梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・芝居「浪に咲く花」(鹿島順一劇団)

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年11月公演・苫田温泉乃利武〉                                                  幕が上がると、そこは漁師町の貧しい家内、一人の娘・お房(幼紅葉)が針仕事の最中、どこからともなく大漁節の唄声が流れてくる。帰ってきたのは兄の友蔵(座長・三代目鹿島順一)、お房はまもなく網元(責任者・甲斐文太)の息子・吉太郎(赤胴誠)と祝言を挙げる運びとなっているのである。貧乏なので、花嫁衣装も手作りの様子、ほぼできあがった「うちかけ」を眺めながら、楽しい会話を交わしていると、土地の目明かしで女親分・お時(春日舞子)が訪れた。話は祝言に及んだが、「本当に大丈夫だろうか、身分が違いすぎる」と、お時の表情は曇りがちであった。友蔵に「お前は、昔は村一番の暴れん坊だった。何があっても短気なマネはしないように」と言い含めて退場した。やがて、吉太郎が「つっころばし」然とした風情で登場、お房との「逢瀬を楽しむ」場面となったが、19歳の赤胴誠と14歳の幼紅葉が醸し出す「初々しい」男女の絡みは、ほのぼのとして清々しく、えもいわれぬ景色であった。しかし、お時の懸念は的中する。庄屋の娘・おさき(春夏悠生)が、「千両持参するから、吉太郎と添わせて!」と網元に懇願、金に目がくらんだ網元が、その話を承諾してしまったからである。金持ちで放埒なわがまま娘と、守銭奴・網元の「悪役コンビ」も、どこか滑稽で魅力的、純愛を貫こうとする初な男女とのコントラストが際だっていた。ここからは悲劇の始まり、網元は一方的に「縁談破談」を友蔵に通告、突然な話に友蔵は一時逆上したが、お時の言葉を思い出したか、必死に耐え忍び、やむなく受諾・・・。その悔しさを抑えながら、お房に破談の話をする。ただ貧乏という理由だけで負わなければならない責め苦を、この兄弟は、いとも哀れに、美しく演出していた。文字通り「名もなく貧しく美しく」といった眼目が鮮やかに描出される。お房は奥に籠もって号泣している。よほど気がかりであったか、女親分・お時が再登場、様子を聞けば案の定「縁談は破談」とのこと、「でも、よく辛抱した。今後のことを相談においで」と友蔵を誘う。一人きりになったお房のところに踏み込んできたのは、土地のごろつき達(花道あきら・梅の枝健・壬剣天音)、「網元に頼まれてやってきた、おまえ達が居たんでは、邪魔になる。兄妹そろってこの村から出て行け!」と、言いながら乱暴狼藉のし放題、花嫁衣装も踏みにじられた。倒れ込んで放心するお房・・・。そこに飛び込んできたのが友蔵、ごろつきが持っていた匕首を奪い取るや、その一人(花道あきら)を一突き、たちまち表情は一変して、憑かれたように「とどめ」を繰り返す。その修羅場を見たお房は失神、友蔵は、鬼のような形相になって網元のところへ・・・。舞台は静寂、独り残されたお房は倒れ込んだまま動かない。登場したのは、お時。家内を見回して仰天、お房を助け起こして活を入れた。静かに目を開けたお房、立ち上がると、ごろつきの亡骸にとりついて、欣然と「吉太郎さーん!」、ふらふらと彷徨して 、「アハハハハ」と嬌声をあげ続ける。純粋無垢、可憐な娘の風情は、空虚で妖しい狂女の景色に豹変したのであった。それは、わずか14歳の幼紅葉が「名優」への一歩を着実に踏み出した証であったかもしれない。舞台は一転して、ここは網元宅・・・。庄屋の娘との縁談が成立、祝い酒に浸ろうとする網元のところへ駆け込んだ友蔵、「おのれ、ゆるさねえ!」と叫びながら、網元を刺殺、必死で止めに入った吉太郎までも手にかけようとしたが、「待ってください、お兄さん!私の心は変わりません。必ず、お房ちゃんと添い遂げます!」という言葉を聞いて、「我に返った」。なぜなら、それは他ならぬ弟弟子・赤胴誠の「生の言葉」だったからである。いわば半狂乱の興奮状態であった「心」を静めるだけの響きがあったのだ。役の上では義理の兄、実の世界でも兄弟子と向かい合う赤胴誠が、「つっころばし」から「芯を通す男」への変身を見事に演じ切ったからこそ、義理の兄・三代目鹿島順一は「聞く耳」を持つ(冷静になる)ことができたのではないだろうか。「そうか、そうだよな、お前なら嘘はつかない。おまえならお房を幸せにしてくれるはずだ、お前は吉太郎であると同時に赤胴誠だもんな」、友蔵のそうした思いが、私には直截に伝わってきたのである。舞台は大詰め、お時に曳かれていく友蔵、見送る吉太郎に優しく抱きかかえられ、お房、一瞬「お兄ちゃん」と呟いた。その言葉に、一同、「魂が蘇ったか!」と思えたが、それは「空耳」、覆水は盆に還らないのである。彼女のうつろな笑い声がが虚しく響き渡るうちに、舞台は幕となったが、必ずや、お房は吉太郎に見守られて幸せになるであろう、と私は確信する。責任者・甲斐文太、春日舞子の薫陶を受けながら、20歳の三代目鹿島順一、19歳の赤胴誠、14歳の幼紅葉ら「若手陣」が繰り広げる「人間模様」、それに花道あきら、春夏悠生ら「脇役陣」の個性豊かな色も添えられて、様変わりしていく「劇団」の魅力は倍増しつつある。そんな思いを胸に、劇場を後にしたのであった。
(2011.11.10)