梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・31

《6.療育キャンプの経験から》
・千葉県中央児童相談所の好意により、1泊2日の自閉症療育キャンプ(昭和53年9月7~8日)に参加した自閉症児及び自閉傾向児18名(3~9歳)について感覚診断を行う機会を得た。母親に記入してもらった常同行動チェックリスト、児童相談所の個別記録、および、平衡感覚・皮膚感覚刺激を伴う20種の感覚遊びにおける行動観察に基づいて「感覚診断」を実施した。その結果、以下の通り、いくつかの特徴的な傾向がうかがわれた。
1.遠隔感覚(視覚と聴覚)が鋭いと思われる児童が多い。
2.触覚が鋭いと思われる児童も多い。弁別的な知覚に重要な役割を果たす視覚、聴覚、触覚のいずれかが過敏だという児童が圧倒的に多い。3種類の感覚すべてが鋭い児童も少なくない。
3.振動感覚をきらう児童は、すべて聴覚も鋭い。振動に伴って発生するバイブレーターの音のためかもしれない。
4.触覚が鋭いということは、必ずしも他の皮膚感覚が同様に鋭いことを意味しない。触覚は、皮膚感覚の中では特異な位置を占めている。
5.ほとんどの児童が平衡感覚刺激を喜ぶ。
6.母子関係の弱いと思われる子どもの典型的な感覚のプロフィルは「平衡感覚が鈍く、視・聴・触覚が鋭い」ということがいえそうである。
【感想】
・ここでは療育キャンプに参加した18名(3歳~9歳)に自閉症児・自閉傾向児の「感覚診断」を行った結果について述べられている。それを要約して「母子関係の弱いと思われる子どもの典型的な感覚のプロフィルは『平衡感覚が鈍く、視・聴・触覚が鋭い』といえそうである」と結ばれているが、「母子関係が弱いと思われる」という一句が気になった。実施した「感覚診断」には「母子関係」の強さ・弱さを診る項目が含まれていたのだろうか。それとも18名全員の「母子関係」が弱いと思われたのだろうか。
・著者らの「感覚障害論」では、まず子どもの側に感覚障害があり、それが母子関係の形成を妨げるという仮説を立てているのだから、自閉症、自閉傾向と診断されている18組の「母子関係は弱い」と判断して当然かも知れない。しかし、だとすれば、いっそうそのことを確かめるために、母親に「常同行動チェックリスト」を記入してもらう際、同時に「親子関係診断テスト」も実施する、行動観察に「母子関係」の項目を入れる、その他、母子関係の実態を把握する方法を採り入れるれる必要があったのではないだろうか。このことも瑣末に過ぎるかも知れないが、つねに子どもの側だけが、調査の対象になり「診られ」ているような「偏り」が、私には感じられた。
・しかし、「平衡感覚が鈍く、視・聴・触覚が鋭い」という特徴が、母子関係の形成を妨げる要因になるだろう、という推測は、私にとっては魅力的である。つまり「自閉症」と診断される子どもたちの多くは、「身体を揺すられたり、持ち上げられたり、振りまわされたり」して「楽しむ」ことはできるが、視・聴・触覚の「鋭さ」が邪魔をして、その楽しさを「両親」(主として母親)のぬくもり(触覚・温覚)を通して感受することができない」のではないか、ということである。彼らは、それをブランコ、ハンモック、トランポリンなどの「物」を媒介として追求せざるを得ないのか。だとすれば、視・聴・触覚の「鋭さ」を軽減して不安の閾値レベルを下げればよい、はたして「感覚統合訓練」の目標は、そのことに「特化」されているだろうか、強い興味をもって次章を読み進むことにする。(2016.4.18)