梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

《永遠の価値》

 7月31日、「共同通信」の以下の記事が載った。
〈31日午後1時45分ごろ、大阪府交野市寺3丁目の関西創価高校で、男性教員から「生徒が屋上から飛び降りるかもしれない」と110番があった。交野署や同校によると、同校3年の男子生徒(17)=京都府=と、飛び降りを制止しようとした工事作業員の50代男性が共に転落した。生徒は搬送先の病院で死亡が確認された。男性は重傷。
 署と同校によると、学校は夏休み中で、男子生徒は部活動のため登校。他の生徒と共に教員から指導を受けていたところ、突然屋上に駆け上がった。教員や校舎の外壁工事をしていた作業員らが説得したが、通報から約40分後に高さ約12メートルの屋上から飛び降りた。〉
 そして、8月19日、同じく「共同通信」の以下の続報が載っている。
〈大阪府交野市の関西創価高で7月末、校舎屋上から飛び降りて死亡した同校3年の男子生徒(17)=京都府=を制止しようとし、一緒に転落、重傷を負った工事作業員の男性が入院先の病院で死亡していたことが18日、大阪府警への取材で分かった。
 男性は大阪府大東市の会社員田畑幸一さん(54)。転落時に頭を強く打ったとみられ、今月7日に死亡した。男子生徒は転落直後に搬送先の病院で死亡していた。
 府警などによると、男子生徒は7月31日午後、部活動後に校内で教員から指導を受けていたところ、突然屋上に駆け上がった。〉
 これらの記事を読んで、私の涙は止まらない。《教員や外壁工事をしていた作業員らが説得したが》とあるが、どのような説得をしたのだろうか。通報から飛び降りるまで40分間あった。その間に何らか(安全ネットなど)の安全・防止策はとれなかったのだろうか。最後まで、男子生徒に《寄り添った》のが、田畑幸一さんだったということか。
 私自身も17歳の時、飛び降りを試みようと思ったことがあるだけに、「他人事」とは思えない。生徒は、とっさに、前後の見境もなく、ただ感情的に、飛び降りようとしたのだろう。田畑さんは、ただもう必死で、制止したに違いない。結果として二つの尊い命が失われたが、田畑さんの犠牲には《永遠の価値》がある。《他人のことはどうでもよい》という社会風潮の中、田畑さんの献身こそ末永く顕彰されるべきだと、私は思った。
(2021.8.19)