梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・登校拒否

 昭和26年4月、小学校に入学した私はまもなく「登校拒否」状態になった。理由は単純、仲よしの友だちができなかったからである。近所には同級生もたくさんいたが、彼らは幼稚園時代からの知り合いで、その輪の中になかなか入れない。静岡弁まるだしの私は、その度に笑われた。登校時になると、家の柱にしがみつき、泣きじゃくる。祖母は呆れて「そんなことでは偉くなれないよ。お父さんの職場に行けばいい」と言う。見かねた親類の女性が近所のM君の母親に頼んでくれた。「コーちゃんはお母さんを亡くして、一人っ子。静岡から出てきたばかりで友だちもいません、友だちになってあげて」。翌日から、毎朝M君が迎えに来てくれるようになった。M君の母親も、私を「わが子のように」慈しんでくれた。おかげで、私の「登校拒否」は1か月後には解消したのである。70歳になった今もなお、M君との交流は続いている。(2015.4.1)