梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅲ・絵本を見せましょう

【1歳頃から2歳頃まで】
 お母さんが絵本を読んであげようと思って、お子さんをひざの上にのせ、最初のページを読みはじめました。ところがどうしたことでしょう。お子さんはまだそのページを読み終わらないうちに、次のページをめくろうとするのです。「何だかこの子は絵本を見るよりめくる方がおもしろいみたい」、なんてがっかりしてしまったことはありませんか。
 お子さんに絵本を与えようとする時に、注意しなければならないことがいくつかあります。まず第一に、お子さんはまだお母さんのようには「見る力」が発達していないということを理解することです。今、お子さんは物を見る時、どのような「見方」をしているかを知ることが大切です。「見る」ということの中には、色がわかる、形がわかる、一定時間見続ける、目で線を追う、全体を見渡す、絵と実物の対応ができる、などといった内容が含まれています。お子さんは、長い時間をかけて、それらを徐々にマスターしていくのです。もし、お子さんがパパの買ってきた週刊誌のうらにある犬の写真を「目ざとく」見つけて「指をさした時」、新聞の折り込み広告にあった新車の写真を「指さしながら」ニッコリした時、ようやく絵本を見る土台ができあがったといえましょう。
 次に、お子さんにとって絵本はあくまでも「おもちゃ」のうちの一つにすぎず、まだことばを学ぶためのテキストではないということです。したがってそれは、はじめは「さわる」ものであり「いじる」ものであり、パラパラとめくって楽しむものに過ぎません。それを繰り返しているうちに、次第次第にそこに描かれている絵を「じっと見入ったり」、指をさすようになるのを待つことが大切です。また、お母さんとお子さんと絵本の関係が、「お母さんが絵本を使ってお子さんに教える」といようにならないように気をつけることが大切です。関係としては「全く逆」になるのがよいのです。お子さんが絵本を使って楽しむ、お母さんがその手助けをする、お子さんが絵本の絵を指さしてお母さんに教える、お母さんはそれにうなずきながらことばを添えて応える、つまり絵本を読む(見る)のは
お子さん自身であり、お母さんはその補助役に過ぎないという関係です。絵本の中の絵をよむか、文字をよむ(注目する)、どこのページに時間をかけるかは、お子さんの自由にすることが、絵本を好きにさせるコツです。
 次に、どのような絵本を与えればよいかも大切なポイントになります。はじめは、「実物そっくり」に描かれた絵本がよいと思われます。家庭用品、食べ物、動物など絵辞典風にまとめたものが市販されています。一つ一つ絵を指さしながら、実物と照らし合わせていくことは、物を見分ける力、絵の意味を理解する力をやしない、ことばの学習の土台づくりに役立ちます。はじめから終わりまで同じ種類の絵が描かれているもの、幻想的な絵などは、まだこの時期のお子さんには役立ちません。その次には、人間のさまざまな表情やしぐさがよいと思われます。動物を擬人的に描いた簡単な絵物語なども適当です。この場合も、お母さんはあくまでお子さんの補助役に徹することが大切です。お子さんがじっと見入っている絵を見ながら、お子さんの心の動きをそっとことばにおきかえてあげるのです。「あっ、ワンワンがイタイイタイって泣いているねー。エーンエーンって泣いているねー」というように、擬声語や擬態語をたくさん取り入れて話しかけてあげると、お子さんは絵本とお母さんの顔を見比べながら、絵本の世界に没頭できるようになるでしょう。
間違っても、お母さんがお子さんより先に指さしながら「これナーニ?」「これ何してんの?」などと問い詰めることはしないで下さい。まだ、お子さんにはそれに応えるだけの力もゆとりもないのです。
 絵本はまた、他にもいろいろな利用の仕方があります。もうボロボロになってしまった絵本でも、あるページをはさみで適当に切って「絵合わせパズル」ができます。絵本の中のある絵を切りぬいて台紙にはりつければ「絵カード」ができます。ページをバラバラにして、お話の順序通りに並べたり、場面の絵のカルタ取りもできます。
 絵本は、単にお母さんが「読んで聞かせる」ためのものではありません。絵本を最大限に利用しましょう。
 お子さんが絵本をぶらさげてやって来ました。そしてお母さんに「読んで」とせがむのです。こうなったら大成功です。お子さんは暗に「お母さん、また今日もことばのべんきょうをしようよ」と言っていることと同じなのですから。