梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・72

■談話的指示
【要約】
 対人的な場面での指示行為の機能は、主題の伝達ということである。場面にある特定の刺激事象を場面から分離し選択的にそれを表示することもふくむが、それが完全に行えないということも意味している。一つの指示行為は、主題がその人であることは表示できても、その人の顔立ちについてなのか、パースナリティについてなのかを限定することはできない。指示行為はあくまで場面全体から受けとられる主題を表示することにとどまる。 音声を媒体とする場合にも、指示行為に類似した機能をもつ言語形式がある。Thisや
that、あるいはココ、アレなどがこのたぐいであって、指示語(コソアド語)といわれる。しかし、指示語には指示行為より複雑で高次の機能がある。
 日本語では指示語はよく分化しており、“関係の次元”と“範疇の次元”とに関連して分類される多数の指示語がある(井出,1958)。8名の1歳児が用いた指示語は以下の通りであった(村田,1962)。
●コレ(関係:近称・範疇:物)
●ココ(関係:近称・範疇:場所)
●アレ(関係:遠称・範疇:物)
●アソコ(関係:遠称・範疇:場所) 
●アッチ(関係:遠称・範疇:方角)
 以下の指示語は1歳期には生じないか、ほとんど生じない。
〇コッチ(関係:近称・範疇:方角)
〇コンナ(関係:近称・範疇:状態)
〇アンナ(関係:遠称・範疇:状態)
〇ソレ(関係:中称・範疇:物)
〇ソコ(関係:中称・範疇:場所)
〇ソッチ(関係:中称・範疇:方角)
〇ソンナ(関係:中称・範疇:状態)
〇ドレ(関係:不定称・範疇:物)
〇ドコ(関係:不定称・範疇:場所)
〇ドッチ(関係:不定称・範疇:方角)
〇ドンナ(関係:不定称・範疇:状態)
 1歳期に用いることのできる指示語は、関係の次元では近称と遠称とであり、範疇の次元では主として物と場所である。このことは、用いることができる指示語が、1歳児では機能的に指示行為と大差がないということであり、主題の伝達という範囲からあまり大きく離れていないことを物語っている。これらの限られた、比較的単純な機能をもつ指示語は、言語発達の早い子どもの場合は1歳5ヶ月~1歳6ヶ月ごろからも生じるが、多用されるのは1歳9ヶ月以降である。最もひんぱんに生じるものはココとコレであるが、この2語の機能は、1歳期では十分に機能していないようである。ココは必ずしも場所の指示ではなく物の指示にも用いられ、コレは必ずしも物の指示ではなく場所の指示にも用いられる。


【感想】
 指示行為とは、「指をさす」ことである。周囲にある事物を特定して指をさす。生後8カ月ころを過ぎると、乳幼児はさかんに指をさしている。それは「今、自分はコレを見ている」「アレを見つけた」ということを、傍らの人に知らせているのである。指示行為は、人間同士の間で交わされる、独特の交信手段である。自分と他人が「認識世界を共有しなければ」成立しない。
 「自閉症児」の場合、「指をさす」と、その動作を真似するか、あるいは、指の方向ではなく指先自体に注目する傾向はないか。指示行為の意味を理解しているか。指示行為は、周囲の人が「指をさす」のを見て、その意味を理解できるようになるのか、それとも、自分が手を延ばして事物をとらえようとする動作から発展するのか。そのあたりを知りたいと思う。 
 著者は「1歳期に用いることのできる指示語は、関係の次元では近称と遠称とであり、範疇の次元では主として物と場所である。このことは、用いることができる指示語が、1歳児では機能的に指示行為と大差がないということであり、主題の伝達という範囲からあまり大きく離れていないことを物語っている」と述べているが、指示行為の機能である《主題の伝達》ということが、どのようなことなのか、よくわからなかった。
(2018.9.3)