梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・11

《育児者の役割・意味形成》
【要約】
 現実に対する子どもの認知は、成人(多くは母親)との接触を通じて形成されていく。それは成人の側からの積極的な働きを契機としている。成人が子どもの行為を子どもにとって興味のあるものにするための手段として、成人はいろいろな働きかけを子どもに対して行う。その結果、子どもはその行為を現実対処の手段として積極的に利用することになる。子どもが現実を認知的に構成するためには、事実との直接的な接触だけでは不十分であり、育児者の働きかけや応答が不可欠である。
 はじめ、子どもの発声行動は伝達を意図するものではないが、これを聞く人は“話すー聞く”という対人関係としてこの発声をとらえる。“話しかけられた”ことがらを了解しようと努力する。しかも、母親に典型的にみられるように、乳児に対する成人の態度はきわめて「受容的」である。“話し手”である子どもの心を想定し、その中に侵入することによって、できるかぎり細部の“意味”を認めようと努力する。この推定に基づいて、子どもに対して適切だと思われる処置をとる。このとき、多くは談話による応答が生じる。この応答はそれ自身が子どもにとっては自発的発声に対する強化となるだろう。
 このような場面では、子どもの発声は、叫喚であっても非叫喚であっても、成人の処置に大差を生じさせることはないと思われ、いずれの場合にもその発声をつぎの機会には手段として用いるような傾向を強めることになろう。
 子どもの発声に対する母親の意味推測は、多くの場合、過大評価であり主観的であろう。それにもかかわらず、この推測とそれに基づく処置が子どもの言語発達にとって大きな意義がある。乳児の叫喚のある程度の偶然的な変化が種々の欲求や情動状態に対応するとか、このような心の状態を意図的に伝達しているとかいった育児者の判断は、客観的事実をいいあてていない場合も少なくないであろう。しかも育児者のこうした判断と処置が子ども自身をして育児者の判断に従う方向へとその発声の手段化をうながすであろう。このようにして、育児者の与える処置が単に強化をもたらすばかりではなく、発声行動手段化の具体的な方向を指示する主要因となると考えられる。


【感想】
 ここでは子どもの「言語発達」に不可欠な「育児者のありかた」について、きわめて重要な示唆が述べられていると、私は思った。
 その「ありかた」とは、①子どもの発声を見逃さないこと、②子どもの発声に対して“話しかけられた”と思うこと、③だから、子どもの発声に対しては、必ず育児者の「声で」応じること(そのことによって「話すー聞く」という談話の原型が形成される)、④育児者は、“話し手”である子どもの心を想定し、その中に侵入することによって、できるかぎり細部の“意味”を認めようと努力すること、⑤子どもの発声の意味推測を「過大評価」して「主観的」に行うこと、である。
 特に、⑤は重要であり、「育児者の判断は、客観的事実をいいあてていない場合も少なくないであろう。しかも育児者のこうした判断と処置が子ども自身をして育児者の判断に従う方向へとその発声の手段化をうながすであろう。このようにして、育児者の与える処置が単に強化をもたらすばかりではなく、発声行動手段化の具体的な方向を指示する主要因となると考えられる」という考察は、大いに参考になった。
 つまり、はじめ子どもは伝達を意図して発声するわけではないが、それを聞いた成人(育児者)の応答いかんによって、発声を伝達の手段として使えるようになるかどうかの分岐点になるということである。さらに子どもの発声には「伝えたい」ことがらがあると、主観的に判断して(例えば空腹、例えば喉が渇いた、例えば痛い、例えばびっくりした、例えば眠いなどなど)、子どもに応じれば、子ども自身はその判断に従って声を出すか、あるいはその判断が事実と異なった場合でも、さらに声を出して訴えるようになるだろう、ということである。育児者の判断は、まちがってもよい、勝手に判断してそれを子どもに伝え、子どもの反応を「受容」するゆとりが育児者には必要であるということが、よくわかった。
 自閉症児の「言語発達」について考える場合、①まず子どもの側の発声行動が活発に行われたか、②育児者は(母および家族)子どもの発声に対して「話しかけられた」と感じたか、その声に声で応じたか、③子どもの心を想定し、その中に侵入することによって、できるかぎり細部の“意味”を認めようと努力したか、④子どもの発声に対する意味推測が、客観的事実と異なることを恐れることはなかったか、異なったことで自分を責めることはなかったか、などについて実態を把握する必要があると思った。
(2018.3.10)