梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・夜のプラットホーム

 昭和26年2月、父・祖母に伴われて私は静岡を出立、東京に向かった。列車が東京に近づく頃はもう夜だった。横浜を過ぎた頃,車掌がやって来て「東京駅構内で事故が発生しました。この列車は品川止まりになります」という。乗客には不安が走った。今日のうちに目的地まで行き着くことができるだろうか。降り立った品川駅のホームはトンネルのように暗かった。「シナガワー,シナガワー,ケイヒントーホクセン,ヤマノテセン,ノリカエー」という単調なスピーカーの声とともに,厳冬の夜,凍てつく寒気の中に柱の裸電球が一つ,頼りなげに灯っていた情景が今も瞼に焼きついている。それは、後日聴いた流行歌「夜のプラットホーム」(二葉あき子)の景色そのままに、「さよなら、さよなら、君いつ帰る」という歌声には、やさしく迎えてくれた亡母親族一同の哀惜も込められているようで、私の胸は塞がれる。(2015.3.28)