梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「国語学原論」(時枝誠記著・岩波書店・1941年)精読・21

《二 音節》
 言語の表現は、リズム的場面へ音声を充填することにより、音の連鎖が幾個かの節に分けられて知覚されることになる。これを表出における型と考えれば、そこにリズムの具体的な形式を認めることができるが、もしこれを充填された音に即していえば、音節として知覚される。音節はリズムを充填する内容であり、リズムは音節によって具象化された形式であって二者別物ではない。これが私のリズム観に基づく音節観である。
 国語においては、リズムは等時的に分割された拍音形式であり、生理的には調音の変化であり、心理的には音色の変化である。
 長音が純然たる長音に発音される時には、リズムの一拍音だけの長さを充填するのが普通である。 
 高い山  タカイヤマ(五音節) タカーイヤマ(六音節)
 この長音の延長を規定するものは、拍音形式の等時性に外ならない。
 一般には、長音はリズム的場面の制約を受けて、一拍の長音を可知的音節として成立させるような長音の変化を試み、事実上二音節に構成する傾向がある。
 扇(オーギ)は、オオギとなる。姉さん(ネーサン)はネエサンあるいはネイサンとなる。ニューヨークはニュウヨオクとなる。促音の場合には、明らかに調音の変化を伴う。「アッタ」は「ア・ッ・タ」と分節される。促音の閉鎖過程が一拍音を占めるのである。二重母音は「オイ」(老い)、「オイ」(甥)ともに調音の変化によって、リズム形式を実現しているのだから、二音節と考えなければならない。国語においては、一音節を構成する二重母音は存在しない。撥音も同様に、「テン」(天)、「テン」(点)ともに二音節と考えなければならない。
 次に、一般的な綴音(母音+子音)を一音節として認める理由を明らかにする。
「カ」はその標音法[ka]によって二つの調音の結合と考えられ、二音節ではないかという疑問が予想されるからである。今、ka、akという単音の連鎖を比較して考えると、国語におけるka音は、k調音からa調音への移動ではなく、kが発音されようとする時、すでにa調音は用意され、kを発音することは、同時にaを発音することになる。いわば同時的発音であり、音の融合である。このことが「カ」を一音節と認める重要な根拠となる。これに反して、akはaが発音されと同時にkが発音されることは不可能であり、aからkへの調音の移動が必要でなので二音節となる。
 国語の音節構成には母音が伴うか否かということは問題外であって、そのリズム形式を実現するのに必要な条件は調音の変化であるから、どのような発音発声によっても音節が成立することになる。「アリマス」がarimasuと発音された場合でも、arima-su、arimasと発音された場合でも「ス」の音節的価値に変わりがない。このことは、アクセントの配置を考える場合にも重要な事柄であって、アクセントはリズムと同様、一つの形式であり、しかもリズムの上に成立する形式である。
 拗音は極めて二音節に移りやすい性質を持っている。ヤ行ワ行の音は、例えば「ヤ」はiaというふうに、iとaの両調音の同時的実現の場合は一音節として知覚されるが、その間に少しでもわたりの音が介在しi-aとなる時は、それはリズムの一単位を充填することができなくなり二音節となる。「ワ」(輪)と「ウワ」(上)において、後者の「ウ」がいかに微弱でも、そこに調音の継起がある以上、「ワ」とは違って二音節である。
 以上、国語の音節の特殊性は、リズムの特殊性によって条件付けられていることがわかる。外国語が国語の文脈において発音される時、リズム形式の相違によって制約され、異なった音節のものになるのは当然である。古くから長音、撥音、促音が一音節として考えられたことは、事実がそのようにさせたのであり、私はこれを国語の特異なリズム形式によるものと考えたのである。


【感想】
 日本語は、通常(直音の場合)、一字一音節で表記される。ただし、音節によっては2文字以上で表記する場合がある。長音、促音、拗音、拗長音、促長音の場合である。「先生」(長音)は「センセー」と発音し3音節(ただし、センを撥音として一音だとすれば2音節)だが「せんせい」と4文字で表記する。「切手」(促音)は「キッテ」と発音し2音節だが「きって」と3文字で表記する。「今日」(拗音)は「キョウ」と発音し、1音節だが「きょう」と3文字で表記する。「東京」(拗長音)は「トーキョー」と発音し2音節だが、「とうきょう」と5文字で表記する。また「学校」(促長音)は「ガッコー」と発音し、2音節だが「がっこう」と4文字で表記する。
 また、「りょうしが、はとを、てっぽうで、うとうとしました」「おばあさんが、えんがわで、うとうとしています」という文を音読する場合、《うとうと》という文字表記を前者は「ウトート」、後者は「ウトウト」と発音しなければならない。
 以上は、小学校・国語教育の基礎知識だが、「せんせい」を「センセー」ではなく「センセイ」と音読させている教員は少なくないようである。
 著者は、国語の音節を、等時的拍音形式というリズムの一拍分に充填される音声であると規定している点が、たいへんわかりやすく、おもしろかった。著者は「アッタ」を三音節、「テン」を二音節だとしているので、私の認識は誤りかもしれない。
(2017.9.20)