梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「単身赴任男性 無念の孤独死」について

 東京新聞4月26日付け朝刊1面のトップ記事は「単身赴任男性 無念の孤独死」というタイトルで、「世田谷 発熱6日後検査 死後コロナ検査」「保健所へ電話つながらず」という見出しが添えられていた。世田谷の社員寮に単身赴任している50代の男性が、4月3日に発熱し、相談センターに連絡したが電話がつながらず、7日に職場の上司が陽性と判明、「検査を」と言われたが、相談センターに電話がつながらず、9日になってようやくPCR検査、その結果が出る前の11日に寮の自室で「無念の孤独死」をしていた、ということである。死後に新型コロナウィルスによる肺炎だったという死因が判明、妻との対面も叶わずに火葬された。まことに痛ましい事例で「言葉を失う」が、記事の中で《死に至るまでの状況を証言したのは、男性の友人。取材に「遺族がいやがらせを受ける恐れがある」と、会社名など身元を特定する情報は報じないよう求めた》という部分は看過できない。つまり、今の日本社会は「コロナ感染者およびその家族」に「いわれのない」不当な《いやがらせ》をするような、およそ「人権尊重」「人間の尊厳」とは縁遠い、野蛮な《弱肉強食》の《差別社会》に「成り下がってしまった」ということが、メディアのトップ記事によって証明されたからである。この「無念の孤独死」を遂げた男性、その家族に「何の罪」があるのだろうか。どこか至らない点があったのだろうか。単身赴任で職場に出勤していただけで不運にも感染してしまった、ただそれだけのことではなかったのか。それとも、会社名が公表されると、その会社の業務に支障が生ずるためか。
 いずれにせよ、男性の友人の証言(情報提供)は本意ではあるまい。メディアは「真実」を求めて、やみくもに情報を探索する。情報提供者は正体(身分)を明かさない。そして周囲には「偏見・差別」という冷ややかな視線が交錯している。今の日本が、未だに《あやうい》、きわめて脆弱で(誰もが誰をも信頼できない)未熟な社会であることを証す典型的な事例だ、と私は思う。
(2020.4.26)