梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・67

12 言語的伝達の諸型
■サルの発声の型と機能
【要約】
 京都大学の霊長類研究グループによる十数年間の研究成果が、最近、伊谷(1965)によってまとめられている。伊谷によると、ニホンザルの音声的伝達は機能的につぎの4種類に分類することができる。
⑴ 叫び声(crying)
⑵ 吠え声(barking)
⑶ 呼び声(calling)
⑷ ささやき(muttering)
 吠え声は叫び声と同様、激しい情動に支配された爆発的音声であるが、一方、呼び声と同じように、多くの仲間に対する遠距離からの音声的伝達に利用される。この点で吠え声は叫び声に対して機能的に優越する。呼び声が吠え声と異なる点は、呼び声のほうは情動的に比較的平静な状態のもとで発せられることである。しかし、呼び声は近距離にいる1頭に対してなされるものではなく、この点がささやきと大変ちがう。
 叫び声と吠え声と呼び声の3種は、人間の言語行動とくらべるとその機能は低い。しかし、ささやきは1対1短距離伝達の用に供されるので、これは人間の談話と系統的に最も近いものであるととし、次のように述べている。
 “これら(ささやき)の行動は、あといくつかの鍵がはずされれば、いっそう高度の記号性をもつようになり、さらに言語に接近するといった、言語への進化の路線上にのった行動であり音声である”(伊谷,1965)。
 しかし、この音声伝達型もほかの三つの型と同じように、その形式と使用法とにおいて、生得的・成熟的であり、サルにおいては一生を通じて変わることなく、誤ることなく必ず実現され、生活上それ以上のものを必要としない。彼らは新しく経験したことを音声伝達のなかに新しく加えることがないのである。この点が、人間の談話との明白な断絶を物語っている。
■人間の発声の型と機能
 人間には、一方の極に叫喚があり、他方の極に言語的叙述がある。発生的にも、叫喚ないし感嘆発声から言語的叙述への機能の分化的拡大がみられる。人間が音声手段によって、言語的叙述をすることができるということは、感嘆発声から種々の談話型が発達分化して、言語的叙述までをもふくむ幅広い伝達手段が形成されることを意味するもであり、言語的叙述の生じるまでの談話型が単に言語的叙述のための仮橋ではないのである。
 つぎに、レベス(Reves,1944,1956)に従って、言語的伝達の諸型とそれらの発達的連関について述べる。人間における伝達の型は、発生順序に従ってつぎの6段階に分けられる。
⑴ 身体的接触
⑵ 基本的欲求の表出
⑶ 個体にさし向けられる要求
⑷ 命令的言語行動
⑸ 命令的ー指示的ー質問的言語行動
⑹ 完全に発達した言語行動
 身体的接触は、本能的な動機づけによって生じ、仲間を求めるのに役立つ。伝達意図は欠くが、結果的には欲求の充足をもたらすことが多い。
 基本的な欲求の表出は、叫喚によって典型的に示される。その反応型を特殊化することによって、仲間に特殊な行動を起こさせ、欲求充足に役立つので、身体接触よりも有効である。そこには、仲間に共存と助力を求める一種の“期待”がある。これらの水準の行動としては、人間乳児の発声そのほかの行動がある。
 個体にさし向けられる要求は、内的興奮の表出であるとともに、特定の相手にさし向けられていることに特徴がある。ニホンザルにおける1対1近距離伝達にあたる。談話のおもな目的は二つあり、一つは相手に対して何らかの行為を命じることであり、もう一つは相手に情報を与えることである。この段階では前者が生じてくる。命令は情報伝達の生じる以前に生じるが、これがつぎの段階である命令的言語行動と異なる点は、現前の対象とそれによって喚起される欲求に支配されていることである。しかし、それは叫喚のように相手のない行動ではなく、特定の相手を志向している。呼びかけもこの水準で生じると考えてよい。
 レベスによると、以上三つの段階を超えるものが人間における伝達行動である。彼は人間の言語行動の特徴として、三つのIの機能をあげる。それは、命令的(imperative)・指示的(indicative)・質問的(interrogative)、の三つの機能である。
 命令的言語行動が前段階までの欲求表出や要求表示と異なる点は、それが現前事象の拘束からある程度解放されてきていることにあり、同じことが指示的および質問的な言語行動についてもいえる。指示的言語行動は、音声によってなされるので、指示行動のような現前刺激からの拘束をうけない。質問は未来事象としての応答を期待して行われるものだから、もちろん現前事象からの拘束からかなり解放されているといえる。


【感想】
 ここでは、サルの発声の型と機能(京都大学の霊長類研究グループによる十数年間の研究成果)と、人間の発声の型と機能(レベスの所説)を比べながら、サルの発声の型と機能は、〈一生を通じて変わることなく、誤ることなく必ず実現され、生活上それ以上のものを必要としない。彼らは新しく経験したことを音声伝達のなかに新しく加えることがないのである。この点が、人間の談話との明白な断絶を物語っている〉。しかし、人間の発声の型と機能は、はじめの3段階までは他の動物と同じような経過を辿るが、以後は「人間だけに備えられた」(3段階を超えた)機能として、命令的言語行動、指示的言語行動、質問的言語行動がある、としている。   
 人間の言語的伝達と他の動物の伝達の間には《明白な断絶》がある。それを一言でいえば、《現前事象・現前刺激からの拘束を受けない》という一点だということがよくわかった。では、命令的・指示的・質問的言語行動とは、具体的にどのような行動をさしているのだろうか。以後を読み進めれば明らかになるだろう。期待は高まるばかりである。
(2018.8.25)