梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(10)・Ⅱ章 自閉症の治療と治療教育・3

【要約】
【5.薬物療法の基礎】
・自閉症の薬物療法の適応、留意点、目的および実際に関して、基本的なことを簡単に述べる。(詳細と文献については第Ⅷ章を参照されたい)
1)自閉症に対する薬物療法の適応
・薬物は、症状の緩和を目的にして、対症療法的に用いられる。しかし、薬物の適切な使用により、相当程度の効果が期待できる。
2)その留意点
・親、教師、指導員などは、服薬の目的と標的症状を理解する必要がある。また、起こりやすい副作用とその対策を、あらかじめ知っておくことが大切である。
・薬物療法を開始したら、服薬は決められたとおりに行うことが大切である。
・行動や情緒の変化を観察して医師へ報告ことが必要である。
・行動の変化は、他の環境要因によっても起こるものであることを理解されたい。
・強い副作用が起こったら、すみやかに主治医に連絡する。
3)薬物療法の目的と実際
・おおよそ、次の3つの目的で使用される。
①脳機能障害の全般あるいは特定の病理の改善、②非特異的な情緒障害や異常行動の改善、③合併しやすい精神医学状態に対する治療。
⑴脳機能障害の改善を目的とする薬物
・脳機能の全般的な改善を目的とするものは、ビタミンB群や老人の痴呆に作用するといわれる薬物である。
・特定の脳病理の改善を目的とするものは、現在、研究段階にある。(効果は限られている)
⑵非特異的な情緒障害や異常行動の改善を目的とする薬物
・興奮、不穏、不眠、こだわり行動、多動、自傷行為、常同行動、パニックなどの異常行動の改善を目的にして、様々な「向精神薬」が使われる。高力価の坑精神病薬(神経遮断薬)がしばしば著効を示し、世界的によく使われている。これは、自閉症が精神病であるという意味ではなく、対症療法として有効であると経験的に認められているということである。ハロペリドール、ピモジドなどが含まれ、少量の使用で効果が上がることが多い。副作用としては、錐体外路性症状(体が硬くなったり震えたりする症状など)や過鎮静(ボーッとして動きが鈍くなる)がある。錐体外路性症状の予防として、低年齢では最初から坑パーキンソン剤を併用することがしばしばである。
⑶合併しやすい精神医学的状態に対する治療
①てんかん
・てんかん発作があれば、坑けいれん剤の使用は必須である。服薬開始にあたっては、安全性(てんかんのコントロールにより生ずる利益と服薬により生ずる不利益とのバランス)の十分な検討が必要である。坑けいれん剤の選択は、てんかん発作型とてんかんの種類に従って行われる。
・服用を始めたら、勝手に断薬してはならない。一般には、長期にわたることになる。どの時点で中止することができるかという原則は、いまだ確立されていない。
・発作がない場合(脳波異常の所見だけで)、一律に坑けいれん剤を使用することは妥当ではない。
②トゥレット障害
・神経遮断薬(ハロベリドールなど)で比較的よくコントロールされる。
③強迫神経性様状態(こだわり行動も含む)
・神経遮断薬や坑不安薬により緩和が可能である。坑うつ薬の使用は、かえって増強することもあるので注意が必要である。
④周期性気分変動
・感情調整薬の使用が著効を示すことがある。
4)薬物療法の限界と展望
・自閉症の本態に働きかける薬物の研究が進んでいるが、テトラハイドロバイオプテリンやフェンフルラミンなどの薬物は、当初期待されたほどの効果は上げていない。(Aman & kern,1989)
・自傷行為の治療の試みも、アメリカなどで行われている(Panksepp,et ai,1987)。効果は十分ではないが、注目に値する。
・本態に触れる薬物の発見は、現段階では模索の状態にある。
【6.思春期から成人期での働きかけ】
・思春期から成人期での働きかけの特徴を、経験と文献を合わせて概略する(Schopler & Mesibov,1983)。
1)よき対人関係と適応的行動の獲得
⑴年齢による変化と働きかけの基本
・この時期になると、自己の社会的評価を感じ取るようになってくる反面、強い劣等感が形成されることもある。自尊心も芽生え始める。(一般の青年と変わりない)
・適応行動を獲得するための働きかけは、このような自我意識の獲得という個人の変化に基づいて行われる必要がある。
・適応行動の獲得にあたっては、課題に成功したときには社会的報酬や評価が第1に必要とされる。
・成功しない場合でも、課題に取り組んだ努力の過程を評価することが大切である。
・また、日常のパターンがずれたりすることなどによって生じる不安、不機嫌、自傷・他害、パニックを防ぐために、日常のルーチンの変更や行事の予定を予告することが大切である。
⑵Wingの分類から見た働きかけの特徴
・孤立群では、特定の人に依存する傾向が出てくる。介護者が頻繁に交代したり、仲間が多すぎたりすると、行動障害(他害、器物破損、奇声、徘徊、自傷、頻回な常同行動)が出現する可能性がある。認知する能力が低いために状況の変化を理解できず情緒的混乱をきたす、コミュニケーションの表出・理解の障害により慣れた介護者でなければ意志交換ができないためと考えられる。介護者は彼らの認知能力の水準を把握して、その能力に見合った働きかけが必要となる。また、日常生活における独自のパターンをある程度認めて、特別な空間を設けることが必要なこともある。認知能力の中で相対的に優れている視覚的で機械的な能力を発揮させることも必要である。
・受動群では、対人関係の特徴として、自発的な表現の少なさとコミュニケーションの低さがあるので、他者の働きかけを「身体的および精神的に疲労しきるまで〉受け入れてしまうことになる。自己の気持ちを伝達できるように、認知水準に適したコミュニケーション方法を習得させること、数少ないコミュニケーションの兆候を介護者が見逃さないようにすることが必要である。また、自発的にかつ適切に他者に働きかけるスキル(技術)の獲得が課題となる。
・積極・奇妙群は、一見適応の程度が良好だと考えられるが、対人関係の障害などを修正することができない。これに対処するには、知的に高い内容を含んだ微妙な調整が要求される。その人の知的レベルに応じた「言い聞かせ」で納得を得ることにより、適切な行動を促すことが可能である。
2)非特異的異常行動への対処
・この時期には、無気力な状態、自傷行為、パニックなどが目立ってくるが、非特異的な異常行動への対処の原則は、適応行動を増やすことにある。異常行動をなくすことだけをねらった働きかけは好ましくない。必ず、適応行動の獲得と組み合わせて対処することが要請される。
・働きかけは、社会的な活動において適切な課題と構造化された環境を用意し、自発的な取り組みを促すことから始まる。取り組んだこと自身を評価し、励ますことが大切である。・薬物療法を中心とする医学的な関与が必要な場合もある。
3)性的行動への対処
・性的衝動が、自閉症の行動異常を強めているという確証はない。
・自慰は、他人の目にふれないように処理することを教える。
・異性への接近行動については、相手の感情を無視しているところがある。相手が迷惑することや、どのように受け取るかを、1つずつ具体的にそのたびごとに十分に説明する必要がある。
・相手には、本人にきちんと謝らせることも大切である。(本人の状態を、相手や周囲の人に理解してもらえるとよい)
・異性の身体の部分に触ったり、抱きつくなどの行動が見られることがある。このような場合に、トゥレット障害や強迫症状の1つであることなどがあり、薬物療法が効果を上げることがある。
4)思春期に合併しやすい精神医学的障害の治療
・てんかん発作、トゥレット障害、強迫性神経症様状態、周期性気分変動などがある。
・治療は、薬物療法の章で述べてある。
【おわりに】
・治療を発展させ、その有効性を検討するにあたり、3つの留意点がある。
①自閉症について現在までに得られた知見、諸研究の成果と矛盾しないかどうかを、本質的な障害との関連で考察すること。
②より豊かな人間性をつくるという観点からも治療は検討されなければならない。
③治療の効果が妥当な方向で評価されなければいけない。再現性が確認されなければならない。
・さらに、治療に際して、治療にかかわる者は自分たちの見方とかかわり方も含めて検討する、厳しい態度が必要と思われる。


【感想】
 以上で、「Ⅱ章 自閉症の治療と治療教育」は終了する。著者は「おわりに」で、治療の有効性を検討するにあたり、3つの留意点をあげているが、その内容に、私は全く同意する。そのうえで、著者が「現在までに得られた知見、諸研究の成果」の中に、動物行動学者、ニコ・ティンバーゲン博士の研究、マーサ・ウェルチ博士の実践は含まれているのだろうか、それらの成果は、「再現性が確認されない」ために「妥当な方向で評価」することはできないということであろうか、また、著者は、治療にかかわる者として「自分たちの見方とかかわり方」をどのように検討したのだろうか、という点が気になった。いずれにせよ、次章からはいよいよ本書の核心と思われる「認知発達治療」についての論述が始まる。期待を込めて、読み進めたい。(2014.1.11)


自閉症治療の到達点