梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・75

《初期の質問の形式と機能》
 子どもに“疑似質問”といえるものが存在する。真の質問と疑似質問との間の判別は容易ではないが、その基準のおもなものはつぎのようである。
⑴ 子ども自身がその名を知らないものについて質問する。
⑵ 答えてやると、その答を反芻する。
⑶ 答えてやると、緊張がほぐれ、満足した表情となり、同じ質問をつづけてしない。
⑷ 答えてやらないと不満そうで、重ねて質問する。再質問は激しい調子でなされる。
⑸ 答が理解できないとき、形を変えて再質問する。
 これらの条件はつねに全部みたされることは少ない。より多くの条件がみたされれば、それだけ真の質問である可能性も大きいといえる。
《疑似質問の種類》
 疑問解消に動機づけられていない質問を“疑似質問”とよぶ。つぎの5種が区別できる。⑴ 遊び的なもの
 育児者との対話経験のなかで習得した質問遊びである。“コレナニ型”であり、具象物の名をたずねることが目的である。この場合、成人は自分の知らないことを子どもに質問しているのではない。子どもの手本となる最初の成人の質問がすでに疑似的なのである。子どもがこの種の質問の経験から、“質問というものは疑問を解消する手段”であることを知るのは簡単なことではない。
 幼いどものなかには、自分の知っているものばかり質問する者がある。これは本来の質問ではなく遊びである。しかし、この遊びが将来の真の質問の形式の練習になっている。レオポルド(Leopold,1949)は、この質問遊びから3か月後に、真の質問が生じたケースを報告している。
⑵ 注意喚起を目的とするもの
 シャーリー(Shirley.1933)によると、幼児は相手の注意をひきつけるために、Look it!と同じ目的でWhat's that?を用いる、と述べている。このような質問の形式が育児者の注意をひきつけるのに有効であることは明白である。
⑶ 感情融和(ラポール)の形成を目的とするもの
 一見高級なもののようにみえるが、幼い子どもにもこれは一種のあいさつとして、早期に生じる。母親に甘える代わりに、コレナーニ?としきりにたずねる1歳児がある。母親と声をかわしている間は、彼は安定感をもつことができる。これは幼児に限ったことではなく、成人の会話にもよく聞かれる。“お天気はどうでしょうかなあ?”“どちらへ?”などとたずねることはよくあるが、通常、質問者は正確な応答を期待して質問していない。対人関係の円滑化のための談話利用である。沈黙を苦痛に感じ、気詰まりを解消させるために、話をきり出すことがある。答の内容を主目的としていない、“無意味な”質問である。
⑷ 許可求め
 ドラグーナ(De Laguna,1927)はつぎのように説明する。動物ならば、他者の妨害をうけることが予測される事態では、相手をまったく無視するか、妨害を招く行為をまったくやめてしまうか、いずれかの途を選ぶ。人間は、最初きめた行為を他者の妨害を招かないようにしておいてから行うことができる。その手段の一つが許可求めであり、そのとき質問の形式がとられることがよくある、という。コレナーニ?は“これを食べてもよいか?”であり、“これで遊んでよいか?”である。
⑸ 自己命令的なもの
 自己命令的な質問は、他者にさし向けられず、自分自身にさし向けられる。⑴と同様、正しい答は子ども自身に前もって用意されており、質問につづいて、その同じ口から答がとび出す。自問自答である。ある1歳8カ月の子どもの、That [is] hat?...yes(あるいはno)
(Leopold,1949)とか、1歳10カ月の子どもの、ナンジ(何時)?・・・ハチジ(八時)とかがこの例になる。この自問自答型は談話の自己行動調整機能と密接な関係があると考えられる。


【感想】
 ここでは、真の質問と疑似質問の判別基準について述べられている。レオポルドによれば、真の質問がはじまる3カ月前から疑似質問が生じる。それは育児者との「遊び」を通して、子どもがその質問形式を模倣することから始まり、「注意喚起」「感情融和の形成」「許可求め」「自己命令」の5種類があるという説明が、たいへんわかりやすく興味深かった。
 「自閉症児・者」のタイプには、寡黙型(対人回避)と多弁型(対人接近)があるといわれているが、彼らの中には「質問できない」だけでなく「質問を次から次へと繰り返す」ケースもある。住所、誕生日、好きな食べ物、好きな乗り物、好きな色などを次々とたずね、記憶している。こうした質問は、「真の質問」だろうか、それとも「疑似質問」だろうか。多弁型の場合、質問されることを回避して、まず質問し、コミュニケーションの主導権(ペース)を握ろうとする傾向はないか。聴覚障害児の場合、相手の話を聞くことが苦手なので、機先を制して「まず話しかける」ということが目立つタイプがあった。
 「質問を次から次へと繰り返す」ことを《可能性》として評価し、次のステップに高めるにはどうすればよいか、大きな課題であると私は思う。
(2018.9.7)