梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇場界隈・はわい温泉千年亭(鳥取)

 鳥取・はわい温泉千年亭に赴く。館内にある「三匹のこぶ座」で公演中の大衆演劇を観るためである。案内ではJR倉吉駅からタクシーで約10分とあるが、路線バスも通っている。館内の雰囲気は「千年島の一軒宿」と銘打たれているが、鄙びた風情は皆無、東郷湖の畔に「君臨」する豪華旅館といった趣きで、絨毯を敷き詰めた贅沢な施設であった。客室56室、収容人員391名、宴会場10室、大宴会場400名収容、屋内ゲートボール場まで準備されている。観劇料は3000円と割高だが「昼食付」、開演は11時で芝居1時間、舞踊ショー1時間30分というプログラムである。聞けば「昼食付」のため「完全予約制」、劇団は2カ月公演、演目は3日替わりだとか。なるほどそうか、大阪方面からの(高齢者)団体客を対象にした観光・娯楽施設であることは明らか、だとすれば、大衆演劇はその(集客)ためのアトラクションに過ぎなかったか・・・。関東でいえば、「岩瀬城総合娯楽センター」(茨城県)、「鬼東沼レジャーセンター」(栃木県)と同類であることを確認した次第である。さて公演は「鹿島順一劇団」(座長・三代目鹿島順一)。初日、芝居の外題は「越中山中母恋鴉」。いつもながらの出来栄えで、今回も深い感動を頂いたが、骨箱と化した弟・新吉が兄・喜太郎に呼び掛ける。「にいさーん、にさーん、おれたちの妹じゃないか。助けておくれよ・・・」という声だけの出演は、これまでの蛇々丸に変わって赤胴誠、その声音はひときわ真に迫って、秀逸であった。雌伏三年、裏方(舞踊ショーの紹介アナウンス)で培った修業の成果が、今、実りつつあるのだ。役者の条件は、一声、二振り(顔)、三姿といわれるが、最も大切な「声」の魅力を十二分に発揮できたことは立派である。加えて、骨箱をわが子のようにいとおしく見つめ、思わず抱きしめようとする母親役・春日舞子の演技も見逃せない。その振り(顔)、姿だけで、母の心情(人情)を描出しながら、義理のために「縁起でもない!」と骨箱を投げ捨てる場面で、私の涙は止まらなかった。前述したように、この劇場は(高齢者)団体客のためのアトラクション、酒の肴に過ぎない舞台かも知れない。芝居の最中にケータイは鳴り出す、私語はしたい放題、誰やらの大きな咳が止まらない、それがオカシイと笑い出す、そんな客席の騒々しさを、「歯牙にもかけず」(くさることなく)、三代目座長・鹿島順一は、堂々と最後まで、主役を演じきった。どんな客であっても「お客様はお客様」、自分は「全身全霊で舞台に臨むだけ」といった気合いが、実に爽やかで清々しく、今日もまた、大きな元気をもらって帰路に就くことができたのであった。
(2010.11.1)