梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

ある問答

 AがBに言った。
「気がつくと、私は四角い部屋の床に横たわっていました。部屋の中には何もなく、真っ白い天井と壁があるだけです。出口はなく壁には窓もありません。よくよく天井を見ると、次第に『死』という字が浮かび上がってくるのです。壁も床も同様で、私は『死』という字に囲まれて、辛うじて生きているという感じがしました。
 そのうちに『このままここから出られなくなったらどうしよう』という思いが高じてきて、息が苦しくなりました。動悸も激しくなりました。『ウワーッ』と叫んで助けを求めても、誰もいません。一瞬のうちに天井、四隅の壁が崩れてきて、私は圧死するのではないか、という恐怖にかられました。
 以上が、きのう見た夢の内容です。私は病んでいるのでしょうか?これからどうすればいいでしょうか?」  
 BがAに応えた。
「まず深呼吸をしてみてください。大きく息を吸って、それ以上に長く息を吐くのです。3回ほど繰り返してみましょう。今、あなたはスムーズに深呼吸ができましたね。だいじょうぶです。あなたは病んでいません。でも、『病んでいるかもしれない』という心配があるのですね。その心配はごもっともです。そして、大切なことです。生きていくためには、安心ばかりしてはいられません。『ほどほど』の心配がなければ、すぐに病気になってしまうか、大怪我を避けることはできないでしょう。ただ『過度』な心配は不要です。
 あなたの見た夢は、私たち『生きとし生けるもの』の実態を鮮やかに映し出しています。そうなんです。みんな、あなたと同じ状況にあるのです。みんな、必ず死ぬのです、でも、そのことに気づいている人は多くありません。あなたは、夢の中で、そのことに気づいたのです。夢の中の部屋には出口がありませんでした。壁には窓もありませんでした。しかし、現実は違います。あなたは、今こうして、私の所に来てくれました。そして、話をしてくれました。さらにまた、私の話を聞いているのです。だから、夢の世界とは違います。
夢は、夢に過ぎません。夢を現実と見誤ることで、『病』が生じます。それを防ぐためには、決して『一人きり』にならないでください。誰かと話をしてください。今日は、私に話をしてくれてありがとうございました。」
 Aとは「無意識」もしくは「自我」、Bとは「意識」もしくは「超自我」のことだが、Aを「患者(クライエント)」、Bを「臨床心理士(カウンセラー」などと《呼びまちがえる》場合もあるので、注意が必要である。(2018.8.26)