梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・芝居「武士道くずれ」(鹿島順一劇団)

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年11月公演・苫田温泉乃利武〉
芝居の外題は「武士道くずれ」。幕が上がると、そこは硝煙立ちこめる戦場、今しも飛び出してきた一人の若武者・秋月一馬(幼紅葉)が、官軍の銃弾を浴びて倒れ込む。すかさず、戦友の直参旗本・真壁孝平(座長・三代目鹿島順一)が駆け寄って「傷は浅いぞ、しっかりしろ!」と抱き起こした。一馬、必死にこらえて「真壁さん、故郷に還ったら、母と姉のこと、よろしくお願いいたします」、「なんて気の弱いことを!」「水が飲みたい」「よし!今、汲んでくるからな、落ちるなよ」。しかし、官軍の優勢はかわらず、一馬は敵に囲まれた。一人の兵卒(壬劔天音)がとどめを刺そうとするのを、連隊長・津田金吾(花道あきら)が制止する。「よせ!見たところまだ少年ではないか、将来のある身、無駄な殺生は無用・・・」と言って立ち去ろうとするのを、一馬は起き上がって、「待て、戦場で情けは無用、尋常に勝負せい」と言い放つや、健気にも挑戦するが、手傷を負っている一馬に勝ち目はなく、あえない最後を遂げた。津田金吾、「また一つ、尊い命を無駄にしてしまった」と一馬の亡骸に合掌、目にとまった手紙と笛を拝受する。追悼の意を込めて、その横笛を吹奏・・・、そこに真壁孝平、水筒を抱えて再登場、息絶えた一馬を抱きかかえて号泣した。ふと背後を見れば、すっくと立ちつくす津田金吾、「おのれ、よくも手傷を負った者を殺めたな!」。たちまち孝平と金吾の一騎打ちが始まった。孝平、額を斬られたが、実力は拮抗、一進一退のうちに序幕は下りた。舞台は変わって、時代は明治、所は京都(?)、それとも東京(?)、いずれにせよ都会の料理屋、女主人は一馬の母(春日舞子)、姉の早苗(春夏悠生)が店を手伝っている。店客(梅の枝健)が気持ちよく酒を飲んでいるところに、ぶらりと入ってきたのが、今は、ざん切り頭で着流し姿になった真壁孝平、どうやら時代の流れに乗ることもなく、放蕩三昧、無頼の生活を重ねているらしい。許嫁だった早苗からも敬遠され、孤独な様子が窺われる。件の店客を一睨みして追い出すと、浴びるように酒を飲む。変われば変わるもの、直参旗本時代の「武士道魂」はどこへやら、街の治安を預かる警備隊長・日下某(責任者・甲斐文太)からも、目をつけられている始末で、文字通り(武士道くずれの)「余計者」に成り下がってしまった。と、そこに現れたのが津田金吾、時代の波に乗って、今では国家の高級官僚に成り上がった。「武士道」とは無縁の「政治」を志しており、反対派の刺客(赤胴誠)から命を狙われている。しかも、こともあろうに、一馬の姉・早苗から慕われている様子。孝平にとって、金吾は戦友・一馬の「仇敵」、加えて、許嫁・早苗の心を奪い取った「恋敵」でもあるのだが、そのことに気づいているのは金吾だけ、という構図で筋書きは展開する。孝平、金吾を見て「どこかで、出会ったような・・・」と感じるのだが、思い出せずに立ち去った。事の真相を打ち明けたのは津田金吾の方から・・・、早苗を呼んで一馬の遺品(手紙と笛)を手渡した。もとより、早苗との絶縁は覚悟の上、「恋」よりも「政治」への道を決断した様子で退場。でも、早苗の気持ちは変わらない。再登場、(ようやく津田が一馬の仇敵であることを思い出した)真壁孝平に「津田は戦場で一馬を殺した。それでもお前は好きなのか、もうおれのことは嫌いになったのか」と問われて、「津田さんが一馬の敵であったことは知っています。それでも好きです。今の孝平さんは大嫌い」と言い放ち、金吾の後を追う。万事休す、傷心の孝平、酒を呷っているところに日下隊長がやってきた。「今度こそ、捕縛するぞ!」「面白い、退屈していたところだ。一遊びするか」と、身構えたところに、早苗が叫声をあげて飛び込んできた。「大変!金吾様が襲われている、孝平さん、助けて!」と言って取りすがる。孝平、思わず「ええっ?」と絶句(それはないだろう、女心は秋の空・・・)する。その立ち姿と表情は絶品、思い切り振られた女から頼られる、しかも助ける相手は、憎っくき恋敵であり、戦友の仇敵でもある。言いようのない「やるせなさ」「せつなさ」を、三代目鹿島順一は「ものの見事に」描出していた、と私は思う。以後は「お決まり」の筋書きで、孝平が、金吾の刺客を成敗(赤胴誠との殺陣も迫真の景色であった)、早苗と金吾の間を「縁結び」して、日下隊長に自らの捕縛を申し出る。隊長が縄をうとうとする、金吾、静かに制すれば、隊長「おまんは、よか男、過去を悔い改めて出直せる。自首しんしゃい」と退いた。大詰めは、一馬の母の一言、「みんな戦争の所為、戦争がすべてを変えてしまった」という嘆きを背に、日下隊長が唄う「田原坂」に送られて、真壁孝平はひとり獄舎へと向かう。戦争で友を失い、死に損なった負い目を背負いながら、恋にも破れ、さびしく、「武士道くずれ」の道を歩まねばならなかった男の悲哀を、一際鮮やかに漂わせながら、三代目鹿島順一の姿は花道に消えたのであった。
(2011.11.11)