梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(19)・Ⅴ章 Stage別の認知発達治療・4

【要約】
【4.StageⅢ-1の治療教育】
・StageⅢ-1は、やっとシンボル表象的思考期に入ったばかりの時期で、健常児のほぼ2歳半前後に相応する。
1)StageⅢ-1の状態像
・2語文以上を話す子どもが多くなるが、会話はほとんど成立しない。言葉かけの理解は、日常生活の中ではほとんど問題がなくなる。言葉による物と物との関係づけは、経験と結びついていることが多い。
・遊びでは、一度経過した遊びをそのとおりに再現して行う型どおりのひとり遊びが一番目立つ時期である。ごく簡単な象徴遊びができるがパターン的である。絵本への興味は限られており、ストーリーは理解できない。描画では、簡単な人の絵が描けるようになり始める。
・対人関係では、言語を介してのかかわりができ始める。特定な人に特定なことのみを要求するなどパターン的、一方的である。やりとり遊びができるようになるが、十分なものではない。
・異常行動の面では、物事の順番や配列などこだわりの強い行動が目立つ。課題や言語指示が理解できなくなったとたんに、エコラリー、視線回避、場に関係のない行動など、異常行動が強くなる。
2)StageⅢ-1の治療教育の目標
⑴第1次元の目標:シンボル表象機能の基礎を確実にし、基本的な関係の概念の理解を促す
・シンボルを初歩的な関係の概念の中で理解できるようにする。
*言葉により属性を認識し、言語で表出することを促す、言葉の世界を豊かにする。
*1つの物を別な手段で表現したり、ある物を他の物で見立てたりする。
*同種の物を集めたり、比較したりすることによって。物と物との比較の概念の基礎をつくる。
・対人関係では、大人との関係をより豊かにし、子どもどうしのかかわりをもてるようにする。
・運動面では、動作模倣での左右の分化・協応動作、遅延模倣の発達を促す。
⑵第2次元の目標:適応行動の獲得
・StageⅢ-1では、基本的な身辺処理技能はほぼ自立しているので、般化を促すことが必要となる。
・言葉の面では、あいさつ、日常会話など、意思伝達の技能を獲得することが目標となる。
・集団生活への適応面では、全体への言葉かけで行動できるようにする。人への関心を広げ、適切なかかわり方や集団行動の枠組みに参加できるようにする。
・年長では、単純なものであれば一連の作業が自発的にできるようにする。
⑶第3次元の目標:異常行動の予防と減弱
・こだわり行動は、認知発達と適応行動を促しつつ、日常の治療教育の中で改善の対策を図る。
・こだわり行動、パニックが激しい場合には、諸要因を検討し、治療教育の配分を考慮し、薬物治療を含めた基本的な方針を立てる。
3)StageⅢ-1の認知発達学習
⑴認知レベルの把握
・「ボタンを箱の上に置いてください」「ハサミを積木のそばに置いてください」の課題のどちらか一方で、呈示された2つの物を正しく取り、行動的になんらかの関係づけをすれば後期の認知レベル、できなければ前期の認知レベルと判断する。
⑵認知学習のねらい
①前期のねらい
・言葉により属性を認識し、言語で表出する。(色・形の理解と言語表出、動作語)
・言葉の世界を豊かにする。(語彙数を増やす)
・物と物との関係の概念の理解を促す。(チャンキング、仲間あつめ)
②後期のねらい
・言葉の世界を豊かにする。(簡単な文の言語表現)
・物と物との関係の概念の理解を促す。(“同じ”“違う”の理解、比較の基礎をつくる)
*物と物との関係の概念の理解を促し、言葉で表現できるようにする。
*絵カードや実物による仲間あつめ(食べ物、乗り物など)、大小の理解、比較、異同の理解を促す。
③共通のねらい
・イメージの世界を確実にする。(身近な物の描画や制作)
・コミュニケーションを豊かにする。(コミュニケーションに有用な言葉、小集団活動に参加する)
*多様なシンボル活動を促す。(ゲーム、再現遊び、見立て遊び、描画活動)
*運動サーキット、遊戯、リズム体操、言葉による行動の調節を促す。
*コミュニケーションを豊かにするための有用な言葉、社会的なルールの理解を図り、般化する。
④グループ学習のねらい
a)子ども側から人に働きかける意欲を育てる。
b)子どもどうしお互いを意識しつつ、適切なかかわり方を学び、集団生活を楽しむ。
c)全体への声かけで行動でき、当番などの役割を持ち、遂行できるようにする。
d)人への適切な表現方法を学ぶ。
e)がまんすること、順番を待つなどのルールを学び、感情をコントロールできるようにする。
⑶認知学習のプログラム
①個別学習プログラム(例)
1.動作模倣(グー・チョキ・パーなど)
2.構成(積木構成:見本を見て、同じように作ることを促す)
3.チャンキング(公園、風呂場、台所のシートに、その場にあるブランコ、石鹸、包丁などの絵カードを分類して貼る)
4.手探りゲーム(袋や箱の中に物を入れておき、言われた物を手探りで取り出す)
5.複数指示(4枚くらいの絵カードの中から2枚の絵カードを取れるようにする)
6.大小分類(絵カードを大小で分類する)
7.パズル(6ピースくらいのピクチャーパズル)
《自習学習》(2点結び、ジグゾーパズル、迷路シート、描画、塗り絵、切り絵、折り紙、粘土、プリント学習)も行う。
②グループ学習プログラム
1.手遊び(“グー・チョキ・パーで何つくろう”の歌)
2.名前呼び(“ガンバリマン”の歌に合わせて、名前を呼ばれたら返事をする。
3.絵合わせ椅子取りゲーム(絵カードを持ち、同じ絵カードの椅子に座る)
4.腕相撲(ルールの理解、勝負に気づく)
5.言葉の指示による運動サーキット(巧技台をまたぐ、くぐる、跳ぶなど)
*動的な課題と静的な課題を上手に組み合わせる。
⑷認知学習のすすめ方の留意点
①不適切な課題は異常行動を高める。
・難しすぎると:「やりたくない」といって拒否、視線をそらす、席を立つ、奇声や独り言が増える。
・やさしすぎると:飽きる、わざと間違える。
②教材や言葉かけに変化をつける。
・学習課題を本来の意味の把握ではなく、別の手がかりによって応答のパターンを覚えてしまったり、学習時に使ったことのある教材を見ただけで、次の手順までやりたがるなど、行動だけを1セットにして学んでしまいがちである。治療者は、まず教材や呈示方法に変化(バラエティかつ新奇性)をつけることである。
③プログラムの変更の際には事前に言い聞かせ、納得できるようにする。
・子どもに興味の狭さや偏りがあり、教材や呈示方法に強くこだわり、勝手にやりたがることがあるので、絵や写真カード、具体物などを理解の補助に使いながら、言い聞かせると効果が期待できる。
⑸動機づけを高めるために
①子どもがすでに獲得した課題を発達課題に組み合わせる。
・StageⅠ、Ⅱの課題も組み合わせ、ゲーム的な要素を加味するとよい。
②子どもの高いスキルを利用する。
・ジグゾーパズル、文字、数字、乗り物、描画など高い能力を持っている場合には、そのスキルを教材化し、動機づけを引き出すこともできる。
③治療者は肯定的な言葉かけを多くする。
・「だめ」「違う」というよりも「やったね」「できたね」とほめて励ますような声かけを多くする。
4)対人・コミュニケーション能力を豊かに
ステップ1:治療者が子どもの興味に合わせた話題で働きかけ、コミュニケーションのきっかけをつくる。
ステップ2:限局した興味とその表現を少しずつ広げていくように工夫する。
ステップ3:かかわり方の適切な時と状況を具体的に丁寧に教える。
ステップ4:言葉での応答パターンの種類を増やしていき、実際に使える場面を持てるように工夫する。
*子どもどうしでかかわりや関心を育てる課題を用意する。(遊戯やゲームなど)
5)異常行動・不適応行動への対処のしかた
・頭の中で自分なりのきまりやイメージをつくり、それが壊れたときには不安と混乱を生じやすく、パニックとなって現れる。人への攻撃行動や物への破壊行動として現れる場合もある。直接的な対処法は以下のとおりである。
⑴事前の言い聞かせにより納得させる。
⑵理解を助けるために視覚的なてがかりをそえる。
⑶パニックが予測されたら早めに気分転換を図る。(好きなことに誘う)
⑷パニックには冷静に対処する。(少し弱まるまで様子を見る)
⑸原因の解釈よりも実態を正しく把握する。(子どもの気持ちを勝手に推察したり、まわりのかかわり方を批判することからは建設的な方策は生まれない。その異常行動が、いつどこで、どのように起こるかをよく観察し記録することである)
6)生活全般の中での発達課題
・このStageの子どもは、学習課題は得意であっても日常の中での理解や応用はきわめて乏しい。認知学習で学んだことを日常の中に般化させること、実生活の中で発達課題を意識して働きかけることが、認知構造を柔軟にし、適応行動を身につける上でとりわけ重要である。
⑴日常生活であいさつやきまりの言葉の2語文が使える。(おはよう、こんにちわ、おやすみなさい、いただきます、行ってきます、さようなら、ありがとう、ごめんなさい、~食べたい、~行きたい、~ほしい)
⑵言葉の指示で2つの用事がたせる。
・「~と~を持ってきて」「~をしてから~をしてきて」などの言葉の指示で正しく実行できるようにする。
⑶言葉により行動を調節する。
・全体への声かけで行動できるように、事前の言い聞かせによって通常のパターンを変更できるように、「~したらいけない」という約束事によって行動の調節ができるようにする。
⑷体験したことをもとにコミュニケーションを図る。
・絵や写真を呈示しながら、子どもが体験したことを話題にしてコミュニケーションを発展させる。
⑸家族の中での役割を持つ。
⑹地域社会での適応の基礎をつくる。
・交通機関の使い方、安全のルール、外食、買い物のマナー、お金の使い方などを具体的に教えることによって、社会的適応行動の基礎をつくる。
7)健常児集団での目標と接し方
・個別に何をすべきかを具体的にわかりやすく教えるようにする。
・健常児の行動を模倣したり、やり方を真似たりすることでみんなと一緒の活動を楽しめるように配慮する。
・名前を呼びかける、握手する、手をつないで歩くなど、適切な行動で他児とのかかわりが持てるように教える。
・言葉で要求や拒否が表現できるようにする。
・小学校での目標は、クラスの中での役割を意識して集団活動の大きな枠組みに参加することである。学習面では、学科学習の基礎である文字や数に慣れ親しみ、その意味に気づくことを目指す。学校での集団生活のルールやコミュニケーションのモデルを学ぶ機会とする。(染谷利一・関根洋子)


【感想】
 ここまでの記述を読んで、私が思ったことは以下のとおりである。
1.著者らは、「自閉症の治療」を、自閉症児の日常から切り離し(治療機関に呼び寄せて)、一定の「非日常的な空間」の中で、「認知学習」と(称)して行うが、その「治療」そのものが、場合によっては自閉症児の「異常行動」を増悪させるおそれがあるので、細心の注意が必要である。「認知学習」は、専門家が直接(または、専門家の監督下で)行わなければならない。また、「認知学習」で課題を獲得(達成)できたとしても、それだけでは「治療」効果は期待できない。そこで「できるようになったこと」は、日常の生活の中に「般化」されなければならない。そこで、「生活全般の中での発達課題」が《とりわけ重要になる》。ではいったい、著者ら専門家が行った「治療」(認知学習)を、日常の生活の中で「般化」させるのは、誰なのか。これまでの(StageⅠ、Ⅱ、Ⅲ-1の治療教育の)「生活全般の中での発達課題」を読む限り、その内容は、きちんと(発達論的に)整理されており、(私には)何の異存もない。私が思うことは、著者らは、どうして「そのこと」を、日常の生活の中(だけ)で「展開」しようとしないのだろうか、という一点である。自閉症児をStage分けで分類し、その能力に応じた治療(認知学習)プログラムを立てること(仮説)と、同じStageに分類された子どもたちを「非日常的な空間」に集めて「実践」することとは、区別されなければならない、と私は思う。前者と後者では「次元」が違うからである。また、実践の場である「非日常的な空間」と、子どもたちの日常的な生活の場(家庭・地域社会)とでも「次元」が異なる。それぞれの治療教育で立てられている「次元別の目標」には、どのような相互関連性があるのだろうか、判然としなかった。いずれにせよ、著者らは、「Stage別の認知発達治療」を、「生活全般の中での発達課題」に絞り、その子ども一人ひとりに即して行わない限り、「自閉症治療の到達点」は見えてこないのではないだろうか、と私は思った。
2.著者らは、「4)対人・コミュニケーション能力を豊かに」で、(私なりに要約すると)以下のようなステップを想定している。
ステップ1:治療者が子どもの興味に合わせた話題で働きかけ、コミュニケーションのきっかけをつくる。
ステップ2:限局した興味とその表現を少しずつ広げていくように工夫する。
ステップ3:かかわり方の適切な時と状況を具体的に丁寧に教える。
ステップ4:言葉での応答パターンの種類を増やしていき、実際に使える場面を持てるように工夫する。
このステップは、治療者が子どもと「接触」(コミュニケーション)するためのものだが、「働きかける」「教える」「工夫する」といった治療者側からの「接近」が述べられているだけで、子どもの側からの「反応」に対してどのように応じるか、は明らかではなかった。もし、子どもがその働きかけを「無視」「拒絶」「反抗」したときは、どのような「対処」をするのだろうか。「異常行動」として、「冷静に対処」するには違いないだろうが・・・?ちなみに、「自閉症治癒への道」(ティンバーゲン夫妻著・田口恒夫訳・新書館)の著者・エリザベス・ティンバーゲン氏は、以下のような(自分自身の)《実践例》紹介している。《即興のゲームによる「会話」の例》(積み木遊びをしていた6歳の男児が、「自分の仕事」《積み木遊び》が一段落するたびに、その作品を眺め満足そうにしていたが、最後には静かに、リズミカルに手を叩いた。その様子を観察していた治療者・エリザベス・ティンバーゲン博士は)〈すぐに、それに続いて私が代わって同じリズムで同じように拍手をしてみました。その子は私の方を振り向き、一瞬さっと私を見て、それからまた前に向き直って、私の拍手に応えて、また手を叩き始めました。そういう「対話」がしばらく続きました。それから私が拍手のしかたを少し変えてみたところ、嬉しいことにこどものほうもそっくりそれをまねてくれました。これもしばらく続き、こんどは「子どものほうが」リズムを新しいものに変えてきましたので、私もその「指示」に従いました。それから子どもはそういう「会話」を続けながら、部屋の中をうろうろ歩き始め、しばらくあてもなくさまよったあと、急に気が変わったように「偶然」に私の近くにきて、腹ばいになりました。子どもの足が私に一番近い位置になっており、ちょうど私の手の届くところにきていました。そこで、私が同じリズムで子どもの足をパタパタ叩いてみますと、それが子どもを喜ばせたようでした。子どもは、それに「答えて」手を叩きながら少し私の方ににじり寄ってきました。子どもがだんだん近くに寄ってくるので、手を伸ばすと子どもの脚や尻に私の手が届き、おしまいには背中をくすぐることもできました。子どもは喜んで身をくねらせながら、さらに近くにすり寄ってきました〉。この6歳男児(積木遊びに没頭している姿から、太田のStage分けでは、おそらく感覚運動期からシンボル表象期への移行段階のStageⅡだと思われる)に対して、治療者は、初め、相手のしていることを(無言で)「模倣」(手を叩き)しただけである。それが、きっかけとなって、相手は治療者に注目、「手を叩き合う」という「会話」が成立したのであった。さらに、治療者は相手の「指示」に従うことによって、相手は徐々に治療者に接近、身体接触によるコミュニケーションができるようになったのである。著者らは、たしかに「StageⅡの治療教育」の「4)対人・コミュニケーション能力を豊かに」で「担当者が子どもの要求に十分応じること、楽しい経験を共有すること」の重要性を述べている。しかし、「その際に、要求手段の出し方を教える。また、遊具やおもちゃの使い方はステップを踏んで教えていく」など、どうしても、治療者の意識は《教える》ことの方に偏りがちである、と私は感じた。その結果、StageⅢにおいては、(いきなり)「治療者が子どもの興味に合わせた話題で働きかけ、コミュニケーションのきっかけをつくることから始める」というような、(私から見れば)「無造作な」ステップが考えられてしまうのではないだろうか。こと「対人関係・コミュニケ-ション」に関する限り、「認知能力」の程度よりも、「情緒」のあり方(双方が相手をどのように感じているか)が最優先されなければならない、と私は思う。「担当者が子どもの要求を十分に応じること、楽しい経験を共有すること」は、言葉で言うほど単純・容易なことではない。そのことがスムーズに行われ得ないことこそが「自閉症」の「本態」なのだから・・・。(2014.2.3)