梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・77

7 語の発生と分化(略)


14 初期の品詞分化
《発達論と品詞分類》(略)
《初期の語の性質》(略)
《対象語》
【要約】
 1歳児の語彙は、はじめは感嘆詞であり、つぎにそこから名詞が派生し、つぎに動詞、形容詞、副詞がこの順に生じるといわれてきた(Stern u.Stern,1907;Lewis,1951)。
 1歳前半期では語の大半は名詞であり、後半期にはいって動詞がそのほかの品詞を合わせて、名詞とほぼ同じ種類数に達するといわれている。 
 初期における語がすべて感嘆詞だとされるのは、そうした語が外界事象の特性と関係せず、個体の内部の状態に支配されると考えられているためである。
 つぎに名詞が圧倒的に優勢になるというのは、子どもの外界認知ないし事象識別の能力が高まってきて、音声が外界関与性を強めてくるという事実によるものである。さらに、育児者が子どもに及ぼす言語的影響がある。外界認知能力も育児者の側の子どもに対するこのような働きかけがなくては発達することができないだろう。
 さらに、育児者側の認知の仕方も関係する。育児者は自分自身が名詞だと考えているものを最もひんぱんに子どもに与え、子どももこの種の語をよく用いるようになる。子どもはこれらの語を指示行為と同じ目的で用いることが非常に多いので、育児者がこれを名詞として認めるのはほとんど不可避である。
 しかし、これらの語は、対象の表示というよりも、主題の伝達にとどまり、機能の上では指示動作のほうに近い。リンゴ!とかApple!とかいうとき、子どもは指示行為を伴わせ、あるいは指示行為と等価の発声をしているにすぎない(Revesz,1956)。したがって、これを名詞とよぶのは過大評価であり、“対象語”とよんでおく。
 対象語の形成ということは重要な意義がある。第一に、成人と共有の能記ー所記関係を形成したということがいえる。これは言語伝達の基本条件である。第二に、対象語が基礎になって対象表示性は漸次増大し、これが現前の具象物を超えて名詞の表示する広い範囲の事象の表示にまで拡張されていく。第二の点は、文の形成にも発達的につながる。対象語の形式と機能が名詞へと拡張されるということは“もの性”の拡大であるとともに、語のより一般的な級の結晶化とシンタックスの達成にとって欠くことのできない道程である。初期の対象語群は、そこから名詞観念が派生される母胎であり、その形成はみずからの内部から分化していく内包の群化と同時に開始される。このような内包の群化ないし“内的分極化”は、それに対応する記号の未獲得な場合には、みかけ上同語反復が生じる。
“時としては、新しい目的への要求を充たすためにも別の手段がないとすれば、単に反復をせざるをえないのである(「雪が降る」の代わりに「雪、雪」というように”(Mikus,1948)。
 本格的な名詞は単に“ものの名”ではなく、つぎの二つの性質を備えていなければならない。
⑴ 語は多相的に範疇化されていなければならない。一つの名詞とは、いくつかの範疇により実態化された語である(矢田部,1959)。
⑵ 文において、他語との間の統語的連関が安定し、一定の規則によってそれが記述されなければならない。名詞についていえば、それはすべての可能な格に関連する。
 しかし、1歳期ではこれらの条件はすべて充たされていない。対象語が名詞の前兆であることは間違いないが、名詞として一人前のものにはなっていないのである。


【感想】
 1歳児は、感嘆詞、名詞、動詞、形容詞、副詞の順で話すようになるが、厳密にいえば、それらは品詞としての条件を充たしているとはいえないので、名詞は対象語、動詞は動作語、形容詞は状態語などとよぶことにする、といった著者の見解が述べられていた。特徴的なことは、単語と単語の「統語的連関」によって文が形成されるという言語(構成)観であろうか。時枝文法では、語の形式とはかかわりなく、《主体による陳述》はすべて「文」である。
 著者は「対象語の形成ということは重要な意義がある。第一に、成人と共有の能記ー所記関係を形成したということがいえる。これは言語伝達の基本条件である。第二に、対象語が基礎になって対象表示性は漸次増大し、これが現前の具象物を超えて名詞の表示する広い範囲の事象の表示にまで拡張されていく。第二の点は、文の形成にも発達的につながる。対象語の形式と機能が名詞へと拡張されるということは“もの性”の拡大であるとともに、語のより一般的な級の結晶化とシンタックスの達成にとって欠くことのできない道程である。初期の対象語群は、そこから名詞観念が派生される母胎であり、その形成はみずからの内部から分化していく内包の群化と同時に開始される。このような内包の群化ないし“内的分極化”は、それに対応する記号の未獲得な場合には、みかけ上同語反復が生じる。“時としては、新しい目的への要求を充たすためにも別の手段がないとすれば、単に反復をせざるをえないのである(「雪が降る」の代わりに「雪、雪」というように”(Mikus,1948)。」と述べているが、《対象語の形式と機能が名詞へと拡張されるということは“もの性”の拡大であるとともに、語のより一般的な級の結晶化とシンタックスの達成にとって欠くことのできない道程である。初期の対象語群は、そこから名詞観念が派生される母胎であり、その形成はみずからの内部から分化していく内包の群化と同時に開始される》という中の【“もの性”の拡大】【語のより一般的な級の結晶化とシンタックスの達成】、【みずからの内部から分化していく内包の群化】【“内的分極化”】という意味を理解することができなかった。
 1歳時の話す語彙が「不完全」であることは当然である。それがどのようにして(どんな力によって)「完全」なものに成熟していくのかについて知りたい。 
(2018.9.12)