梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・メガネ

 小学校入学時から私の視力は弱かったが、四年生の頃から黒板の字が見えなくなった。メガネをかけたいと思ったが、恥ずかしくて言い出すことができなかった。クラスの誰ひとりメガネを装用していない。学校の視力検査でも「見えない」ことを隠したい。私は順番がくるまでに検査表の文字列を必死で憶えた。「コ・ナ・ル・カ・ロ・フ・ニ・レ・コ・ヒ」。五年生までは何とかごまかせたが、六年生では叶わなかった。検査後、担任の先生は「この組で一番目が悪いのはコウタロウ君!」と公表した。その時は恥ずかしさと悔しさで唇を噛んだが、今思えば「早くメガネをかけて、楽になりなさい」という温かい配慮であったのだろう。父も「そんなに悪いとは思わなかった。このまま度が進むと失明するかも知れない」と嘆いた。かくて、私はクラスでメガネをかける「一番乗り」となった。私が一番になったのは、後にも先にも、この時をおいて他にない。(2015.4.17)