梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・69

■呼びかけと要求
《呼びかけ》
【要約】
 呼びかけは、現前する人、あるいは現れることが期待される人に対して伝達する欲求に動機づけられる発声である。注意をひきつける効果の大小に重点が置かれており、音量あるいは音調が重要な役割をはたしている。レベス(Revesz,1956)は、呼びかけの機能的特性として、⑴指向性、⑵期待性、⑶命令的意志の三つをあげ、さらに、それが叫喚と異なる点として、⑴特定個人への指向、⑵私経験的発生、⑶場所指向、⑷喚情性、⑸命令性ないし執拗性の五つをあげている。
 これらの特徴は、すべての命令や要求の発声の特徴でもある。実際、呼びかけと命令・要求とは、初期には未分化である。
 初期呼びかけは、相手に対して自分の存在や主張に注意させることがおもな目的であり、この点で叫喚と類似した機能がある。しかし、のちにそこから命令・要求の型が分化し、呼びかけそれ自体も独自の分化を示してくる。呼びかけは、一方では、ママやパパや、○○チャンのような、特定の人の指名の形をとり、他方、オーイ、チョットのような一般的な呼びかけの慣用型をとるようになる。“指名呼びかけ”が特定の人を表示する対象語と同じ形式をとっているところから、両者の発達的な連関の問題が生じてくるが、まだ研究はされていない。
《要求》
 要求型は、ブーブー(自動車)のような欲求対象の名によって示されるときに、呼びかけから分化してくる。しかし、この要求型の音声パターンは対象語のそれと異ならず、音調面でも必ずしも明瞭な特徴はない。したがって、聞き手は、その場の状況に即して、それが報告なのか要求なのかを判定せねばならない。名による要求型は、そのような未発達な段階のものである。
 指示身振りは現前する事物への要求を表示するので、名による要求型の代行をつとめることができる。しかし、非現前の事象にまで効果が及ばないという制約がある。要求型の談話の真価は、非現前事象への有効性に求められる。1歳前期の子どもでも非現前事物への要求は生じるが、それは食物に限られており、1歳後期になってこの限界を突破する(
村田,1961)。
 しかし、完全な機能は文の達成にまたなければならない。要求型の文の発生過程の問題は、のちにとりあげる。


【感想】
 ここでは、「呼びかけ」と「要求・命令」について述べられている。「呼びかけ」には、直接、相手を指名する(ママ、パパ、○○チャンなど)場合と、一般的な呼びかけ(オーイ、チョットなど)がある。「要求」は欲求対象の名によって示されるが、対象語と変わらないので、聞き手はそれが単なる報告か、要求かを判断しなければならない、ということである。1歳前後の子どもは、同時に「指さし」(指示身振り)で要求を表示するが、それは目の前にある事物に限られており、目の前にない事物は「談話」によるしかない。 「自閉症児」の場合、「呼びかけ」よりも「要求」が頻発することはないか。特に、「ジュース、ジュース」などと欲求対象の名で要求するが、「オーイ」「チョット」など一般的な慣用型の「呼びかけ」は、いつまでたっても現れない、というのが実情ではないだろうか。もしそうだとしたら、その原因は何だろうか。興味深い問題である。