梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「言語発達の臨床第1集」(田口恒夫編・言語臨床研究会著・光生館・昭和49年)通読・7

【要約】
2)臨床例にみられる特徴
・ここにあげたA’~Iの242項目は、ことばの発達に問題があるということで相談に来た数多くの子どもたちにみられた、症状や所見である。現象的にも意味的にも一部重複している項目が多い。統一のとれていないランダムなものである。しかし、これが初回面接時前後に得た情報の全体像である。
・これをどう“解釈”するかが問題であるが、ここでは母子関係の成立・発展と関連させてひとつの解釈を成立させ、それに基づいて、おおまかに10この群に若手配列してみた。


*表3.母子関係がうまく育っていないらしいときによく親が訴えること、生育歴にみられること、子どもの行動にみられることなどの行動特徴。


A’.新生児に、ほとんど生得的・先天的に備わっているものとみなされる活動が、弱いか乏しいことを示していると思われる症状。
1. 元気の悪い赤ちゃんだった。
2. お乳を飲むとき、吸いつく力が弱かった。
3. お乳を飲む力が弱かった。
4. めったに泣かない。
5. オムツがぬれても泣かなかった。
6. ミルクの時間が来ても、泣いて教えるということがない。
7. どこを見ているのかわからなかった。
8. おとなしくててのかからない子どもだった。
9. おとなしくて眠ってばかりいて手がかからなかった。
10. ミルクを飲ませれば、あとはおとなしく寝ていた。
11. いわゆる喃語はなかった。
12. 寝かせておけばいつまでも寝ていた。


【感想】
 以上の項目は、子どもの側からの「情報発信」(要求・教える等)が乏しく、育てる側にとっては「手のかからない」「楽な」ことばかりが示されている。親は、「自分の都合で」「計画通りに」子育てができる、たいへん「育てやすい」「いい子」だと感じたかもしれない。(子どもに重篤な疾患、身体的な異常が見当たらなければ)「衛生、栄養、安全といった面だけを注意していればよい」と思ったかもしれない。あるいは、子どもの生育を「心配」するあまり、子どもが「情報発信」をする前に先回りして、授乳、オムツの交換、換気、採光・室温の調節等々、必要な介護(お世話)を、てきぱきと「やってのけた」かもしれない。まして「元気の悪い赤ちゃん」「お乳を飲む力が弱い」場合には、母親の「心配」「ストレス」は高まるだろう。いずれにせよ、A’の13項目は、すでに新生児段階で、母子関係がうまく育っていない(らしい)ことを如実に示す「症状」である。その原因が、子どもの側にあるか親の側にあるか、両方にあるかなどは、「臨床的」にはあまり重要ではない。子どもが「めったに泣かない」という状態から、一時も早く「脱出」するようにすることが肝要である、と私は思う。子どもにとって「泣く」ことは、必要不可欠な「社会的活動」(の第1歩)である。一方、「子どもを泣かせるな」「うるさい、周りが迷惑する」「泣くことは不安のあらわれであり、情緒の発達を妨げる」「泣かない子に育てることは“自立心”を養うことにつながる」といった、大人の都合による独断と偏見もはびこっている。母親は、その「板挟み」となって、自分自身の「心理的な不安定」(いわゆる「育児ノイローゼ」)を招くかも知れない。しかし、「泣く」子どもの立場にたって、母子の「やりとり」を発展させるか、「泣かせない」大人の立場に立って、母子関係をいっそう疎遠にするか・・・。そこが重要な分岐点になるだろう。  
また、以上の項目に「一度泣き出したら、泣きやまない」「泣いてばかりいる」「発作をおこしたように泣き出す」といった項目が1つもないことは注目すべきである。そうした行動特徴も、親にとっては「心配」の種に違いないと思われるが、「ことばの発達」や「人関係の発達」にとっては、「問題とするには値しない」ということなのだろうか。(2014.4.21)