梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅳ・「指しゃぶり」の意味

【2歳頃から3歳頃まで】                             お子さんが「指しゃぶり」をするのは何故だと思いますか。それはひとことで言うと「さびしい」からです。心が満たされていないからです。「そんなはずはない。私は十分にかわいがっているつもりだし、ほしがるものはたいてい与えているはずなのに」と、お母さんは思うかもしれません。そうなのです。たしかにそうなのです。しかし、それでもお子さんは「満たされていない」と感じているのです。それはいったいどういうことでしょうか。
 お子さんの「指しゃぶり」は、お母さんの「接し方」「育て方」に原因があるためばかりでなく、むしろお子さん自身の生理的不満足感にも大きな原因があると考えられます。 「指しゃぶり」という行動は、お子さんに素晴らしい喜び(快感)を与えてくれるものなのです。唇や口の中の皮膚感覚が適度に刺激されて、うっとりとした「夢見心地」の世界を味わうことができるのです。この喜びを知るということは素晴らしいことです。それは、かつて授乳の時に得たお母さんとの身体接触による喜びが土台になっているものであり、たまたま他にすることがなく退屈な時に、ふと無意識にその喜びを再現しようとしているからです。
 お子さんは今、指をしゃぶるととてもいい気持ちになれるのです。お母さんの素晴らしさを味わうことができるのです。とってもゆったりした気持ちになり、気分が落ち着くのです。それは、お子さんが「人と関わることの喜び」を知り、周囲の様々な事物の中で「人間」というものを特別なものとして区別し、それに対する興味・関心が高まってきたことを意味します。
 したがって、お子さんが「指しゃぶり」をするのは「人恋しさ」のあらわれです。「人を恋しい」と思う気持ち(お子さんは、ただ快感を求めているだけですが)をよりどころとしているからこそ素晴らしいのです。
 とはいえ、今、お子さんが目の前で「指しゃぶり」をはじめたら、あまりいい気持ちはしません。そんなとき、どんなことに気をつけ、どんなことをすればいでしょうか。
 まず第一に、「すぐその場で直接的にそれをやめさせよう」と考えないことが大切です。指にからしを塗ったり、包帯を巻いたりすることは昔からよく行われています。しかし、そうすることによって、お子さんの「指しゃぶり」がなくなったとしても、根本的な解決にはならないことはもうおわかりでしょう。それはお子さんの「喜び」を取り上げてしまうことに他ならないからです。お子さんはますます「満たされない」気持ちになり、心のひずみが大きくなることでしょう。
 第二に、お子さんが「指しゃぶり」をしなければいられないような気持ちになった原因について考えることが大切です。お子さんに対してむずかしすぎることを要求する、お子さんと一緒に遊ぶ(つきあう)ことが少なく放りっぱなしのことが多い、乳児期十分にオッパイをしゃぶったり吸ったりする喜びを与えなかった、「抱きぐせ」や「添い寝」をしないように気をつけた、このような場合、「指しゃぶり」が長引いたり、再発したりすることが多いようです。
 第三に、お子さんが「指しゃぶり」をしていたら、お母さんも一緒にうっとりと喜んであげる気持ちをもつことが大切です。静かに抱いてあげて、そっと抱きしめること、体をさすってあげること、子守歌を聞かせること、お話をしてあげることなどで、その喜びを「倍加」させることによって、十分に味わわせ、早く「もういい」という気持ちにさせることが必要です。お子さんがいつ「指しゃぶり」をやめるか、それはお子さんの自由です。お子さん自身が「もういい」という気持ちになるまで「待つ」より他はありません。「指しゃぶり」の喜び以上に、もっと大きな喜びを味わえるようになった時、お子さんの「指しゃぶり」は、自然になくなります。
 「指しゃぶり」は「困ったクセ」ではありません。むしろ、お子さんの成長・発達にとって必要不可欠のものであり、どんな子どもでも一度は経験することなのです。(生後5~6か月の赤ちゃんをごらん下さい)お子さんの場合、それがたまたま長引いているか、今、初めて始まったかのどちらかにすぎないのです。いずれにせよ、それを「直接的にやめさせよう」とすることではなく、「それ以上の喜びを味わわせる」ことによって、そのことを卒業させるという方法が無害であり効果的だと考えられます。