国会議員の品格・「出るは溜息ばかりなり」
「東京新聞」(2月28日付け朝刊・1面)に「ギフト『結婚式の祝儀参考に』予算委 首相、違法性重ねて否定」という見出しの記事(大野暢子)が載っている。27日の衆院予算委員会で、中道改革連合の小川代表の質問に答えた内容だが、それによると、高市首相は「衆院選後、多くの国会議員やグループから、若手議員らを慰労する宴会を開いてほしいという要望があった」「私はメシ会、苦手な女です。セキュリティが確保できるレストランで何十回にも分けてやると、せこい話ですがお金がかかる」「何らかの気持ちは示したいという中でのギリギリの判断だった」と理解を求めたそうである。
つまり、多くの国会議員やグループからの要望を「受け入れ」「それに応えるために」、自民党衆院議員315人に約3万円のカタログギフトを贈った、ということである。
ところで、高市首相が「受け入れ」「応えた」要望とは、何だったか。「若手議員らを慰労する宴会を開いてほしい」だと?・・・・、若手議員のどんな仕事を慰労するというのか、若手議員がどんな「働き」をしたというのか。まだ当選直後で何もできるはずがないではないか。それとも「選挙活動を見事勝ち抜いて当選した、それが仕事だ」などと嘯くのであろうか。いうまでもなく、国会議員は公僕として国民に奉仕するのが「仕事」である。選挙に当選することは、国民に対する奉仕ではない。これから、国民のために「働いて、働いて、働いて、働いて、働いて」奉仕しなければならないはずなのに、慰労とは何事か、と一喝することが自民党総裁としてのあるべき姿なのに、高市首相は「恥ずかしいが、昭和の中小企業のおやじ、社長みたいなところがまだ私にはあるのでしょう」などと、やに下がっている。その姿は誠に見苦しい。
それかあらぬか、高市首相を筆頭に自民党議員、さらに小川代表までが「政党」を一般のカンパニー(企業)だと、勘違いしているのではないか。「小川氏はかつて首相から千円ほどの『奈良のしょうゆ』を贈られ、地元・香川県特産のさぬきうどんを返したエピソードを披露。「それはまさに社交だが、今回の合計1千万円(の贈り物)は国民の金銭から懸け離れた行為だ」と苦言を呈したそうだが、所詮は「同じ穴の狢」、金額の多寡の問題ではないのである。
国民に奉仕する責務がある政党に「社交(辞令)」は不要である。
また、高市首相は「違法性重ねて否定」とあるが、法に触れるか否か以前に、道義上許されるか否かが問われなければならない。
いずれにせよ、国会議員の品格はここまで落ちたか、「出るは溜息ばかりなり」である。
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