梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

小説・ひばり(6)

    私の歩みは、玉川上水の流れに規定されているということを、はたして女は知っていたのだろうか、いや私とて知るすべもなく、人間が性懲りもなく繰り返す悲喜劇に天は思わず感極まって涙を流した。
「あら雨かしら。雨が降ってきたのよ」
その声は、折からパッと開かれたアジサイ色のパラソルと同様、可憐この上ないとはいえ、もはや私にとって何の慰めにもならず、五月雨を集めて早し最上川、濡れて行くのだ。思い込んだら命がけ、ふと口をついて出た俗謡の古さにどうしようもなく顔をしかめてウームとうなった。雨はひとしきり降りつづいて、やむであろう。 《了》
(1967.5.10)