梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・14

《非叫喚音の発生時期》
【要約】
 非叫喚発声ははじめから言語的特性を十分にそなえているわけではない。最も初期の非叫喚発声は呼吸運動によって大きな拘束を受けており、その音声の調音化は漸次的である。呼吸活動のもとで音声が多様化してくるということは、発声が呼吸活動ならびに情動から独立して安定化してくることを意味する。
 非叫喚発声の時期については、0歳1ヶ月以内、0歳4ヶ月以降など研究者の間で一致していない。偶発的で瞬間的な非叫喚音声、うなり声のようなものまで非叫喚音声とみるならば、新生児にさえみることができる。たとえば、シャーリー(Shiriey,1933)は生後6日目の子どもにung,angというような“うなり声(grunt)”が生じたと報告し、ゲゼル(Gesell et al,1940)は、生後4週目には非表出的な弱い喉音を認め、これは“喃語の前兆(precursor)
”だといっている。アーウィン(Irwin,1947,1948)は、乳児の発する叫喚以外の音声は、0歳2ヶ月までは大部分が声門音であり、0歳2ヶ月~0歳3ヶ月では声門音ないし声門閉鎖音であるとしたが、非叫喚音声を記号表記の可能性において定義した彼においては、これらの声はすべて適切に表記することができないという理由で、非叫喚音声は0歳4ヶ月まではまず生じないとの見解をもっている(Irwin,1941)。


《非叫喚音の調音化の識別》 
 われわれの音声識別は母国語の音韻に強く規定されている。(“音韻”とは、一つの音声言語を習得した者が共通にもつ、中核的な音の基準であり、これは個々の音声言語によって異なる。音韻があるので音声的には多少はずれていても理解される半面、音韻のちがいが同じ音声に対して異なる認知をおこさせる)。識別の一致度を最大限に高める基準が音声学では要請されるが、乳児音声については、その表記法として十分なものはまだみいだされていない。
 村井(1963a)は、0歳1ヶ月の非叫喚音にもきわめて単純だが一つの構造ないしパターンが認められ、0歳2ヶ月~0歳3ヶ月では、時間、周波数位置、強度、高さ、頻度分布において、次第に成人のそれに近似してきており、さらに0歳4ヶ月~0歳5ヶ月では子音と母音との間に分化が明瞭になることを報告している。


【感想】
 ここでは、非叫喚音の発生時期が研究者によって一致していないこと、非叫喚音を識別することも、それを表記する方法がないために、明確にできないことが述べられている。 いずれにせよ、発声活動は呼吸運動と密接に関連しており、「呼吸が安定しなければ、発声も安定しない」ということは、よくわかった。
 また、著者および研究者は、音声言語の母胎として非叫喚発声に注目しているようだが、私は叫喚発声の方にも注目するべきだと思う。初めは「オギャー、オギャー」と反射的だった、単調な音声が、徐々に変化して、幼児期、学童期には「アーン、エーン」のようになり、さらに成長して青年期、成人期になると「嗚咽」と称される表記不能な音声へと変貌する。この叫喚発声(泣き声)の変化を辿ることも、「言語発達」の研究において重要ではないだろうか。 
 乳児の「泣き声」「クーイング」は万国共通といわれているが、「喃語」は母国語の影響を受けるのだろうか、乳児の発声が母国語の影響を受けるのは、いつごろから、どのような条件に因るのか、また、言語を獲得した自閉症児は、この時期どのような発声をしていたのだろうか、といった問題意識をもって先を読み進めたい。(2018.3.13)