梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・29

5 身振り
【要約】
 身振りの発生はおそらく自然的であって、身振りとして学習されたものではないが、のちに慣用される身振りの観察と模倣行動とを通じて学習され、伝達の手段として意図的に用いられる。この発達的変化のなかで最もいちじるしい面は、その象徴化に認められるべきであろう。
 以下、身振りをさまざまな型と機能とに従って分類し、それぞれの発達過程とその伝達能力ならびに伝達限界について考えるとともに、音声による談話との発達的関連と、機能上の比較を行う。
■身振りの特性
《身振りの一般的機能》
 乳幼児はよく発声するが、しばしば音声よりも身振りによって、より的確に伝達を達成することができる。子どもの自然の対人関係のなかでは、はじめ身振りによる伝達手段を用いるほうが有効な場合が少なくない。とくにそれが直接的な欲求充足行為の一部、あるいは縮小型である場合には、受け手にとっては身振りのほうが理解しやすく、子どもにとっては実用的価値が大きい。これが身振りを音声よりも1歩早く表示の手段にさせる原因の一つである。ただし、これはごく単純な日常頻発する少数の事象の表示に限られる。複雑な、あるいは新しい内容の伝達には、身振りの象徴化ということが要求される。
 身振りの象徴化は、音声による言語行動と共通の象徴機能に基礎づけられるものであるから、談話の個体発生の考察にはこの種の身振りに至る発達過程と。これを規定する原因についての検討を欠かすことができない。
《身振りと予期反応との区別》
 一見、身振りと予期反応は区別がつけにくい。予期反応とは、目標となる刺激が与えられる前に、その目標に対してなされる反応が生じる場合に用いられ、条件付けの原理で機械的に説明することができる反応である。 
 ウェルナーとカプラン(Werner and Kaplan,1963)は、予期反応は身振りの発生母胎の一つとなるものであるが、象徴的特性の有無により異なる、予期反応には象徴的特性がなく、身振りにはある、という。
 ウェルナーらはさらに、ときには反応様式そのものによって、予期反応と身振りを区別できるとして、つぎのように述べている。“予期行動から代表性身振りへの移行が、活動形式の差異によってしばしば明白にされるということに注意すべきである。実用的動作から出発しながら絵画的な身振りに変わっている運動は、微妙な点でその遂行パターンによって、予期反応と区別することができる”(Werner and Kaplan,1963)。その一例として、鋏で切る予期運動と鋏そのものの象徴的身振りとの外観上の差異をあげている。予期運動では、親指と人差し指とを鋏の柄に差し入れて指を曲げ、何かを切るような運動をする。象徴的身振りでは、人差し指と中指とで鋏の刃を表すような指使いをする。後者は器具としての鋏そのものの形と運動を表し、そこには“力動的的活動”の象徴化が認められるというのである。
 しかし、このような差異が、すべてに認められるとはいえず、動作の外観の比較だけでは区別できない場合のほうが多いだろう。したがって、一般に身振りが予期反応と混同されるおそれが多分にあるので、その行為が生じる場面ないし文脈との関係に注意する必要がある。


【感想】
 「乳幼児はよく発声するが、しばしば音声よりも身振りによって、より的確に伝達を達成することができる」とある。要するに、ある段階(状態)においては、音声よりも身振りの方が伝達しやすいということである。音声は聴覚回路、身振りは視覚回路で認識するので、聴覚障害がある場合には「手話」(身振り言語)の方が伝達しやすい。自閉症児の場合も、「マカトン・サイン」「ティーチ・プログラム」など視覚回路による学習能力を高める方法が開発されている。 
 ここでは「象徴的特性の有無」で、予期反応と身振りという「動作の違い」が区別されるとされており、「予期反応が身振りの発生母胎の一つとなる」というウェルナーらの見解が述べられているが、象徴的特性を生み出す要因は、他にどのようなものがあるだろうか。しばしば自閉症児に「クレーン現象」(他人の手を引いて、目的物を取らせようとするなど)が見られるのはなぜだろうか。自閉症児には「象徴的機能」が不足しているからなのだろうか。そうした問題意識をもって以下を読み進めたい。
(2018.4.29)