梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「広汎性発達障害児への応用行動分析(フリーオペラント法)」(佐久間徹・二瓶社・2013年)通読(2)

《第一章 広汎性発達障害について》
・(広汎性発達障害=自閉症スペクトラムの原因は脳障害であるという)脳障害説に付和雷同せずに、「現在まだ原因が解明されていない。必ずしも親の育て方が原因というわけではない」と、実態を正確に伝えるべきであろう。原因不明なのである。
・人は学習によって人になる。脳障害があろうとなかろうと、原因不明であろうと、症児たちには優れた学習能力がある。障害児たちの学習能力を上手に引き出す知恵と技術をわれわれが持っていないことが問題の本質なのである。
・広汎性発達障害児の問題は、こうした(教育の荒廃という)時代状況の中で、翻弄され、混迷を深め、難渋している。


〈感想〉
・ここでは、「広汎性発達障害児」の問題(解決への道)が、「翻弄され。混迷を深め、難渋している」現状が、著者の経験を踏まえて明解に述べられており、まさに「おっしゃる通り」、その内容に私も「全面的に同意する」。とりわけ「障害児たちの学習能力を上手に引き出す知恵と技術をわれわれが持っていないことが問題の本質なのである」という一文は文字通り「正鵠を射ている」と私は思った。


《第二章 応用行動分析の登場》
・ウォルピの恐怖症患者に対する系統的脱感作法と、ロバースの自閉症児に対する行動療法が、新しい治療法の駆動軸の役割を果たした。(しかし、心の奥深くの問題を無視しているとして、旧来の伝統的な心理学者や精神科医たちから非難、攻撃、中傷を受けることになった)
・応用行動分析(ABA)の中身は、オペラント条件付けと呼ばれている。行動を「行動に先行する事前の出来事」「行動」「行動に後続する事後の出来事」と三つの項目に分けて項目間の関係を追求すると、行動の法則性が明らかになる。これを、三項随伴性と呼んでいる。
・(その法則性とは)事後の出来事が行動の当事者にとってプラスだと、事前の出来事との行動の関連性および行動そのものに強化作用を及ぼす。事後の出来事が行動の当事者にとってマイナスだと、事前の出来事と行動の関連性および行動そのものに抑制作用をおよぼす。
・例:「宿題が出される→宿題をする→褒められる(子どもにとってプラス)」という連鎖が繰り返されると、宿題があればきちんとするようになる。(強化作用)「宿題が出される→宿題をする→間違いを叱責される(子どもにとってマイナス)」という連鎖が続くと、宿題が苦痛になる。(抑制作用)。プラスとマイナスは単純に「賞罰」と置き換えることはタブーである。強化作用を確認してその事後の出来事がプラスだと判断し、抑制作用を確認してからその事後の出来事がマイナスだと判断しなければならない。
・行動はプラスの事後の出来事によって強められ、事後の出来事がプラスかどうかは行動が強化されることを確かめて決定される。
・例:「叱っても叱っても効果がない場合」、賞罰で考えると、大人にとってはは「賞→なにもなし→罰」の順に嫌なことだが、子どもは、この順番が「賞→罰→なにもなし」なのである。子どもは、「賞」が極端に少ないかゼロだと、「罰」か「なにもなし」の二者択一事態になり「罰」にしがみついているのだ。結果的には「罰」がプラスの出来事になっているのである。
・「賞」をきちんと提供してあげてほしい。具体的には、愛情の伝達だ。
・強化子の強弱関係:食べ物などの具体的強化子<承認を受けるなどの社会的強化子<自己実現などのメンタルな強化子
・ソーシャルスキルトレーニング(SST)は「よけいなお世話だ」。
・発達遅滞児の行動コントロールの手段として体罰が必要なときがある。(危険回避の手段として、1回だけ)
・ロバースの行動療法(の改善):①食べ物による強化子は不自然。②強化随伴操作を家庭・学校に持ち込むこと。③食べ物を使ってことばの学習が可能という事実を示しながら、脳障害が原因で母親の応答がプラスの事後の出来事になり得ないと決めつけるのは、大きな自己矛盾を犯している。④意味の獲得に絵カードを使用している。(リンゴの絵カードとリンゴは「同じ」ではない)。⑤スキナーは、ことばのやりとりに働く強化作用として般性強化子(いつでも誰にでも強力に働く強化子・周囲の人からの承認、微笑、尊敬、感謝など)を強調しているが、それを有効利用していない。
・行動療法家であっても、遊戯療法の欠陥ばかりを指摘せずに、プラス面に注目すべきである。彼ら(平井信義、田口恒夫ら)は、症児の親に対する回避傾向を改善し、親の応答がプラスの事後の出来事になり得ることを明らかにしている。行動療法家は、当然それは学んで取り入れるべきであろう。
・私自身のスタート:ことばの複雑さを考えたらとても教えられるものではない。子どもが持っているはずの言語獲得能力を何なりと駆動させればいいのだと考えるようになった。言い換えれば、教えることを放棄したのである。
・フリーオペラント法:子どもの行動を一切拘束せずに、日常場面で自発される行動に強化随伴操作するだけで行動変容をはかる手続き。
・動物行動学の大御所、N.ティンバーゲンの晩年の書、「自閉症・文明社会への動物行動学的アプローチ」(田口恒夫訳、1976、新書館)という訳書が出版された。野生動物に対する接近法を自閉症児に適用したものだが、具体的操作は私自身のやり方とうり二つであった。
・現在われわれがやっている方法
①アタッチメント(愛着関係)の形成を妨げるようなことは可能な限り排除する。・親たちに、当分、しつけをすべて延期するように言った。
②過保護にして赤ちゃん扱いで充分に甘やかす。わがままは可能な限り受け入れてください、と親を説得した。
③自分が受容されている、共感されているんだということを具体的に症児に伝える必要がある。これには逆模倣が効果的である。
【要約】
(A)子どもを徹底的に甘やかして、母親の行為そのものが、母親の応答が、子どもにとって有効な強化子となるようにする。
(B)子どもの行為や発声を忠実に模倣して、子どもの自発的発声模倣、自発的行為模倣を頻出させる。そして、適切な自発的発声模倣、自発的行為模倣に強化子を随伴させる。


〈感想〉
・ここでは、日本における「応用行動分析」の歴史と《基本原理》について、著者の治療体験をまじえながら、具体的にわかりやすく述べられている。注目すべきは、「行動療法家であっても、遊戯療法の欠陥ばかりを指摘せずに、プラス面に注目すべきである。彼ら(平井信義、田口恒夫ら)は、症児の親に対する回避傾向を改善し、親の応答がプラスの事後の出来事になり得ることを明らかにしている。行動療法家は、当然それは学んで取り入れるべきであろう」といった著者の「懐の深さ」である。事実、著者自身、その学びの中から、①「ことばの複雑さを考えたらとても教えられるものではない。子どもが持っているはずの言語獲得能力を何なりと駆動させればいいのだと考えるようになった。言い換えれば、教えることを放棄したのである」。また②「子どもの行動を一切拘束せずに、日常場面で自発される行動に強化随伴操作するだけで行動変容をはかる手続き」として《フリーオペラント法》を生み出した。そして③(A)子どもを徹底的に甘やかして、母親の行為そのものが、母親の応答が、子どもにとって有効な強化子となるようにする。(B)子どもの行為や発声を忠実に模倣して、子どもの自発的発声模倣、自発的行為模倣を頻出させる。そして、適切な自発的発声模倣、自発的行為模倣に強化子を随伴させる」という方法を確立したのである。この「フリーオペラント法」という方法は、従来の「遊戯療法」の欠陥を補いながら、「応用行動分析」の限界(学習の強制・模倣の強要)を「超えている」という点で、画期的なものである、と私は確信する。とりわけ、「子どもを徹底的に甘やかして、母親の行為そのものが、母親の応答が、子どもにとって有効な強化子となるようにする」ことは、「言語発達の臨床」の著者・田口恒夫氏の「方法論」と瓜二つではないか。また、「子どもの行為や発声を忠実に模倣して、子どもの自発的発声模倣、自発的行為模倣を頻出させる」方法もまた、「自閉症治癒への道」(ティンバーゲン夫妻著)で述べられていることと変わりがなかった。行動療法家でありながら、持論にとらわれることなく、様々な考えを受け入れようとする著者の誠実な姿勢が、上のような「卓見」を生み出したことは間違いない。「稀有な」臨床家として敬意を表したい。(2014.5.12)