梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・学校給食

 戦後の小学生は、昭和33年頃まで給食で「脱脂粉乳」を飲まされた。喜んで飲む子どもは少なく、ほとんどが目をつむり鼻をつまんで一気に飲み干す。中には隠れて流しに捨てる子どももいた。当時の小学生は毎日、給食袋にアルミの皿、コップ、椀を入れて登校した。給食の献立は三品、コッペパン、ミルク、総菜だけであったからである。ミルクと称する「脱脂粉乳」以外は、美味しかった。コッペパンは半分にスライスされて、ジャム、バター、ピーナツクリーム、ママレード、あんこ等が塗られている。また油で揚げて砂糖をまぶした「あげパン」は人気だった。総菜がカレーシチューの時、コッペパンには何も塗られていなかった。コッペパンの中をくりぬいてカレーを注ぎ込むと「カレーパン」ができあがる。賞味した後、くりぬいたパンの切れ端を丸めて、誰かにぶつける悪戯も流行ったが、そんな有様は、私たちのクラスだけのことだったかもしれない。卒業後、まもなく「脱脂粉乳」に代わって、ビン入りの美味しい「牛乳」が登場し始めた。
(2015.4.16’)