梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「東京新聞」の《欠陥》記事

 「東京新聞」朝刊(23面)に「首切られ女性死亡 茨城のコンビニ駐車場」という見出しの記事が載っている。その全文は以下の通りだ。
〈11日午後7時20分ごろ、茨城県常陸太田市河合町のコンビニ駐車場付近で、女性が何者かに刃物のようなもので首を切りつけられた。女性は病院で死亡が確認された。県警は、身元の確認を急ぐとともに、現場にいた男が何らかの事情を知っているとみて話を聴き、殺人事件として捜査している。県警によると、別の男性が「女性が首を刺されている」と太田署に通報した。現場は、JR水郡線河合駅から北東に約500メートルの田畑が広がる地域。〉
 この記事の特徴は、事件の時刻、場所は「きわめて明確に」示されているのに、登場する人物像は「杳として定かではない」点である。せいぜい被害者の女性が一人、通報者の男性が一人、事情を聞かれている男性が一人という「人数」しかわからない。なぜか。現在「捜査中」だから詳細は明かせない。「個人情報」だから、それ以上は明かせない。ということだろうが、では、東京新聞は、この記事で何を読者に伝えたいのだろうか。いつ(11日の午後7時20分頃)、どこ(常陸太田市河合町のコンビニ駐車場)で、「殺人事件があった」ということは伝わるが、それ以上のことはわからない。読者は、その情報から何を受け取るべきなのだろうか。「こわい!」「そこに近づくのはよそう」「コンビニでは気をつけよう」。いずれにせよ、すでに参考人が事情聴取を受けているのだから、付近に犯人が潜伏しているとは思えない。だとすれば、せいぜい「こんな場所で」といったショック(恐怖)感ぐらいではないだろうか。
 最近は、このような「不安感」だけを煽る(欠陥)記事がまん延しているように、私は感じる。コロナに関する記事も然り・・・。「よくわからないこと」を「よくわからないこと」として伝えることは、「伝えない」ことと同じであることを、報道関係者は肝銘すべきである。
(2021.8.12)

小説・フライトレコード(5)

 ボクはどこへ行ってしまったと思っていたら、結局友達の部屋で男の子と寝ていた。絶望をかきわけかきわけ生きることのたのしさよ、とかなんとか寝言をつぶやきながら。みじめったらない。女の子は生活の臭いがしていようといまいと嫌いだ。おかあさん。今日も暮れゆく故国の町に、友よさむかろさみしかろ。嘘つけ。男の子と寝ていたのは、やっぱりボクではなくて、女の子だったんだ。わからない。ボクが寝言などつぶやくはずがない。耳のうしろがジーンとなるのは「おでき」のせいだ。病気。ボクは、たしか健康だった。ジリジリと電話が鳴って、女の子の声がした。あなたを殺したいんです。とてもうれしいけどわからねえな。そんな告白をしたってあなたを殺せやしないのに。あなたって誰ですか。あなたよ。退屈だ。きっと「おでき」がささやいたんだ。頭痛がするのもそのためだ。きっときっと生きて帰ってきてね。町の食堂で兵隊さんがタンメンをたべているなんて、事実だ。ドッキリドッキリ心臓がひびいて、頭がクラクラした。おい。その後ろにボクがいたんだ。びっくりしたなあ、もう。本当にボクがいたのでしょうか。あのボクが、そしてこのボクが。ボクって誰ですか。誰なのですか。電話だ。ジリジリジリ。もしもし、アカサカミツケまで来てください。いやです。何ですって。いやなんです。遠いんです、もう一度。いやです。わからないなあ、どうしてですか。遠いんです。もしもし、聞こえますか。聞こえませんよ。電話だ。おいしいですか、タンメン。食堂を出たとき、夜になった。元気をだそう。
(1966.5.5)

小説・フライトレコード(4)

    ボクはどこにいるのだろう。探さなければならない。フワフワヒラヒラ。雨やむな。トウキョウの上。アヴァヴ・ザ・トウキョウ。電車の屋根が濡れて光った。お嬢さんがコビトになって先生を抱いたまま森の方に歩いて行った。先生、どこに行くのですか。ボクを知りませんか。森へ行こう。森の上。眼をつぶってフワリと、雨のしずくがベンチにおりた。「喜劇」を「悲劇」に転化すること、それはずっと昔のボクの使命だった。死をそのための座標軸としなければならない。思想くそくらえ。お嬢さん、先生を知りませんか。食べてしまったのよ。ボクを知りませんか。捨てたわ。あいかわらずじゃねえか。相変わらず、生きなければならない。センセー。傘がヒラヒラ花のように動いた。森の中。雨ふれ。雨の中を、戦車が行進して来た。戦車、たたかうくるま。おかしいな。たたかうのはヒトですか、くるまですか。たたかうためのくるま、戦車。たたかうべきくるま、戦車。カブトムシのたたかいにアリは関係ない。どこに行くのでしょう、戦車。車庫に入るんじゃねえのか。たたかわないくるま、戦車。舌を咬まれそこが痛いので、タバコが吸えなかった。ひとり孤独です。森の中。雨がふっていた。吉兆ではありません。ソヨロソヨロとなまあたたかい風が吹いて、雨があがった。くもり。ああとうめいて溜息をついたんだ。
(1966.5.5)