梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「言語発達の臨床第1集」(田口恒夫編・言語臨床研究会著・光生館・昭和49年)通読・2

【要約】
【2.人関係を重視した言語臨床】
1)正常発達像
・ここにあげた90項目は順調に成長している、出生から満2歳ごろまでの、いわゆる“正常な”子どもの観察やその関係資料から得られた行動の特徴である。
・母子関係の成立・発展という観点から見て、これをおおまかにA~Hの8群に分けて配列すると、次のようになる。


【感想】
 以下の90項目は、子どもの成長・発達にとって「必要不可欠」な行動特徴であり、育児を担当する親、それを支援する「臨床家」は、つねに「その行動」が生じたか、それはいつ頃か、もし(まだ)生じないとしたら、その原因は何か、「その行動」を生じるようにするためには何が必要か、どうすればよいか、について「考えなければ」(考察しなければ)ならない。そして、「どうすればよいか」考えたことについて、「実行」してみなければならない。その結果が「功を奏するか」どうかは誰にもわからない。ともかくも「試行」してみることが大切なのである。その「試行錯誤」が親および臨床家に課せられた課題なのだ、と私は思う。また、ある子どもへの「試行」が成功したからといって、その方法が誰に対しても「通用」するとは限らない。「育児」「保育」「教育」「治療」といった仕事を、ただ「自然科学」の「合理性」一辺倒で「割り切る」ことはできない。さればこそ、著者の言う《“わからないこと”を“わかっていないこと”だとしておく》こと、《「よかれと思うことをいっしょに考えてやっていきましょう」》という姿勢を貫くことが肝要ではないだろうか。


【要約】
A.比較的原始的な、自発的、反射的ないし生物学的な活動
1. 元気な声で泣く。(生後1週め)
2. 元気よくお乳を吸う。


【感想】 
この2項目が、発達の「出発点」である。つまり「泣く」こと、「吸う」ことが「元気よく」できるか。この行動は、子どもの「自発的」「反射的」な生物学的な活動なので、親や臨床家は「どうすることもできない」、と思ってはいけない。まず、どうして「元気がない」のか、「泣かない」のか、「吸わない」のか、その原因を「推測・究明」する必要がある。異常分娩、仮死、奇形、運動機能の欠陥などが確認されれば、それ相応の対応を施されなければならないが、問題はそれほど「複雑」ではない。要するに「元気を回復すること」が当面の課題になるからである。「泣く」ことと「吸う」ことは、いずれも今後の発達にとって最重要課題だが、「生物学的」には「吸う」こと、「人間学的」(社会的)には「泣く」ことが不可欠であろう。つまり「吸う」ことは、将来の「健康」な肉体へ、「泣く」ことは、将来の(豊かな)「社会性」へと発展していく。この時点(生後1か月)で、A・泣くことも、吸うことも不十分、B・泣くことは不十分だが、吸うことは十分、C・泣くことは十分だが、吸うことは不十分、D・泣くことも,吸うことも十分、というケースが想定できるが、親や臨床家は、子どもがそのいずれに該当するかを見極めることが重要である。いわゆる「自閉症」(になる)の場合は、AおよびBという状態を呈するのではないか。以下は、昔、私が綴った拙文である。


《参考》「泣く子」と「おとなしい子」
 今、目の前で赤ちゃんが火のついたように泣いていたら、お母さんはどうしますか。思わず、抱き上げるでしょう。「おお、よしよし」と声をかけてほおずりをしたり、おしりを軽くたたいてあげたりするでしょう。ミルクがほしいのかな、おむつが汚れたのかな、など、いろいろと考えてみるでしょう。そしていろいろと思いあたることをやってみたら、赤ちゃんは泣きやんでくれました。お母さんはやれやれひと安心と、胸をなでおろすでしょう。
 こうした光景は、生まれて間もない赤ちゃんのいる家庭では、どこでも見られることだし、別にたいした意味はないように思われるかもしれません。しかし、この光景の背後には、今後の赤ちゃんの成長・発達にとって、きわめて重要な意味が秘められているのです。 赤ちゃんが泣く、お母さんが世話する。このことは、赤ちゃんを生命の危険から守り、健康な発育を助けるためには、必要不可欠なことですが、それ以上に、赤ちゃんの「こころ」の発達・成長にとって重要な意味があります。はじめ、赤ちゃんは、ただ本能によって「反射的」に泣いているだけです。しかし、お母さんは、それを黙って見のがすことはできません。お母さんは、いろいろと「世話」をします。その結果、赤ちゃんは「とても快い状態」を味わえるようになります。それは、もしかしたら、まだお母さんのおなかの中にいたころの、あの夢見心地の気分なのかもしれません。
 やがて、赤ちゃんは、もっともっと「快い状態」を味わいたくなるでしょう。そのためにはどうすればよいか。お母さんの毎日繰り返し行う「世話」によって、「泣くこと」と「世話」をすることが結びつき、それが「快い状態」を招くという事実を、赤ちゃんは学ぶようになるでしょう。そうだ、泣けばいいのだ!泣くことによって、赤ちゃんは「快い状態」を確保できるようになり、生後の不安定な状態から脱出する方法を発見することになります。
 「安心感」、それは「こころ」の発達にとって、なくてはならないものです。そして、その「安心感」が、自分自身の力によってではなく、「他の人間の力を必要とするものであり」、そのためには、まず「自分自身が他の人間に働きかけなければ得られない」という事実を、赤ちゃんは学ぶのです。これは、「人間が他の人間とのかかわりの中でしか生きていけない」ことを知る第一歩であり、「人間と人間のふれあい(コミュニケーション)の方法を知る第一歩です。
 まだ、ことばを使ったり、からだを動かしたりすることができない赤ちゃんにとって、「泣くこと」だけが、自分と他人を結びつける唯一の方法なのです。赤ちゃんは、泣くことによって、自分の不安定な状態を、お母さんに知らせることができます。泣くことによって、お母さんを呼び寄せることができます。泣くことによって、世話の後にくる「安心感」を味わうことができます。言いかえれば、泣くことによって、お話をすることができます。だからこそ、お母さんは、泣いている赤ちゃんに、ことばで謝ったりするのです。「そうなの。おなかがすいたの。ごめんなさいね。おお、よしよし」、そのことばの意味が赤ちゃんに理解できないことは百も承知で、お母さんは話しかけるのです。なぜなら、そのことばの背後にある「こころのやりとり」(感情の交流)を、お母さんは何よりも大切に思っているからです。そして、その「ことばのやりとり」こそが、将来、赤ちゃんがことばを使いこなすための土台になるのです。
 あなたの赤ちゃんはよく泣きますか。あまり泣かない方ですか。どんな時に泣きますか。どんな泣き方をしますか。
 赤ちゃんの「泣く」という行動を、細かく観察してみて下さい。
 大きな声で力強く泣く赤ちゃんは、安心です。泣き声、泣き方がいろいろあり、それを聞いただけで、どうして泣いているかが、お母さんにピーンとくるような赤ちゃんは、安心です。泣いているから抱き上げると、すぐ泣き止み、下へおろすと泣き始め、もう本当にいやになっちゃう赤ちゃんは、安心です。
 ミルクを飲むと、すぐに寝てしまって、ほとんど泣かない赤ちゃんがいます。「いつも」スヤスヤ眠っていて、なんだか起こすのがかわいそうな赤ちゃんがいます。人の話では、赤ちゃんを育てるのは並大抵にことではないということだけど、うちの子はほとんど手がかからないし、なんだか拍子抜けだな、という赤ちゃんがいます。泣くことは少ないけど、一度泣き出したらさあ大変、どんなことをしても全然泣き止んでくれない、という赤ちゃんがいます。
 こうした赤ちゃんたちは、生まれて間もない頃の不安定な状態を、うまく脱出できないでいるのです。「こころ」の中は「不安」でいっぱいです。お母さんとは何なのか、今、自分を持ち上げているのは誰なのか、見るもの、聞くもの、すべてが「不安の連続」なのです。
 今、そうした赤ちゃんが目の前でスヤスヤ眠っているとしたら、お母さんはどうしますか。
(2014.4.9)