梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「障害乳幼児の発達研究」(J.ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・7

Ⅶ 幼児ー母親の相互交渉の型と刺激の特性《映写観察を使用したセット場面での行動的相互交渉の評価》
A 背景
・(幼児ー母親の相互交渉を「映写観察」〈その記録を分析〉することにより)、刺激パタン、刺激の数や多様性、回数・強さで示される刺激の量、刺激時間の評価が容易にできるようになった。映写観察は、評価者間の信頼性を高め、回顧と再検査ができ、また観察の正確さと精密さを向上させる。
B 映写フィルムのプロトコル(手順)
・母親は、来所する1時間前から子どもに授乳しないように、また哺乳びんか食べ物を持ってくるように頼まれた。映写観察のため特別な部屋が設けられ、それは普通の居室と違いすぎないような部屋であった。
・ズームレンズ式の16㎜シングルシステムの音声記録可能なカメラが専門家により操作されて。一方視の観察窓から撮影された。映写の長さは、普通、40分間続けて観察された。
C 幼児ー母親相互交渉のパタン:物語的記述
1.はじめに
・映写フィルムは、何回もくりかえし見られ、幼児ー母親対の行動が注意深く観察された。各々のフィルムは反復して観察され、詳細な叙述が2人の観察者によりなされた。その叙述は、さらに同一フィルムの観察によってチェックされ、修正された。
2.間接的な幼児ー母親相互交渉の系列
a 遊び
・両群の母親は、10分間、部屋の中でのいろいろな玩具、人形に依存する傾向があったが、遊びの相互交渉の質は、明らかに差異があった。
・普通児群の遊びは、組織化され、母親は実際的で、いくつかの遊具は見慣れないものであったが、遊びそのものはそうではなかった。母親は、機嫌よく「おしゃべり」、その他の音声表現を行い、赤ん坊に注意を向け、その場面のおもしろさを維持していた。
・異常幼児の母親は「非常にせわしい」「無為的」「非社交的」などと記述された。少数の母親には、元気のいい活動と静かな冷淡さが交錯してみられた。4名の母親は、映写の最初の10分間に全く無為で非応答的であった。その他の母親は、偶然的で、無定見で、あまり組織化されない貧弱な遊びで時間を過ごした。玩具や人形が選び取られることはなく、その代わり、「はやくやり返し」「忙しそう」にしていた。注意は1つのことから別のことへ「はやく変わり」「持続せず」、次々に変化して行った。
b 顔の表情と他の表現行動
・異常幼児群の母親の表現は、しばしば、ステレオタイプで固いと記述された。2名の母親は、極度に仮面的な表情で、空虚な顔をしていて、決して笑わなかった。母親の声は、通常やわらかで、ときには聞こえないくらいで、単調であった。表情の乏しい状態が、怒りが赤ん坊に向けられているとき、一時的に高められた。
・彼女らの大きい身体運動は抑制され、活気ある活動は見られなかった。偶発的な強い表現は、たとえば“ダメダメ”“悪い子”“馬鹿になったんじゃないの”というような単語や句で、直接赤ん坊に向けられた。これらの母親は、多くの小運動に終始した。小さい物を手でせわしくもてあそぶこと、爪かみ、唇ならしが頻発した。
c 刺激作用のある特質
・異常幼児群の7名の母親の特徴は、明白な反復的な身体的な過度の刺激作用であった。軽い平手打ち、ふざけてかむこと、やさしく打つこと、玩具で赤ん坊のからだを強くなでること、あらあらしくなでること、しっかりつかむこと、つつくこと、ちょっとかむことを含み、幼児の身体のいろいろな部分をなでまわして、多くの時間が過ごされた。
3.授乳
・年長の異常幼児は、母親からの刺激作用によって「かまわれすぎている」ように思われた。以下はその事例。
ⅰ 母親が赤ん坊にポテトチップを与える。母親と赤ん坊はいくつかのチップをつかみ出して、それを持っている。母親は1つ与え、幼児はそれを食べる。母親はバッグからチップを取り出すようにうるさくいうが、赤ん坊が手の届くところからバッグを遠ざける。そして再び赤ん坊をからかう。
ⅱ 赤ん坊は哺乳びんを与えられ、それを口に持っていきそして吸う。母親は赤ん坊をあやし、そして哺乳びんをとりあげ、哺乳びんにキッスし、それからそれを戻す。母親はそれをとりあげ、吸う音を大きく出して、哺乳びんを口にくわえる。
ⅲ 赤ん坊は、母親に抱かれている間吸うためのミルクびんを与えられる。母親は、それを取り上げ、次に再び口に入れてやり、また取り上げて、そしてまた赤ん坊の口に戻してやる。このことが6,7回もくりかえされる。赤ん坊は、びんを吸い続け、母親は、赤ん坊がミルクびんを吸い続けている間中、赤ん坊のおむつをとりかえている。
4.未知の人、分離、再会の系列
・普通幼児6名と異常幼児7名の年齢は、9カ月異常であった。普通幼児の全部が、不安な様子で未知の人の出現に反応し、母親にすがった。母親が部屋から離れると、全部が泣き出し、5分間の母子分離の間、泣き続けた。母親が帰室すると泣くのが弱まり、あるいは泣きやんだ。
・異常幼児の反応は一様ではなく、無反応、引きこもり、回避行動、身体ゆすり、普通の泣き方、母親がいない間中、悲鳴をあげてのひどい泣き方などを含んでいた。また、いろいろの反応が生じた。最も悲嘆していた子どもは、助けを求めた。母親がいなくなっても反応しなかった2名のものは、母親が帰室しても同じ様子であった。また、母親が去ったとき始めた身体ゆすりは、母親の帰室でやんだ。
D 幼児ー母親相互交渉のパタン:母親の刺激作用の特性
1.刺激作用の変数
・母親の刺激作用の質的・量的側面を特徴づけるために、一連の10個の記述が選定された。10個の記述は、4つの感覚的様相のカテゴリーに含まれた。〈表Ⅱ〉
*表Ⅱ 母親刺激作用の変数
a)身体運動的
1.母親が幼児をもてあそぶ。赤ん坊の身体的位置が変わる。高い高いなど。
2.母親が赤ん坊の手足や頭をもてあそぶ。(位置は変化しない)
b)触覚的
3.母親がゆり動かし、キッス、くすぐり、自分の身体部分か事物で可愛がる。
4.母親が幼児の手に物をおくか、幼児が母親が持ってきた事物に手を出し、ふれる・
5.母親が幼児の口の中に哺乳びんかおしゃぶりを入れる。
6.母親が世話をする。衣服の着脱、口を拭く、髪をきれいにする、鼻や耳をほじる。
c)聴覚的
7.母親が幼児に声をかける。話しかけ、合図、はやす。
8.母親が音を出す道具を使う。ガラガラ、ミュージックボックス、ラジオなど。
d)視覚的
9.母親が「惹きつけられる」「目で追う」事物を見せる。
10. 母親がしかめ面をする」。幼児の模倣をする。幼児に笑いかける。視線を合わせ続ける。
2.映写フィルムの評価手続きとその装置
a)評価手続
・各映写フィルムについて、10個の母親の刺激作用変数と6個の幼児の行動状態が、3つの刺激表示ボックスの使用によって連続的に評価され、記録された。
・各ボックスは、母親の刺激作用の4つの種類に応じて押せる4つのボタンを備えている。各ボタンの上方に、12のタイプの母親の刺激作用が選択できるつまみスイッチがつけられている。6名の訓練を受けた評定者のうち3名が、各フィルムの評定を依頼された。1つの行動が観察されたとき、対応するボタンが押され、行動が続いている間、そのまま1onの状態におかれる。3つの群(刺激1~4,5~8,9~12)のそれぞれのボタンからの電気信号が、以下のような値をもつ合成的信号を生じるように2進法値を使って、おくられた。
1X(E1)+2X(E2)+4X(E3)+8X(E4)
Ep=0(刺激がないとき)
Ep=1(刺激があるとき)
p=1~4 ; 5~8 ; 9~12
 合成的信号値は、0(刺激なし)から15(4つの刺激が全部みられるとき)まであることが理解されよう。ボックスの1つは、子どもの6つの水準の行動状態を示すため、6個のボタンをもっている。
b. 同時記録
・3つの合成的刺激と行動状態の信号は、4チャンネルの視覚的記録をするためBeckman
Dynagraph記録用紙に送られる。補助的記録は、Precision Instrument FM磁気テープレコーダーを使ってなされた。
c. 計数記録
・4つの信号は、1秒間に10スカンの割で、Raytheon加算装置で計数された。その結果の数値は、Precision Instrument加算テープ記録機によって磁気式計算テープに記録され、次に、高速度計算作業のために磁気式レコード円盤に記録された。
d. 評価者間の信頼性
・評定者間の信頼度は2つのやり方で測定された。第1は、10個の母親変数が記録されてる全時間についての比較である。ピアソンの相関係数は、0.84~0.99(中央値、平均値も0.91)。第2は、部分的チェックを加えることであった。それぞれの変数は、60個の20分間ずつの部分に分けられ、2人の判定者が両方とも記録された行動例をあげているかどうかをみるために、その各部分について判定者間の比較がなされた。判定者間の一致率は、90.9~95.9である。                             ・評定者間の信頼性の2つの尺度は、本質的な一致がその判定間にあったことを示した。
e. 母親の刺激作用評定の計算
・6つの幼児の行動状態の変数に加え10個の刺激作用の変数の連続的、同時的評定は、多様な問題と統計的方法をもたらす。刺激の量対無刺激作用時間、刺激作用変数の時間数、単一変数の使用、刺激作用の結合、そして、他の幼児の資料との比較によって、広範な尺度が、個人や集団、刺激作用の質の年齢効果を見分けるのに役立つということが明白になった。
3.母親の刺激作用量:間接的相互作用系列の分析からの知見の要約
・母親の刺激作用についての評定は、2つの幼児群の各々7名について実施された。
・刺激作用の全時間の平均の割合は、両群の間に有意差はなかった。(異常幼児群65.3%
普通幼児群61.2%)
・目覚めておとなしいときと泣いているときの刺激作用の割合は、両群間に差はなかった。
・両群間の差異は、統合刺激作用の使用と個別の刺激作用の使用の点で生じた。異常幼児群において統合刺激作用時間が全刺激作用時間の平均61.2%である2つの下位群があった。異常幼児群の4名は刺激作用時間平均42.1%(低)、他の3名は87.0%(高)であった。
・特に、聴覚的、感覚運動面において両群の差があることが示された。異常幼児群において、聴覚的刺激作用の時間数(秒)として測定された聴覚的刺激作用量は、決定的に低く(<0.02)、そして感覚運動刺激作用量は有意に大きかった。
・ある異常幼児の身体感覚運動的刺激作用が高いとすると、聴覚的、視覚的、触覚的刺激作用は、その時間数の面で低かった。普通幼児群では、2つないし3つの主要な刺激作用の併用が特徴的であった。全刺激作用の時間の割合を高めなかったが、むしろ、刺激作用時に強化的特性をもたらした。


Ⅷ 討議
・幼児ー母親対の2つの群の相互交渉のパタンにかなり明白な差異がある。
・これらの研究において集められた資料から、異常行動、異常発達、悩まされそしてしばしば引きこもった母親、赤ん坊の世話や扱いの軽視と虐待、そして多様な個人的、家族的、生活状況的困難、これらが交錯していることがわかった。
・異常行動と異常発達は、不十分な、誤った、あるいは極端な刺激によって誘発され維持される。
・正常な分化と適応の発展に適した環境において、豊かな刺激作用が与えられるということは当然である。適度の強さの刺激作用が反復され、恒常と新奇とのバランスに富み、幼児の状態と要求に適切に提供される。刺激作用の水準は、変化に富むことを必要とするが、過度の刺激作用とか刺激作用の欠如のような両極端を含む必要はないのである。


《注》 
 ここでは、「幼児ー母親の相互交渉」場面を映写し、その記録を分析しながら、普通幼児群と異常幼児群の「実際」を比較検討した結果が述べられている。その場面は、①入室から10分間の自発行動、②母親による授乳、10分間、③2人に他人が加わる、5分間、④母親が部屋を出て、他人と2人だけになる、5分間、⑤他人が部屋を去り、幼児が1人になる、5分間、⑥母親が帰室して再会する、5分間という構成である。①においては、普通幼児群の母子が、そこにある玩具や人形を使って「楽しい」時間を過ごしたのに対して、異常幼児群の母子交渉は、動きが少なく、単調であり、遊びも貧弱で「組織的」に発展していかなかった。母親の表情は固く、微笑み、笑いかけは見られなかった。②においては、母親からの刺激作用によって「かまわれ過ぎて」いる。③においては、普通幼児群の全部が「泣き出し」「母親にすがろう」としたのに対して、異常幼児群の反応はまちまちであり、「無反応」な子どももいた。その子どもたちは、母親が帰室し再会したときも「無反応」であった。 
 著者らは、さらに、これらの場面を「母親の刺激作用の特性」を変数として《統計学的》に研究を行った(ようだが)、その結果は、残念ながら判然としなかった。  
 しかし、子どもの「異常」と、母子の相互交渉のあり方が「交錯」しながら、さまざまな問題・支障を生み出していることは明白であり、たいへん参考になった。
 以上で、この論文は終了するが、今後、母親を対象とした「同種」の研究が行われることを期待したい。(2014.6.22)