梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「美しい村・軽井沢」の《風情》

 10余年振りに、「美しい村・軽井沢」(長野県北佐久郡軽井沢町)を訪れた。明治以来、有産者の避暑別荘地として「君臨」しているようだが、(偏屈老人の)私には、(以前同様)何の感興も沸かなかった。名所の「ショーハウス」「聖パウロ教会」「万平ホテル」「雲場池」など、転々と巡り歩いてみたのだが、途中、何度も、観光タクシー、自家用車の「排気ガス」を吐きかけられる有様で、憤りを押さえることができない。それは「歩く」ことを知らない有産者の「奢りそのもの」だからである。加えて、(無産者の私には)「○○○○(番地)・△△(名字)」などと表示された立て札が、おのれの「財力」を誇示しているように感じられて、見苦しい。区割りされた別荘地の、瀟洒とは言いがたい洋風(建造物)の佇まいを見ながら、私は青山、谷中、多摩に在る「共同墓地」を連想していた。「徒然草」(第三十段・吉田兼好)にいわく「骸は気疎き山の中に納めて、さるべき日ばかりまうでつつ見れば、ほどなく卒塔婆も苔生し、木の葉降り埋みて、夕べの嵐、夜の月のみぞ、言問ふよすがなりける」(亡骸は寂しい山の中に葬り、墓参も、命日などの限られた日に出かけるのだから、まもなく石塔も苔生して、落葉に埋もれた墓を見ることになる。訪れる縁者は、わずかに、夕べに吹く嵐と夜の月だけである。)〈「これだけは読みたい日本の古典」(武田友宏・角川書店・平成10年)より引用〉。今、目にしている別荘に人気は無く、厳重に施錠された玄関、落ち葉に埋もれたテラス、階段などの風景は、共同墓地の石塔と「何ら変わりない」。時たま、周辺を清掃・手入れしている人影も在ったが、一様に「高齢者」。おのれ一代で築いたか、御先祖様から相続したか、いずれにせよ、今となっては「もてあまし気味の長物」に、ため息・思案の様子が窺える。地球温暖化の御時世では、初秋だというのに、未だ気温30度を下ることがない。はたして、「美しい村・軽井沢」で「避暑」などできようか。外国人、若者連中の「サイクリング場」、アクセサリー化したペット犬の「品評会場」としては、恰好の風情を醸し出していた、と言えなくもないか・・・。「御苦労様、せいぜい行く夏を惜しんで、楽しいひとときをお過ごしなされ」、そんな思いを抱きながら、満員の長野新幹線上り「あさま528号」自由席に乗車、帰路に就いた次第である。(2012.9.17)