梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・6

Ⅵ 母親の行動と幼児ー母親の相互交渉《録音面接の際の母親の叙述とそのときの幼児ー母親相互交渉についての観察者による逸話記録に基づいた研究》
A はじめに
・録音面接時の母親の叙述は、面接時の観察者による幼児ー母親相互交渉の描写と比較された。それによって、一致を示した相互交渉が、この研究の知見として報告された。
B 特殊な感覚運動的様相と行動的状態を伴う母親の相互交渉
1 理論的基礎
・幼児の感覚運動のメカニズムは、行動の状態を統制するのに、母親により利用される。そのメカニズムは、授乳、おしゃぶり、抱くこと、運動、笑いをさそいかける音と、視覚的刺激作用などを含んでいる。行動の状態を統制するのに使われる多様な幼児と母親の感覚運動的相互交渉の観察は、興奮の増加と減少の面から幼児の出来事を記述することができる。
・母親ー幼児の均衡は、刺激作用となだめることの特殊なメカニズムにより作用する2つの系から考えることができる。これらの行動状態は、母親の違いにより、異なる反応がみられる。初期の精神構造は比較的単純であるため、これらの相互交渉は、観察可能な幼児と母親の感覚運動的相互交渉から得ることができる。
2 逸話的(面接)資料の使用
・臨床面接の1つの目的は、子どもがもっと小さかった頃の母親の様子について質問し、その頃のお世話行動、刺激パタン、母親と赤ん坊との特殊な(普通でない)相互交渉について、母親から資料を得ることにある。
・この研究で、母親の叙述は、幼児との相互交渉の特徴的なパタンについて知るために使われる。この種の情報は、十分な信頼性があるように思われる。
C 幼児ー母親相互交渉の感覚運動的パタン:子どもの世話の面でのこれらの使用の評価
・幼児ー母親交渉の6つのパタン(焦点)が、異常幼児群の16名の母親と普通幼児群のの16名について比較された。そのカテゴリーは、次のようなものである。
1.新生児の母親のすべての反応(授乳を含む)
2.幼児の泣き声に対する母親の最初の反応とその後の反応
3.あやすこととフラストレーション
4.抱くこと
5.ゴム乳首のようなおしゃぶりの利用
6.幼児との遊びと幼児のすべての楽しみ
D 新生児期の母親のすべての反応
1 最初の出産
・各群16名のうち8名のものが第1子であった。両群の母親は、強い心配、不安定感、無力感、不足感を経験した。泣き叫ぶ子をうまくなだめること、授乳に熟達すること、脆弱な子どもを扱うことの不安定に集中していた。
・8名の異常幼児の母親のうち7名のものが、このような反応を長い期間(3~7カ月)続けていた(普通幼児の母親は2,3日~2,3週間)。
・普通幼児の母親は、幼児から全面的に手を引くことに苦悩を感じ、幼児の世話を他の大人に代えること、泣くのをなだめるのにおしゃぶりを利用すること、授乳以外のときに抱くことが比較的少ないことを示した。
・異常幼児の母親は、生後の最初の1カ月の間における多くの苦悩を示し、子どもの泣き声を統制することに専念していた。そのために、子どもはよく抱き上げられた。
2 2番目の出産
・両群の各8名の幼児のうち各7名は、2人兄弟の2番目である。悩みの期間と不十分さの感情は、一時的であり、普通児群の母親にはそれがみられないこともあった。異常児群の母親は、本質的には、初産についての記述と同じ反応を報告した。
E. 授乳
・異常幼児群の授乳上の障害が、普通幼児群より、多く見られた。異常幼児の母親は、いつも、嘔吐、もどし、拒食、口中保持、弱い吸乳、反すうなどの摂食障害に直面していた。母親は余分な努力を強いられていた、
・異常幼児は、出生後3カ月の体重増加率の遅れが明白だった。
・普通幼児の母親は、おとなしくさせるために授乳と乳房などを吸わせることを利用した。おしゃぶりは、早くから与えられ、よく利用された。
・異常幼児群の母親は、子どもをなだめるために、授乳することは(摂食上の障害がある
ので)気がすすまなかった。
F. 幼児の泣き叫びに対する母親の最初の頃とその後の反応
・両群の母親は、幼児の泣き叫びに対処することの最初の失敗、無力感、不十分感など「共通」していたが、普通幼児群の母親は、(しだいに)余裕ができてきた。泣き叫ぶ原因を軽減するために、おしゃぶりを与えたりした。
・異常幼児群の母親は2つの異なった反応の型を示した。その1は、いつも子どもをなだめ、静かにさせるタイプであり、その方法は、長い時間抱いていることであった。その2は、泣き叫びに対し無関心と放置で対応した。これらの母親は、子どもを打つようになり、7カ月頃から回数も増加した。2人の母親は、赤ん坊が2、3カ月の頃、すでに打っていた。
・異常幼児群の母親は、しばしば、自分の怒りのコントロールを失っていた。
G. あやし静めること欲求不満
・子どもの泣き叫びは、2つの意味をもつ。「苦痛のサイン」と「満足の要求」である。・普通幼児群の母親は、あやしたりなだめたりすることに意識的葛藤(いつもあやされていると、赤ん坊はそれを期待し、要求するようになり、子どもをスポイルするのではないか)を示した。しかし「いつも満足させることは悪い」という自分の考えを実行してはいなかった。」 
・異常幼児群の母親の1つのグループは、泣き叫びを欲求不満のあらわれとして受けとっていないように思われた。泣き叫びは、その子どもがもはやどうしようもなくなったときにひどくなった。もう1つのグループは、「はやく強い子にする」「子どもの要求を無視する」という意識を抱くに従って、「何も感じない」か「無関心」かであった。
H. 抱くこと
・両群の母親とも、“抱くこと”に対して「否定的」であった。子どもに要求ぐせをつけ、わがままにして子どもをスポイルするというのである。
・しかし、実際の行動面では、両群の母親は異なっていた。普通幼児の母親は、遊びと授乳の間に抱いていたが、抱く時間の長さを考えて抱いていた。異常幼児の母親は、多くの時間を抱くことに費やし、料理や洗濯をするときさえ、泣き叫びを防ぐため抱いていた。I.II
I. おしゃぶりの使用
・哺乳びんとおしゃぶりが、普通幼児群の多くの母親に利用された。おしゃぶりは、子どもを抱くことの代わりになった。子どもと一緒に遊び、子どもをよく世話する母親は、おしゃぶりの利用回数が少なかった、
・おしゃぶりは、異常幼児群の母親では、まれにしか使われなかった。
J. 幼児との遊びと全体的楽しみ
・普通幼児群の母親は、幼児との楽しみと家族的参加について自発的な説明を示した。(抱くこと、ほほ笑みかけ、遊び、おしゃべりなど)このことは、異常幼児群の母親にはみられなかった。普通幼児群の母親は、授乳は楽しいと話したのに対し、異常児群の母親は、苦しい試練であると報告した。
・遊び、ほほ笑みかけ、話しかけが、普通幼児群の母親の働きかけの顕著な特徴であった。話しかけや母親の存在は、いらいらしがちな赤ん坊をなだめることになると考えた。赤ん坊のいらいらは、やさしく接してもらうことを求めており、赤ん坊が泣きさわいでいるとき、求めているのは、そばに母親がいること、話しかけることであり、遊びや抱くことを要求しているのだという見解が、普通幼児群の母親の共通のものであった。これらの態度と行動は、子どもが安静になることと、ほほえみ反応によって、いっそう強化された。赤ん坊の安静(ご機嫌)を維持するための方法として、音の出るものと見るものが重視された。
・異常幼児群の母親は、(自発的にも、質問されても)話しかけや、歌ってやることや、赤ん坊にふざけ、刺激することなどを想起しなかった。
 
《注》
 ここでは、「母親の行動と幼児ー母親の相互交渉」の《実態》が、普通幼児群の母親と異常幼児群の母親ではどのように異なるか、について述べられている。その内容を、かいつまんで要約すると、以下の通りである。
1 子どもが第1子の場合、両群の母親は、ともに強い心配、不安定感、無力感、不足感を経験したが、普通幼児群の母親では、それが早くて2,3日、長くて2,3週間で「解消」したのに、異常幼児群の母親は3~7カ月間「継続」した。
2 異常幼児群の授乳上の障害(摂食障害)が、普通幼児群より、多く見られた。その結果、異常幼児群の母親は、子どもをなだめるために「授乳」することは、気がすすまなかった。
3 幼児の泣き叫びに対して、両群の母親は、ともに恐々として無力感、不十分感を感じたが、普通幼児群の母親は、「泣き叫びの性質について考えるように」なり、余裕が出てきたが、異常幼児群の母親は、ただひたすら「抱き続ける」か、「無関心と放置」するか、であった。さらに、「打つ」ことも加わり、その回数が増えていくこともあった。母親自身が「自分の怒り」をコントロールできなくなっていた。
4 普通幼児群の母親は、子どもをあやすことを(わがままになりはしないかと思いつつも)繰り返し続けたが、異常幼児群の母親は、「はやくく強い子どもにする」「子どもの要求を無視する」という意識で、あやすことについて何も感じないか、無関心かであった。
5 普通幼児の母親は、遊びと授乳の間に、抱く時間の長さを考えて抱いていたが、異常幼児群の母親は、泣き叫びを防ぐために多くの時間抱いていた。
6 普通幼児群の多くの母親は、哺乳びんとおしゃぶりを利用したが、おしゃぶりは、異常幼児群の母親ではまれにしか使われなかった。
7 普通幼児群の母親は、授乳や子どもとの遊びが楽しいと話したのに対し、異常幼児群の母親は「授乳は苦しい試練」であり、子どもと遊ぶ楽しさ(ほほ笑みかけ、話しかけ、歌いかけ、おしゃべりなど)を思い起こすことができなかった。
 以上で、私には次のような疑問が生じた。
①出産直後の母親の「心配」「不安」は《皆同じ》である。しかし、それが「まもなく解消に向かう」ケースと「長期間継続または増大する」ケースに分かれるのは、どうしてか。泣き叫ぶ子どもの方に原因があるのか、それとも、泣き叫ぶ原因を究明できない母親の方に原因があるのか。  
②普通幼児群の母親に比べて、異常幼児群の母親が子どもを「抱く」回数・時間が多い。にもかかわらず、子どもが「安定」しないのはなぜか。
③異常幼児群の母親の中に「はやく強い子にする」「子どもの要求を無視する」という育児観が感じられるが、その育児観が子どもを「異常」にしてしまうおそれはないか。
 いずれにせよ、母親が(子どもの現状とかかわりなく)「幼児との相互交渉」を楽しんでいるか、苦しい試練と感じているか、が子どもの成長・発達に大きな影響を及ぼしていることはたしかなようである。(2014.6.17)