に魅力を感じたことは、一度もない」
・夏目漱石;女装癖
【ルソーの変態趣味】
・ルソーにも性倒錯的な趣味があった。
・母親が子どもに対して冷淡だったり、虐待を加えたりした場合、子どもは女性に対して強い敵意を抱くようになり、非常に歪んだ形でしか女性を愛することができなくなることもある。(サディズム、幼児性愛)
・性的倒錯の背景には、ほとんど例外なく愛着障害がみられる。
【谷崎潤一郎の女性観】
・谷崎純一郎も、特異な愛着障害を抱えていた。
・谷崎の描く世界では、相互的な愛よりも、一方的な献身やマゾヒズム的犠牲こそが、愛の本質なのである。「痴人の愛」「卍」「春琴抄」「少将滋幹の妻」
・谷崎の幼年期の特徴は、甘やかされて過保護に育てられたということと、肝心の母親の愛情が欠けていたというアンバランスさに要約できるだろう。三島由紀夫の幼年時代の境遇と共通している。(三島は谷崎の作品を高く評価している点が面白い)
【親代わりの異性と、ずっと年下の女性】
・愛着障害を抱えた人は、しばしば親代わりの存在を求める。ずっと年上の異性が恋人や配偶者となることも珍しくない。逆に、ずっと年下の異性に親のように振る舞うことで、自分が欲しかった存在になろうとすることもある。
・男性の場合、成熟した女性への忌避もある。母親との関係が不安定で、母親に対する憎悪や過度の理想化があると、通常の恋愛や愛情を伴った肉体関係が困難となるのである。
・喜劇王チャールズ・チャップリンは、ずっと年下の女性を好んだことで知られている。
・乳飲み子だったころから母親が忙しかったうえに、その後(父親と離婚)ずっと不安定な母親を見て育ったことで、チャップリンは愛着不安の強い、不安定型の愛着スタイルを抱えることになった。
・また、チャップリンの人生に欠落していた父親という存在は、その欠落ゆえに憧れとなった。はるかに年下の女性を妻にすることは、父親を求める願望を、逆に自らが父親的な存在として振る舞うことで、代償するものである。同じく父親の不在という心のすき間を抱えていたウーナ・オニールとの結婚が、37歳という年齢差を超えて、稀に見る幸福なものとなりえたのは、まさにその点に秘密があったように思える。
【誇大自己と大きな願望】
・偉大な人物には、愛着障害を抱えているケースが少なくない。
・誇大自己は、幼い時期にみられる自己愛の一形態である。自らを神のように偉大な存在と感じ、万能感や自己顕示性、思い通りにならないときに表れる激しい怒りを特徴とする。
・コフートによると、誇大自己の願望がほどよく満たされ、またほどよく挫折を味わうことで、バランスのとれた段階へと成熟していく。しかし、何かの理由で、急激に挫折を味わうと、誇大自己の段階にとどまり続けてしまう。それは愛着障害で起きることに他ならない。
・誇大自己が残ったままの愛着障害の人は、誇大自己の願望を、現実とは無関係に膨らまし続けることで、傷ついた自己愛を保とうとするのである。それが、大きな理想を実現し、逆境をはねのける原動力となっている側面もある。
・しかし、それは両刃の剣でもある。
【高橋是清の『強運』】
・高橋是清は、生まれてまもなく里子に出され養家で育ったが、「自分は運のいい子だ」という信念をもつようになったという。
・外国人の商館で下働きをし、外国に渡ったが、奴隷に売り飛ばされた。しかし、彼のなかには楽天的な万能感が、艱難辛苦を不思議と乗り越えさせた。
・無鉄砲で騙されやすい性格は容易に治らず、大借金を抱えるなど浮き沈みの激しい人生を送った。彼の「強運」は、危険な目にそれだけ遭遇したということであり、無防備な人生を歩んだということにほかならない。
【独創的な創造性との関係】
・作家や文学者に、愛着障害を抱えた人が、異様なほど多い。(夏目漱石、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治、三島由紀夫)日本の近代文学は、見捨てられた子どもたちの悲しみを原動力にして生み出されたとも言えるほどである。
・「欠落」を心のなかに抱えていなければ。直接に生産に寄与するわけでもない創作という行為に取りつかれ、人生の多くを費やしたりはしないだろう。書いても書いても癒し尽くされない心の空洞があってこそ、作品を生み出し続けることができるのだ。
・芸術の分野以外でも、政治や宗教、ビジネスや社会活動の領域で、偉大な働きや貢献をする人は、しばしば愛着障害を抱え、それを乗り越えてきたというケースは少なくない。愛着障害の人には、自己への徹底的なこだわりをもつ場合と、自己を超越しようとする場合がある。その二つは、表裏一体ともいえるダイナミズムをもっている。自己へのこだわりを克服しようとして、自己超越を求めることは多いが、同時に、自己に徹底的にこだわった末に、自己超越の境地に至るということも多いのである。
・彼らの行動や思考が、独創性や革新性をもたらすということは、彼らが「親という安全基地をもたない」ということと深く関係しているように思える。いきなり社会の荒波に放り出されて生きてきたようなものであり、その困難は大きい。しかし親という安全基地は、しばしばその人を縛りつけてしまう。そこが安全であるがゆえに、あるいは親に愛着するがゆえに、親の期待や庇護という「限界」にとらわれてしまうことも多い。親が設定した「常識」や「価値観」にがんじがらめにされ、常識的な限界を超えにくいのである。愛着が不完全で、安全基地をもたない場合には、そこに縛られることがないので、まったく常識を超えた目で社会を見たり、物事を感じたり、発想することができやすい。これが、独創性という点で、大きな強みを生むのである。
・創造とは、ある意味、旧来の価値の破壊である。破壊的な力が生まれるためには、旧来の存在と安定的に誼を結びすぎることは、マイナスなのである。親を代表する旧勢力に対する憎しみがあった方が、そこから破壊的なまでの創造のエネルギーが生み出されるのだ。
・その意味で、創造する者にとって、愛着障害はほとんど不可欠な原動力であり、愛着障害をもたないものが、偉大な創造をを行った例は、むしろ稀と言っても差し支えないだろう。技術や伝統を継承し、発展させることはできても、そこから真の創造は生まれにくいのである。なぜなら、破壊的な創造など、安定した愛着に恵まれた人にとって、命を懸けるまでには必要性をもたないからである。
・漱石は東大教授という安定した地位を擲って新聞小説家になった。谷崎は東大を中退し作家活動に飛び込んだ。スティーブ・ジョブズは、大学を中退してドラッグ、放浪という遍歴を繰り返した。バラク・オバマは、大学卒業後、一流企業に就職せず、ソーシャル・オーガナイザーとして活動した。
・彼らの創造的な人生の原点にあるのは、既成の価値を否定し、そこから自由になろうとしたことである。彼らにそれができたのは、彼らが内部に不安定な空虚を抱え、常識的な行動によっては満たされないものがあったからだ。その源をさかのぼれば、愛着の傷ということに行きつくだろう。


【感想】
・以上で、「第3章 愛着障害の特性と病理」は終わる。
・筆者は、「親という安全基地をもたない」愛着障害のネガティブな特性(病理)として、①信頼や愛情が維持されにくい、②ほどよい距離がとれない、③傷つきやすい、④ストレスに脆い(うつや心身症の要因になる)、⑤非機能的な怒りにとらわれやすい、⑥過剰反応しやすい、⑦「全か無か」になりやすい、⑧全体よりも部分にとらわれやすい、⑨意地っ張りでこだわりやすい、⑩発達の問題を生じやすい(発達障害と診断されることも少なくない)、⑪自分を活かすのが下手、⑫キャリアの積み方も場当たり的、⑬依存しやすい(過食・万引き)、⑭青年期に躓きやすい、⑮子育てに困難を抱えやすい、⑯道化という関わり方をする、⑰反社会的な行動を生み出す、⑱安住の地を求めてさまよう(家出・放浪)、⑲性的な問題を抱えやすい、⑳親代わりの異性とずっと年下の異性、㉑誇大自己と大きな願望、を挙げている。
・私自身、生後5か月で母親と死別したので、「親という安全基地」は父親が代償したが、愛着は不十分であり、愛着障害を抱えて生きてきた、といっても過言ではないだろう。事実、小学校入学時の健診では「知恵遅れ」の疑いがあるとされ、再検査を受けた経験がある。また、入学後の学校生活になじめず、1か月ほどは「登校」を拒否した。以後の自分史をふりかえっても、「ほどよい距離がとれない」「傷つきやすい」「過剰反応しやすい」「全か無かになりやすい」「全体よりも部分にとらわれやすい」「意地っ張りでこだわりやすい」「道化という関わり方をする」といった特性は、自分の性格として思いあたる。また「安住の地を求めてさまよう」願望は、今でもある。
・一方、筆者は、愛着障害のポジティブな特性(可能性)についても述べている。それは、「親という安全基地をもたない」がゆえに、旧来の常識、伝統に縛られない破壊的なエネルギーが生み出す「革新性」「独創性」ということである。夏目漱石、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治、三島由紀夫らの例を挙げ、〈「欠落」を心のなかに抱えていなければ。直接に生産に寄与するわけでもない創作という行為に取りつかれ、人生の多くを費やしたりはしないだろう。書いても書いても癒し尽くされない心の空洞があってこそ、作品を生み出し続けることができるのだ。〉と述べている。私自身、「欠落」を心のなかに抱え、書いても書いても癒し尽くされない心の空洞があることはたしかであり、作品を生み出し続ける「真似事」もしているが、結果は「駄作の反古」が積み重ねられるばかりで、その可能性とは無縁であることがわかった。(2015.9.29)

「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・10

【発達の問題を生じやすい】
・子どもは愛着という安全基地があることで、安心して探索活動を行い、認知的、行動的、社会的発達を遂げていく。愛着は、あらゆる発達の土台でもあるのだ。愛着障害があると。発達の問題を生じやすい。
・安定した愛着の子どもは、自分一人では手に負え合い問題に対して、助けを求めたり、相談したりすることがスムーズにできる。しかし、愛着障害があると、自力で対処しようとして極限まで我慢し、結果的に潰れてしまうということが起きやすい。
・愛着障害を抱えた人では、向上心や自己肯定感が乏しい傾向がみられる。目標に向かって努力しようという意欲が湧きにくい。親を喜ばすために頑張ろうという気持ちを持ちにくい。
・愛着障害を抱えた偉人(夏目漱石、ミヒャエル・エンデ、ヘルマン・ヘッセ、スティーブ・ジョブズら)のなかには、子どものころ問題児で、いまなら「発達障害」という診断を下されたと思われるような人が少なくない。(ジョブズ→ADHD,エンデ→放火、ヘッセ→破壊、放火、自殺未遂
【発達障害と診断されることも少なくない】
・本来の発達障害は、遺伝的な要因や胎児期・出産時のトラブルで、発達に問題を生じたものであるが、愛着障害にともなって生じた発達の問題も、同じように発達障害として診断されている。両者を区別するのは、症状からだけでは難しい場合も多い。ごく幼いころに生じる愛着障害は、遺伝的要因と同等以上に、その子のその後の発達に影響を及ぼし得る。愛着パターンは、第二の遺伝子と呼べるほどの支配力をもつのである。
・アスペルガー症候群として診断された人が、実は、愛着障害だったというケースにも少なからず出会う。
・アスペルガー症候群が、遺伝的な要因に基づく障害だという、一般的な理解に従うならば、その人を、アスペルガー症候群と診断するよりも、愛着スペクトラム障害と診断した方が、事実をより正確に反映することになるだろう。
・愛着障害のケースに、発達障害の(対処・アプローチ)方法をそのまま当てはめようとしてもなかなかうまくっかない。
・発達障害があって育てにくいために、親との愛着形成がうまくいかず、愛着の問題を来している場合もある。自閉症の子どもの場合、母親との愛着の安定性を調べると、健常児の場合よりも、不安定型愛着の割合が高い。しかし、より症状が軽度な自閉症スペクトラムでは、健常児と比べて不安定型愛着の頻度には、違いが認められていない。発達障害があっても、愛着への影響は小さく、両者は別の問題として理解した方がよい。


【感想】
・ここでは「発達障害」と「愛着障害」の共通点と違いについて述べられており、私にとっては、極めて重要な部分である。共通点は《症状》であり、見ただけでは区別がつかない。筆者は「(より症状が軽度な自閉症スペクトラムでは)発達障害があっても、愛着への影響は小さく、両者は別の問題として理解した方がよい」と述べているが、それに含まれるアスペルガー症候群については「アスペルガー症候群と診断するよりも、愛着スペクトラム障害と診断した方が、事実をより正確に反映することになるだろう」とも述べている。矛盾していないだろうか。また、「愛着障害のケースに、発達障害の(対処・アプローチ)方法をそのまま当てはめようとしてもなかなかうまくっかない」と述べているが、では、「発達障害」のケースに、「愛着障害」の(対処・アプローチ)方法をそのまま当てはめようとした場合、うまくいくのだろうか。さらに、「(発達障害があって育てにくいために、親との愛着形成がうまくいかない)自閉症の子どもの場合、不安定型愛着の割合が高い」とあるが、どのような対処・アプローチを行えばよいのだろうか。
 いずれにせよ、「発達障害」か「愛着障害か」、「愛着障害」を伴う「発達障害」に対してどのようなアプローチをすればよいか、という問題は、親、関係者、専門家らの思惑が複雑に絡み合い、簡単に片づけることができない、というのが現状ではないか、と私は思った。(2015.9.28)